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 少女といっても、年齢は十歳以下くらいに見えた。小学三、四年生ほどか。ほっそりとした身体つきで、顔は卵形で、切れ長の瞳をしていた。瞳は緑色で、日本人ではなさそうだ。髪の毛はショート・カットで、不思議にも、青い光沢を放っていた。

 身につけているのは、簡素な白いワンピースで、足元は裸足だ。

 特徴的なのは、耳の形で、耳朶の先端がぴん、と尖って、どことなく妖精じみた印象をあたえていた。目の形が切れ長で、目尻がきゅっと吊り上っているため、妖精じみた印象はさらに強まっていた。

 少女の出現に、最初に反応したのは、絵里香だった。

「何だっ、お前は?」

 叫ぶなり、脱兎のごとく駆け出し、少女に体当たりするように突進した。

 が、絵里香の身体は、まるで抵抗もなく、少女の身体を突き抜けてしまった。突き抜けた絵里香は、素早い動きで急停止し、さっと身を翻すと、少女を睨み据えた。

「やはりな! お前は実体じゃない。幻だ!」

 絵里香に向き直った少女は、両手を腰に当て、ちょっと怒ったような顔つきになった。

「ちょっと失礼じゃない? いきなり飛び掛るなんて!」

「幻影の癖に、説教するのか!」

 絵里香は一向に気にした様子もなく、逆襲した。

「幻影でも、気にするわよ。たとえば、こんなことされたら、どうかしら?」

 少女は答えながら、つかつかと絵里香に向かって歩き出した。そのまま歩みを止めず、絵里香の身体に重なった。一瞬、二人の身体が映画の、二重露光のように重なり、少女の身体が突き抜けた。

 絵里香はありありと怒りを表情に浮かべ、さっと腕を振って少女に掴みかかった。しかし、当たり前だが、絵里香の腕は空を切ってしまう。

 自分の行為が無意味だと悟ったのか、絵里香はちょっと顎を引いて、少女に向き直った。今度は冷静な口調で、少女に質問した。

「お前の正体は?」

 絵里香の問い掛けに、少女は少し頭を傾げて見せた。

「絵里香さんは、もう判っているんじゃないかしら?」

 絵里香はゆっくりと頷いて見せた。

「まあな、だが、お前の口からはっきりと聞きたい」

 僕は混乱の極みだった。

「お、おい、絵里香。君は判っているって、僕はさっぱり……」

 絵里香は僕の方に顔を向け「黙ってろ!」と短く命令した。

 僕は黙った。

 少女はひょい、と僕が横たわっていた寝台に腰を下ろすと、口を開いた。

「まずは名前から。本来は、あたしに名前はないんだけど、名無しのままじゃお互い、不便でしょう? だからこの際、あたしを呼ぶ時は〝アニマ〟と呼んで」

 少女の自己紹介を聞いた絵里香は、なぜか大きく頷いた。

「なるほどな」

 僕はさっぱり、判らない。でも、ここで口を差し挟むと、絵里香は不機嫌になると予想できたので、黙っていた。

 アニマと名乗った少女は、言葉を続けた。

「あたしは絵里香さんの薬で目覚めたの。啓太さんが罹っていた風邪のウイルスが変異して、人間の脳細胞に似た形にね。それ以来、あたしは啓太さんの身体の中で意識を成長させ、今こうして姿を現すことが出来るようになったんです」

