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僕は絵里香の脇に手を差し入れ、何とか立ち上がらせようと力を振り絞った。
普段の絵里香なら、絶対一ミリだって動かせなかったろう。
以前の絵里香は体重百キロ超あり、非力な僕の力では一ミリたりとも、動かせないに決まっている!
しかし今の僕は筋力もあり、絵里香は四十キロもない痩せっぽちだ。僕は軽々と、絵里香を両腕で抱え上げ、お姫様抱っこをした。
ちょっと今の自分を、鏡で確認したい気分だった。
絵里香を抱え挙げたまま、僕は研究室のドアへ近づいた。
エアコンからは強風が吹き出し、暴風のように荒れ狂っていた。風に逆らい、力を込めていないと、吹き飛ばされそうだ。
ドアが目の前にあった。
両手が塞がっていては、ドアノブに手を伸ばせない。僕は絵里香を肩に担ぎ上げ、右腕を自由にした。
これでドアを開けられる。
僕はノブに手を伸ばし、握り締めた。
「ぎゃあああっ!」
突然、僕の手の平に激痛が走った。まるで火傷をしたかのようだ。
何が起きたか判らないまま、僕は握り締めた手の平を開こうとした。が、僕の手は、ノブにびっちりと貼り付き、離せない!
しまった!
冷え切った金属製のドアノブに触れた途端、僕の手の平の皮膚が凍りつき、貼り付いたのだ。極地などの寒冷地で起きる現象だ。
僕は歯を食いしばり、激痛を堪えてドアノブから手の平を無理やり、引き剥がした。
ばりばりばりっ、と嫌な音を立て、僕の手の平がドアノブから離れた。手の平を広げ、目の前に翳すと、案の定、僕の手の平は赤剥けになって、だらりと皮膚が垂れ下がっていた。
これではドアを開けない……。
と、僕の身体に異変が生じた。
赤剥けになった僕の手の平の皮膚が、見る間に再生し始めたのだ。
真皮まで捲れ上がり、筋肉組織が顕わになっていた手の平に、薄皮がはり、それが急速にしっかりと皮膚に戻って行った。もう、苦痛は消え去っていた。
それだけじゃなかった。
ぽっぽと、僕の体の奥底から、圧倒的な熱量が沸きあがってきた。しゅうしゅうと音を立て、僕の服から白い蒸汽が噴き出した。僕の体温で、服に張り付いた氷の膜が、一瞬で蒸発しているのだ。
僕は驚き、思わずぐるりと、身体を回した。
いったい僕に、何が起きている?
その時、僕の周囲に、ぼぼぼぼっ! と音を立て、炎の輪が取り巻いた。
わっ、と飛び退くと、僕の動いた軌跡に従うように、炎の帯が残った。
後になって理由を知ったのだが、絶対零度近くに下がった空気と、僕が発する熱の温度境界に、爆発的な空気の膨張が起きて、それが炎の形になって残ったのだ。
ぴしっ、ぱしっと音を立て、天井から、床から、放電が飛び散った。絶対零度近くまで冷やされた冷気が起こす、超電導現象だ!
僕の身体は、この冷気に拮抗する、唯一の熱の発生源だった。
僕はドアをじっと見詰めた。
そろそろと手を伸ばし、手の平を向けた。
開け!
一心に念じた。
すると、見るがいい。
僕の手の平から、熱が放射され、凍りついたドアの表面を溶かしていった。それまでびっしりと真っ白に凍りついた氷が、僕の手の平の周囲からほろほろと剥がれ落ち、本来の表面を取り戻した。
僕は確信を込めて、ドアノブを握り締めた。
ノブを回すと、呆気なくドアは開いた。
ドアを開き、外へ一歩踏み出した途端、僕の目の前で、真っ白な光が爆発した。
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