第5話 短小やろう!
さてと――よしっ。
カバンを持ち、教室を出ようとする。
「――あれ、今日もメタルライブ?」
背後から疑問を投げかけられる。
「んいや。今日はCDショップ」
「うぬ? 先週も行ってたでござるよな?」
「CDショップは毎日行っても飽きないんだよ」
麟太郎に「変なの」と言われながら俺はさようならをする。
学校を出て、家方面とは逆。左に続く、商店街方面へと向かう。
商店街の門に差し掛かると、経済とは裏腹に、盛況な光景を目の当たりにする。キャベツが飛ぶように売れ、精肉店では列ができたりなんかして、とてもじゃないが日本経済が沈んでいるようには見えない。
そんな騒がしい道中を抜け、理髪店の隣にある『からまるCDショップ』に入店。
中に入ると、今流行のJ-POPが出迎えてくれた。どうしてそこまで笑えるんですか、といえるほどの笑顔がパッケージのCD。それを素通りし、奥の奥、角の角へと向かう。そこはメタルジャンルとパンクジャンルが併設されているコーナーがあった。
何故こうもメタルとパンクを一緒にして、不遇の場所に設置するんですかね。全く別物なのに――――あ! これ新曲出たんだ! これ買おう!
お目当ての新人メタルバンドの『セプテンバーバー』が出すアルバム『11』を手に取りルンルン気分でレジへ向かった。
「3212円になります」
会計のお姉さんが淡々と告げる会計額。月5000円のお小遣いである俺には痛い額である。
「こ、これでお願いします」
「――1788円のお返しです」
お釣りと商品を受け取り、お店を出ようとした時。
「あ、ちょっと待って」
会計のお姉さんが、気づいたように声を上げていた。
「これ。メタル関係買った人に渡せって」
手元にはチラシが一枚。お姉さんは、俺から袋を取り大雑把に中に入れた。
「はい、もういいよ」
「ど、ども」
背中を叩かれるようにして退店。理髪店を通り過ぎる所で、直前に貰ったチラシを取り出す。
いま注目のメタルバンド? ピコリーモを主体としたメンバー、ねえ。チケ代は700円か。場所は――――げ、この大通りって、ライブハウス激戦区じゃん。迷いそうだなぁ。
舌を丸出しの五人衆が、デカデカと乗っているポスターを見ながら帰宅することに。
財布やら場所やらを考慮して、行くか行かないかを考える。悪魔と天使のささやきを聞きながら、とぼとぼ歩いている内に自宅に着いた。
家に入り、リビングを除いてみる。誰もいそうにない。そしてそのまま自室に直行。
――ドン。ドン。
部屋に入ると隣、つまり妹の部屋から大きい足音が部屋中を響き渡った。少し不快感を漂わせる音だ。
別に変わったことではない。時折、妹は騒がしくなる。頭おかしくなって発狂していると勝手に解釈しているが、それにしても、今日は一段と "うるさい" 。もしかしたら、サイヤ人と戦っているのかもしれない。
――って、マジで何してるんだよ、あいつ……
一度気になると、その興味は増幅するものだ。壁を一度、二度とちらちら見る。
少しぐらいなら…………いいよな。
罪悪感よりも興味が勝ってしまい、俺はこっそりと壁に耳をつけてみた。
すると、向こうから妹の鼻声が聞こえる。「ふーん、ふん」とか、「ふふん、ふふん」とか。残念ながら俺に鼻声フェチという性癖はないので、即座に耳を離した。
やっぱり発狂してるんじゃねーか。
妹の勝手なイメージを構築し、ベッドに腰掛ける。それから買ったCDを開封し、ポータブルCDプレーヤーに入れる。縁に繋がるイヤホンを耳に。すると重厚音が脳内を突き刺した。
これだ……これだっ! さすがセプテンバーバー。期待を裏切らない曲だ。
歪の大きいギターリフからテンションマックスで始まり、まさかのAメロでブレイクダウン。この落差が最っ高に気持ち良い。次第にテンションは上がっていき、無意識に足踏みなんかしてみたりする。
ちょうど四曲目だろうか。イヤホンの外から『ガゴッ』という音が聞こえたので、何事か、と思いながら目を開けてみた。すると、怒りを表した妹が、イヤホン越しからでも聞こえる、足音を鳴らしながら近づいてくるではないか。
俺はイヤホンを外して眉をひそめてみた。
「何だよ」
「はあ? 何だよって、あんた自覚症状無いの?」
朝のお淑やかな妹様は消えました、と言わんばかりに声を荒立てている。
「自覚症状って? もっと具体的に言えよ」
なんとなしに分かる。どうせうるさいとか言うんだ。
「じゃあ言うわ。凄くウルサイんだけど」
凛々花は頭を掻き毟りながら言った。
てかビンゴかよ。
「それなら、お前だってウルサイだろ? 足音ドンドン、ドンドン、って一人お祭り騒ぎかよ。足神様でも奉てんのかよ」
「な、私はいいのよ! 特別だから!」
「神様のつもりかよ……」
「っく――と、とにかく、クズ兄さんは『足音』と『息を吸うこと』は許されないんだからっ!」
右足を思い切り踏み込む凛々花。
酷い言いようだ。まるで死ねと言っている――いや良く聞くと死ねって言ってるじゃねーか。
「あー、もういいよ。分かった分かった。俺が悪かったな」
「なにそれ、凄くうざいんだけど。まるでお兄ちゃんズラしてるみたい」
お兄ちゃんズラじゃなくて、お兄ちゃんなんですが。
俺は息を吐きながら軽くうつむく。
「俺がうるさい、だから黙る。お前神、だから一人お祭りで騒ぐ。コレでいいだろ?」
「――っ! お馬鹿兄貴!」
凛々花は見事なローキックを俺のスネにクリーンヒットさせる。
「ぬおっ! いてえ!!」
この苦痛、どこかで感じたことがある。ああ、そうか、タンスの角に小指をぶつける痛みを10倍膨らました感じか、っていてえええええええええええええ!
俺はスネを抱えながらベッドの上をのたうち回る。
「オタンコナス! 短小やろうっ!」
「んぐっ、短小ちゃうわ、ボケ!」
凛々花は怒鳴り声を上げ、そのまま自室に戻っていった。
不思議な事に、それから足音が鳴り止んだ。一応あいつにも分別というものがあるのか。
とはいえ、俺の心の傷は消えない。妹に短小って言われるって。この地球上で、俺だけかもしれないぞ。
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