第9話 妹と兄

 その日の夜は、傷ついった心、それから体を癒やそうと、名曲を棚から引っ張り出してきた。

 ゴリゴリのヘビメタ・スラッシュメタルもいいが、ここは軽い音のメタルが聞きたい。

 俺はニューメタル系統の曲を聞くことに。

 ニューメタルとは、ポップソングやら一般的な音楽を取り入れたメタルジャンルだと考えていい。代表的なニューメタルバンド『コーン』の『Twisted Transistor』は一般人に聴かせると、一見メタルだとは分からないみたいだ。それぐらいポップよりである。

 そんなニューメタルの中で『リンプ・ビズキット』の『My Generation』を聞いていた。別称、ポップメタルとも呼ばれ、軽快サウンドが中毒性を生み出している。

「My Wayもいいけど、やっぱりマイジェネだよな」

 実はこのニューメタル、メタラーの中でも賛否評論のあるジャンルである。

 ある人は『最強メタル』と言うが、ある人は『メタルじゃない』と意見が割れているのだ。

 何故そんなにも、意見が別れるのか。

 一説に過ぎないが、メタルで重視されるグロウル(声をガラガラにする技法)という技法。ニューメタルではこの技法を取り入れないことが多く、ここが賛否評論を生むのだ

 だが、俺に言わせればそんな考えナンセンス。勝手にしてクレメンス。

『メタルってのは魅力的かどうかは置いておいて、作曲者がメタルって言ったらメタルだよ』

 という、初子先輩の考えが分かりやすく正しい。これ正論。

 まあ、あまりにも酷いと、「それパンクやろ!」って怒りたくなることもあるけど、そこをじっとこらえて受け入れられるのが真のメタラーだ。

「ふう、最高だぜ――次は『Rollin』でも聞くか」

 イヤホンを耳から外し、新しいCDを棚から取り出す。

 それプレーヤーにセットする瞬間、

――ガチャ。

 明らかに、ポータブルプレーヤの開閉音ではない "音" が耳に届く。

「――ねえ、ちょっといい」

 23時に差し掛かる直前、妹が恥ずかしそうな顔をして、扉の前で立っていた。

 これ以上スネを攻撃されまいと、俺は膝を抱えてベッドに横倒れる。

「あんた何してんの」

「自己防衛だ」

 意味分かんないんですけど、と投げ捨て、凛々花は勉強机の椅子に腰掛けた。

 それから一度大きく息を吐いては、目をギラつかせる。

「何であんなとこきたのよ」

「たまたま、だけど」

 凛々花は大きい机を叩いて衝撃音を鳴らす。

「たまたまであんなとこ行くわけ無いじゃない! え、あんた隠れアイドルヲタとでも言うの!?」

 本当にたまたまなんだけどな……なんて言ったものか。

「最初に言っとくと、別にお前のことを見に行ったわけじゃないからな。そこの引き出し開けてみ」

 俺が指差す椅子側の引き出しを凛々花は開けた。

「なにこれ」

 一番上にあるチラシを取っては疑問をポツリ。

「隣でやってたライブ。もともとはそっちを見る予定だったんだ。そしたら、受付の手違いでアイドルライブに行かされたんだよ」

 こちとら、予想の3倍も出費したんだ! キレたいのはこっちだわボケ!

「あー、ゲンちゃんかぁ……本当に接客スキル0だわ、あの人」

 あの汗だくオジサン、ってゲンちゃんって言うのか。

 頭痛を覚えたように額に手の平を押し当てる凛々花。

「ってことで俺に否はない」

「っち」

 クシャッと紙を握り、凛々花は悔しそうな表情をした。

 ちょうどいい。聞いてみるか。

「――てか、この事、父さんには言ってんの?」

「は? ばっかじゃないの。言えるわけ無いじゃん」

「母さんは」

「言ってない」

「ちょっと待て。じゃあどうやってアイドルになった? 雇用契約とかあるだろ?」

 そう言うと凛々花はペラペラと紙を振り、

「お祖母ちゃんに全部手続きやってもらった」

 と抜かすではないか。

「マジかよ……婆ちゃんからバレるかもしれないんじゃ」

「絶対バレない。だって学校の書類って嘘ついたから。もう忘れてると思う」

 実にクソ妹である。

「そんなことより、アイドルのこと、絶対に言うんじゃないわよ」

「はあ、別に言ったりしないから安心しろ――大体、もう終わったんだろ? 隣が静になるならなんでもいいわ」

「最低な兄。もっと励ましの言葉とか無いの?」

 凛々花は蔑んだ目で俺を見る。

 それに対して平然とした表情で立ち向かった。

「同情は性分じゃねえよ――とにかく言わねーから。さあ、帰った帰った」

 手で追い返すと、妹は「死ね」と置き捨て、自室に戻ろうとした。

 その時、何故か脳内に浮かび上がった疑問を口走ってしまう、

「――そう言えば、なんでお前ってアイドルやってるの?」

 単純な疑問である。単純すぎて、聞くまでもないと思っていた疑問。

 これが "スイッチ" だなんて、俺はこの時、知らなかった。

 扉に手をかけ、今にも出ようとする妹が、急転換して振り向き、目をキラキラとさせる。

「なにっ! 聞きたいの!?」

 何故だろう。物凄く危険な香りがする。

 これを肯定すると、面倒くさいことに巻き込まれそうな感じがする。

「いや、べつ――」

「仕方ないなぁ。私がアイドルを目指した理由、特別に教えてあげるわよ」

 俺に発言を許さない形で喋る妹。話に聞く耳を持ってくれない。ガン無視である。

 それから、どういったわけか物凄く偉そうに、手を腰に添えていた。

「あなたも勉強しなさいよ!」

 俺は無理やり、妹の部屋へと連行されるのだった。

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