 アニマは僕を見た。

「啓太さんには、脳に直接あたしの映像と、声を届けています。だからあたしの姿も、声も聞こえています」

「えっ、えっ!」

 僕は立ち竦んだ。

 思わず、両手で頭を抑えた。

「それじゃ、僕は今、アニマの幻を見ているって訳か? まるでそりゃ、幽霊……」

 僕の困惑に構わず、絵里香はぶすっとした表情を崩さず、質問した。

「それじゃおいらはどうだ? なぜ、お前の姿が見えている」

 アニマは絵里香を見て、にっこりと笑った。

「あなたなら、推測出来ているんでしょ?」

「まあな」

 絵里香は短く答え、いつも架けているピンク縁の眼鏡を外した。

 その途端、絵里香の視線は空を彷徨った。絵里香は急いで、眼鏡を架け直した。眼鏡を戻すと、再び絵里香の視線は、アニマに戻った。

「やはりな。おいらの眼鏡に、お前の姿を投影しているんだろう。声は、眼鏡の蔓を使って、骨伝導で伝えている。おいらの眼鏡は特別で、無線LANはもとより、ありとあらゆる電磁波を受信できるからな。違うか?」

「御名答。さすが知能指数三百の天才ね」

 絵里香はアニマの「天才ね」という言葉に、一切反応しなかった。絵里香にとって「天才」という賛辞は当たり前の事実を述べているに過ぎず、照れたり、ましてや謙遜することではないからだ。謙譲の美徳は、絵里香の辞書にはないのだ。

 だが、絵里香の説明を聞いているうち、僕の胸に、疑問がむらむらと湧き上がった。

「ちょっと待て! 絵里香、さっき電磁波って口にしなかったか?」

 平然と、絵里香は答えた。

「ああ、そうだ」

「おかしいじゃないか。それじゃ絵里香の眼鏡に電波が達して、それでアニマの姿が見えているというんだろ。いったい、どこから電波が出ているんだ?」

「啓太の身体からだ」

 絵里香の答えは、簡潔だった。あまりに簡潔すぎて、僕には理解不能だった。

「えっ、僕の身体が?」

 僕は小さく叫ぶと、自分の身体を慌てて見下ろした。どこからも、アンテナが突き出している気配はなかった。

 絵里香はそんな僕の様子を見て、馬鹿にしたように薄ら笑いを浮かべた。

「人体は、それ自体、多少の電磁波を発している。例えば体温による赤外線もそうだ。脳からも、微弱だが電磁波が出ていることは、すでに観測されている。啓太の全身に巣食っているウイルスは、どうやら脳細胞に似た構造を持っているらしい。おいらの眼鏡に届く電磁波を送り出すことなど、朝飯前なのかもしれないな」

「そんな……」

 僕は薄気味悪く思った。

 僕らの遣り取りを黙って聞いていたアニマは、ちょっと肩を竦めて見せた。絵里香はアニマの仕草に、眉を寄せた。

「違うのか?」

「大筋には間違っていませんよ。でも、もうちょっと深い理由があるんです」

「ははあ……!」

 絵里香はアニマの答えに、大袈裟に驚いて見せた。本当に驚いているのではなく、驚いた真似をしているだけだが。

「そういや、さっきから一つ疑問が浮かんで、どうしても消えないんだな。それには答えてくれるか?」

 アニマは顎を上げて、絵里香に向き直った。

「何でしょう」

「どうして出現した?」

 アニマは絵里香の質問に、にっこりと笑いを浮かべた。

 絵里香はぐいっと前へ出て、言葉を続けた。

「自分の正体を明かすのは、なるだけ人数が少ないほうが良いはずだ。二人なら、なるほど人数はすくないが、一人ならもっと良いだろう。啓太一人だけ、自分を見せておいて、おいらには秘密にしておく。それでも充分はなはずだが、どうもお前は、おいらにわざと自分を見せる必要があったらしいな?」

 アニマの笑いは、益々大きくなった。何となく晴れ晴れとした笑い、といった印象があった。

「さすがですね。啓太さんを通じ、絵里香さんを知って、あたしはどうしても絵里香さんに頼みたいことがあるんです」

 絵里香は伸び上がるようにして、背を逸らせた。

「おいらに頼みたいこと?」

「そうです」

 アニマの表情が厳粛になった。

「真兼絵里香さんに、タイムマシンを発明して貰いたいんです」

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