第8話 泣いた後のご飯

 俺は彼女たちの残り4曲を聞くこと無く、帰宅していた。

 家に着いては、手を洗い、リビングに向かう。

 何と準備がいい事か、木製の長方形テーブルには焼き鮭やら肉じゃがやら、いつものように、綺麗な和食が3人分並んでいる。

「――おかえりなさい。ご飯食べますぅ?」

 キッチンからひょっこり顔を出し、母は尋ねた。俺は首を縦に振る。

 すると、茶碗一杯分にご飯を入れて、俺の席へと持ってきてくれた。

 二人して、同時にテーブルに着く。そのリビングには俺と母しかいなかった。

「「いただきます」」

 いつもの事だが、堀内家では決まった時間に食べると言う決まりがある。そのため夜の7時を回ったと同時に、二人は手を合わせた。

「そういえば父さんは――って北海道だったっけか」

「そうですよ~。凛々花ちゃんも19時には帰ってくるって言っていたんですけどねぇ。ちょっと寂しい夕食ですね」

 さらに、「冷めちゃわないかしら」なんて言いながら凛々花の分を手で仰いでいた。

 それだと冷めるからやめたほうがいいぞ、我が母親よ。

 食べやすい鮭を口に3回ほど入れた時、涼しい鈴の音が玄関の方から飛んできた。

「――ただいまー」

 疲れきった凛々花の声だ。顔も見せず、自室に上がっていく足音が聞こえる。それから、すぐして洗面所に向かい、リビングに顔を出した。

 まるで蛇とマングースが遭遇したかのように、俺は妹と睨み合った。

 母親は、キッチンに入って、妹のご飯をよそっていた。

「言わないでね、クズ兄」

「それが人にモノを頼む態度かよ」

 悔しそうに奥歯を噛み締めながら、母の隣、俺の前の席へと座る。

 凛々花の顔をよく見てみると、泣いた証なのか、目の周りが軽く腫れていた。

「――少なめでいいわよね?」

 リビングから母の声が聞こえる。

「ううん、お母さん、今日はいっぱい盛って!」

 そうか、こいつが日頃食事制限をかけていたのはアイドルをやっていたからなのか。栄養素足りないだろと思っていたが、それなら納得か。

 俺よりも多いご飯が盛られた茶碗を持って、母が現れる。

「いただきます」

 今日はやけに素行が荒い。

 凛々花はがっつくようにして、茶碗に向かい合い、ほっぺにごはん粒をつけたりなんかしていた。

「凛々花、早食いは体に毒よ?」

「――んっ! ごめんなさい、ちょっとお昼食べてなかったから」

「あら、お友達とショッピング行ったんじゃないの?」

 あ、こいつ墓穴掘った。

 凛々花は右斜め上を見ながら、言い訳を考えていた。

「えっと、そうだ。なんか洋服に夢中になっちゃって、ついつい食べるの忘れっちゃったの!」

「もう、この娘ったら。その情熱を和服に注いでほしいわぁ~」

 ママ、それ嘘です! 僕、こいつが早食いする理由知ってます! ライブして消費カロリーが、凄いんです、ママ!

 俺の脳内ボイスが聞こえてるのか、妹は机の下で俺の足を蹴ってくる。

 どうして、こいつはスネを蹴るのが上手いんだよっ! いてえ!

 ピンポイントに蹴られた左脛を右足で擦る。

 くそ、やられっぱなしってのも気に食わねえ。仕返しだ!

 俺は、棒読み気味で意地悪な質問を投げつけた。

「――あれれ、凛々花。どうして目腫れてるの?」

 ショッピングとは全く関係のない『泣き』という情報を問いただせば、必ずボロが出るはず!

 その思惑通り、母が目を丸くして口を開いた。

「あ、本当に! もしかして、友達とでも喧嘩したの? 辛いことがあるならお母さん聞くわ!」

 母は凛々花の顔を両手で挟み、顕微鏡の中を覗くよう顔をじっと見つめる。

 唇を尖らせつつ、妹は否定する。

「ち、んーん――んっ! 違うの! お昼から映画見てて、その映画が泣けたってだけだよ!」

 本当に? 大丈夫? と立て続けに、心配されるが、それでも凛々花は否定し続ける。そしてようやく母が折れた。

  一段落すると、妹は俺のスネをまたもやピンポイントに蹴りあげる。

 二度目の攻撃はさっきよりも痛かった。そのせいで、膝を持ち上げ、机を軽く振動させてしまう。

「こらっ、拓也。食事中でしょ? はしゃいじゃダメでしょぅ!」

「――ご、ごめんなさい」

 凛々花の顔を見ると、してやったりみたいな顔をして口角を上げていた。

 俺も蹴り返そうと、右足を前に伸ばすが、何だ。凛々花には予知能力でもあるのか。それに合わせて、かかと落としでスネを打たれた。

 だから、何でスネピンポイント何だよ! いてえよ!

 持ち上げそうになる、足をじっとこらえ、涙を一粒流す。

 その後何度も何度もケリを決めようとするが、事あるごとに、俺のスネは妹の攻撃でボロボロに。骨折したんではないかという、つらい思いを抱えながら、食事を済ませた。

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