年齢は十四、五歳ほどか、すらりとした肢体の美少女だった。ふわりとした生地の衣装を身に纏い、足元は宙に浮いていた。髪の毛は長く、背中まで達していた。

 不思議なのは、本来は漆黒の髪色だろうが、光の加減で青い光沢を見せるところだった。さらに衣装や、長い髪の毛は、ふわふわと無重力のように、少女の周りの空間に漂っている。まるで少女自身が、無重力の空間に浮いているようだった。

 ほっそりとした顔に、切れ長の目をして、瞳の色は緑色をしていた。その顔を見て、僕は、研究室で姿を現したアニマを思い出していた。が、研究室で見た、幼い顔立ちから比べると、やや大人っぽく、僕と同じくらいの年頃に見えた。

 少女は僕を見て、にっこりと微笑むと、頷いた。

 

 ──そう、あたしはアニマです──

 

 アニマの言葉は、僕の頭の中に、直接響いた。研究室で現れたアニマは、普通に喋っていたのに、ここではテレパシーのような方法を使っている。それが証拠に、アニマは喋るとき、唇を動かしていなかった。だが、頭に響くアニマの声は、非常に力強く、圧倒的な迫力を僕に感じさせた。

「誰だ、こいつ……」

 呟く声にそっちを見ると、伊藤が両目をヒン剥き、まじまじと宙に浮かぶアニマを睨んでいる顔が見えた。絵里香は伊藤に向かって叫んだ。

「あんた、あれが見えるのか?」

 伊藤は眉を寄せた。

「どういう意味だ、見えるのか、とは?」

 伊藤の反問に、絵里香は黙った。

 アニマと名乗った少女は、嫣然と笑った。


 ──この場所は、あたし専用に用意された場所ですから、幻ではなく、実体として存在できます。ですから、誰にも、目に見える状態でいられます──

 

 アニマの説明に、絵里香は納得したように、深く頷いた。

「なるほどな。それで判った。が、判らねえのは、どうしておいらと、啓太──それにこの伊藤という男の三人が、UFOの中に吸い込まれたか、だ。おいらと、啓太についちゃ、ある程度理由は推測がつく。が、この伊藤というやつも一緒なのが、判らねえ」


 ──絵里香さん、啓太さん、そして伊藤さんの三人は、この時空間の成立に深く関わる存在だからです。伊藤さんをここにお招きしたのは、時空の混乱を最小限にするため、いわば隔離したのです──

 

 アニマの言葉に、伊藤は憤慨した様子を見せた。

「俺が時空を混乱させる、だと? 俺はタイム・パトロール員だぞ! 時空の混乱を修復するのが、俺の仕事だ」


 ──いいえ──

 

 アニマはゆっくりと、頭を振った。長い髪の毛が、アニマの動きにつれて、ふわりと宙に漂った。

 

 ──時間線は一つだけではありません。複数の時間線で、時間局が設置された時間線は、この時空とは別のラインです。あなたは別の時空に入り込んでいるのです──

 

 伊藤は真っ青になった。

「嘘だ! 多元宇宙など、理論だけのものだ! 俺は時空連続体を修復するため、この時点にやってきた。歴史では、タイム・マシンの理論が完成するのは、五百年後だ。俺は早すぎるタイム・マシンの完成を阻止しなければならない!」


 ──お分かりにならないみたいね……。仕方がないでしょう。あなたは、本来の時間局にお戻りなさい──

 

 アニマは軽く手を振ると、伊藤の姿が消え失せた。一瞬だった。

 絵里香はぐるっと、周囲を見回した。

「伊藤はどこへ行った?」


 ──三千年後の世界へ──

 

 アニマの答えに、絵里香は不審な表情を浮かべた。

「だが、あいつのタイム・マシンは動かなかったぞ。腕時計が本当にタイム・マシンだったらな」


 ──あれは、本当にタイム・マシンでした。でも、あのまま時間の流れに入り込むと、伊藤さんは時空の迷い児になってしまう危険があったので、あたしが阻止したのです。今、伊藤さんは、本来の時間線における、時間局に戻っています。もう、ここに出現して、時空を混乱させることはないでしょう──

 

 アニマの答えに、絵里香は驚きの声を上げた。

「それじゃ、お前は、まるで神のようじゃないか! 時空さえ自由に弄れるとは」

 僕は苛々してきた。

「僕はさっぱり、判らないぞ! 二人ともお互い分かり合っているらしいけど、いったい、何が起きているんだ!」

 僕の言葉に、絵里香は真面目な顔つきになった。

「総ては、おいらが啓太に、あの薬を注射したことから、始まったんだ。おいらの薬は、啓太が罹っていた風邪のウイルスを変異させた。脳細胞に似た、知性を持つウイルスに。それも、超知性を持つ、ウルトラ・ウイルスだ! 知性を持つウイルスは、その知性で時空さえ歪める能力を持った……」

 僕はアニマを見て、戦慄を覚えた。絵里香の言葉によれば、アニマは神のような力を持つのだそうだ。

 アニマは厳かな口調で、宣言した。

 

 ──これから、啓太さんを、時空の旅にお連れします!──

 

 絵里香は不安な表情になった。

「何のためだ?」

 アニマは微笑した。

 

 ──因果を閉じるためです──

 

 アニマの言葉に、絵里香はゆっくりと頷いた。なぜか納得したような、態度だ。

「そうか、そうだろうな……。輪廻の輪は、閉じなければならない……。おい、啓太!」

 矢庭に絵里香に声を掛けられ、僕はうろたえた。

「な、何だい?」

 絵里香は僕に向かって、静かに話し掛けた。

「お前の決意を、おいらは全面的に受け入れるぞ。だが、よく考えろ! おいらの言えることは、それだけだ」

「な、何を言っているんだ! それに……」

 僕の言葉は、最後まで口に出来なかった。

 アニマがすいっ、と宙を移動して僕に近づき、肩に触れたからだ。その途端、僕はふわりと宙に浮き、周囲を取り巻いていた白い空間は、あっという間に消え失せた。

 絵里香の姿も消えていた。

 僕とアニマは、真兼町の上空に浮いていた。下を見ると、真兼病院の建物があった。

 落ちる!

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