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女子が転校してくる……。
高森の報せは、あっという間にクラス全体に広がった。
男子生徒たちは、皆、一様に期待を胸に秘め、落ち着かない。女子生徒たちも、また、違った意味で落ち着きをなくしていた。
高森は、教室の出入口にしゃがみ込んで、引き戸を僅かに開け、そこから手鏡を廊下側に突き出していた。手鏡を覗き込んで、廊下の気配を探っているらしい。
と、高森がさっと立ち上がり、足音を忍ばせて、それでも精一杯急ぎ足になって自分の席に戻ってきた。
高森の様子に、教室中が一斉に静まり返った。
微かな足音が廊下から聞こえてきた。足音は二人分で、一人は教師の履くスリッパのパタパタという、忙しそうな音。もう一つは、上履きの音だ。
来た……。
ごくりと、男子生徒全員の、固唾を呑む音が聞こえるようだった。
からりと、軽い音を立て、教壇側の引き戸が開けられた。
姿を現したのは、がっしりとした身体つきの男性教師だった。
そう、校門で僕と高森を怒鳴りつけた、あの黒杉という、保健体育の教諭だ。黒杉はゆったりと教壇に歩み寄ると、じろりと陰険な目付きで教室中を睨み渡した。
「今日から俺が、このクラスの担任になる。前任の桐山先生が健康を害して、教師を辞任したからだ。びしびし、指導するつもりだから、覚悟しろ!」
教室中、しいーんと静まり返った。僕を含め、全員、声もなく身をすくめていた。
まさか高杉教師が、クラス担任になるとは、最悪のニュースだ!
高杉は自分の言葉が、クラスに衝撃を与えたと確信したらしく、にんまりと口許を綻ばせた。わざとらしく出入口を見ると、廊下側に声をかけた。
「それともう一つ、このクラスに転校生が入る! 入ってきなさい……」
そうだった!
つい黒杉が僕らのクラス担任になるという信じ難い衝撃に忘れていたが、女子が転校してくるという重大な事実があった!
黒杉の命令に「はい」と涼やかな女子の返事が聞こえ、一人の女子生徒が教室に姿を現した。
──!
今度はまさに、教室中が息を呑んだ。
黒杉が担任となる、という衝撃を上回る衝撃が、僕らを貫いていた。
すらりとした背の高い女子生徒が、出入口近くに立っていた。女子生徒の頭は、出入口の框すれすれで、背丈はおよそ百七十五センチほどと思われた。
手足が長く、まるでモデルのような体形だった。卵形の小さな顔のせいで、まさしく八頭身──いや、九頭身くらいはあった。
何より目立つ特徴は、顔の半分くらいを占めると思われる、大きな瞳だった。いや、誇張でなく、そのくらい大きく目立っていた。
瞳の色は、薄茶色で、長い髪の毛も同じ色合いで、マイセン磁気のような白い肌のため、まるでハーフのように見えた。もしかしたら、そうなのかもしれない。
ハーフにしては、鼻は小さく、口許も慎ましやかで、やや幼い印象を与えていた。
髪の毛は、腰の辺りまで届くほど長い。身動きするたび、長い髪が優雅に揺れた。
黒杉がクラスの異様な雰囲気に気圧されたのか、顎にぐっと力をこめて、ぎろぎろと両目を動かして教室中を見回していた。やがて大きく息を吸い込み、口を開いた。
「紹介する。このたび、このクラスに転校してきた……」
「天宮奈々だ!」
黒杉が言いかける前に、男子生徒の誰かが、大声を上げた。
同時に、教室中がわあっ、と歓声に包まれた。男子生徒のほとんどは、机を叩き、足踏みしたり、お互いの顔を見合って興奮した声で喚き返した。
女子生徒だって同じだ。皆、顔を真っ赤に染め、顔を寄せ合って「本当? 本当に奈々なの?」と確認しあっている。
そう、僕のクラスに転校してきたのは、アイドルの天宮奈々だった!
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