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 その時、救いの手が現れた。

「恐れ入ります……真兼絵里香様はいらっしゃいますでしょうか?」

 慇懃な物腰で、ファミレスに姿を現したのは、真兼家執事の亀山老人だった。亀山老人は、僕らを見つけ、滑るような足取りで近づき、絵里香に向かって深々と頭を下げ、柔らかな口調で話し掛けた。

「御嬢様、お食事は御済みで御座いますでしょうか?」

 明らかに拍子を外した絵里香は、不機嫌に答えた。

「ああ、何とか人心地ついたところだ」

 絵里香の答えに、老人の皺だらけの顔に、笑顔が浮かんだ。

「それはよう御座いました。お車をご用意いたしましたので、ご帰宅なさいませ」

 ファミレスの駐車場に、真兼家の目立つリムジンが停車しているのを、僕は認めた。リムジンの側に、運転手がドアを開いた状態で立っている。

 運転手の顔は、初めて見る顔だった。遠目でも、かなりの巨体らしく、側のリムジンが軽自動車のように見えた。

 老人を先頭に、絵里香、僕の順でファミレスを出ると、絵里香は急に立ち止まった。何だろうと僕も立ち止まると、絵里香は僕にくるっと振り向き、口を開いた。

「啓太! お前、このままおいらと、研究室へ来い!」

 僕は呆然となって、問い返した。

「何だって? でも、もうこんな時間だし、僕は帰宅するつもり……」

 絵里香は僕に皆まで言わせず、おっ被せた。

「そんなの知るか! おいらは何が何でも、啓太の異常を調べるつもりだ。そのためには、おいらの研究室で、分析しなくてはならない。だから、今から来るんだ!」

 相変わらず理不尽そのものの要求を、平気で突き付ける絵里香に、僕は怒りが、カッカと込み上げた。

 僕はハッキリ、断るべきだと思った。

「嫌だね! 僕はもう、帰るよ。今日は一日、色んな事があって、もうヘトヘトだ。正直、付き合いきれない。さよなら!」

「そうはさせねえぞ!」

 絵里香は叫ぶと、僕の襟首を、グイッと引っ張った。絵里香の一掴みで、僕は軽々と吊り上げられた。

「うわあ!」

 そのまま、ファミレスの出入口から軽く、十数メートルは吹っ飛ばされ、僕は駐車場にベッタリと腹這いになった。

 そうだった! 絵里香は腹一杯、食事をして満腹状態にある。空腹が満ちた今の絵里香は、ウェイト・リフティング選手並みの怪力の持ち主だった!

「啓太を逃がすな!」

 絵里香が怒鳴り、運転手が着実な歩みで、僕に近づいた。

 改めて見ると、運転手は身長は二メートル近く、体重は僕の二倍はありそうだ。運転手のお仕着せに包まれた肉体は見るからに逞しく、動くたびにゴリゴリと筋肉が波打った。

 見掛けは立ち上がったゴリラそのものだが、歩く姿は、猫族の優美さを併せ持っていた。節くれ立った拳、餃子の皮のような、弾けた耳たぶから、相当の格闘技の心得が有りそうだった。

「啓太さん、御嬢様の御命令です。御一緒、願います……」

 運転手はやたら「御」のつく言葉遣いで、僕に話しかけた。言い方は丁寧だが、俗に言う慇懃無礼ってやつだ。

 とてもじゃないが、敵いそうもない!

「紬様、まことに御迷惑至極で御座いますが、ここは一つ、御嬢様の願いをお叶え下さいますよう、切に御願い申し上げます」

 背後から、ひたひたと近づいた亀山老人が、膝を心持ち屈め、僕に懇願した。

「啓太、車に乗れ!」

 絵里香が両足を踏ん張り、腕を胸の前で組んで、高々と命令した。

 僕は渋々と、従った。

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