第4話 バラバラな3人

 快晴は目に毒である。これは俺の迷言。皆も使って良いぞ。

 くだらないことを思い浮かべながら、燦々と陽光降り注ぐ中、学校へ向かった。

 都内でも珍しい、校庭がない『八野義高校』。校門を抜けると、右手に階段があり、直結してクラスに行けるようになっている。残念ながら下駄箱なんて無い。おかげでラブレター制度がないから清々するぜ。

 その高校の三階。最北端にある教室が俺のクラスである。

 眠たい頭を一度振って眠気を飛ばし、それから教室の中に入った。

 中に入ると、たくさんの生徒が、楽しそうに会話の渦を巻いている。

 その渦を避けるように窓際の一番後ろ。誰もが望む "キングオブチェアー" に腰掛ける。

 すると、前の方から二人の男子生徒が近づいてきた。

「おはようでござる」

「おはよう!」

 一人はふくよかな体型で伊達メガネをかけているアニメオタクの健介。

 もう一人は、イケメンの容姿ではあるが残念。こいつはアイドルオタクだ、の麟太郎。

 二人とは小学校からの友人で、高校も運命的に同じ。というよりも滑り止めで皆仲良く落ちたのだが。そんな昔馴染みということもあって、今でもこうやって、つるむことが多い。

 昔から遊んでいるのに、どうして趣味がバラバラになったのかは正直分からん。

「おはよう」

 そう切り返すと、健介が声を荒立てる。

「うほ、耳寄りの情報を持ってきたでござる!」

「耳寄り?」

「そうでござる! な、なんとなんと、あの『プリケツプリドル』の第二期が決定したでござる! これは乱世乱世でござる!」

 な、何だよその題名! もうウケ狙ってるだろ! 本当に乱世だよ!

 笑うのは失礼かと思い、口を手で覆い隠して尋ねる。

「なっ、なんだそのアニメ……くっ」

「えー、拓也知らないの? 超有名アイドルアニメだよ。お尻を叩かれて3年我慢した少女たちの奮闘劇だよ」

 すげー、突っ込みたい。本当に突っ込みたい。お尻を叩かれて3年間? そいつら何してたんだよ! ネタにされて当たり前だろ! どの層が支持してるのか甚だ疑問なのですが!?

 若干笑いかけの口で、疑問を呈する。

「い、いつやってんの?」

「月九でござる!」

「嘘だろっ!」

 突っ込んでしまった。

 取り乱した、と思い、一度深呼吸。

「冒頭が奇抜だからね。ネットでも相当話題になったんだよ?」

「何度も言ってるが、俺の家にはパソコンが無いから、そういった情報は入ってこない」

「さすが堀内家でござる。和をなにより大事にする。今の日本には無い心でござるな」

「でも不便だよねー。今時ネットが無いって。いつの時代だよ、って感じ」

「本当、それ。俺の父さんに言って欲しいわ。てか言ってくれ」

 麟太郎は「怖いから無理」と一蹴した。

 その後もワチャワチャしつつ、何だかんだ言って息の合う三人であった。

 不満や色々なことを話していると、教室のドアの方から俺の名前が聞こえる。声の方向を見ると、巾着袋を持つ妹が満面の笑みを浮かべて立っていた。

 周りのせいとも、凛々花を見て、ざわつく。

「兄さん。お弁当忘れていますよ」

 凄い優しげな声。家では一度も聞いたことのない声。かえって恐怖心を感じるのは俺だけだろうか。ちらりとドア手前の男子を見ると、ほのぼのしていた。

 物凄く殴りたい。

「あ、すまん」

 席を立ち、弁当が入った巾着を受け取る。

「もう、しっかりして下さいね。次は『無い』ですよ?」

 無い、の部分に闇を潜ませているのに気づけただろうか。

「わ、分かった……ありがとな」

 それだけを言うと、凛々花は教室を出た。微かに香るフレグランスの香りに、扉前の男子生徒は "昇天" している。

 本当に殴ってやりたい。

 やけに静かになった教室内を見渡すと、注目が俺に集まっていることに気づく。

 健介が開口一番に呟いた。

「さ、さすが校内1人気の凛々花殿! かわゆすな~」

「本当に可愛い! 是非ともAKB99に入って欲しいぐらい! いや、今からでも遅くない、入ろう! 手続きはボクが済ませるから!」

 家での妹を知らないからこんな事言えるんだろうな。

 周りの人間は、こうやって妹のことを崇める。本当は、だらしないし、不満ばっかり言うし、とにかくお兄ちゃんを大事にしない。最悪な妹だというのに。

 そんな俺の苦労を理解してくれない、三年A組の生徒は『凛々花』フィーバーで浮ついている。

「可愛い子なんて他にいっぱいいるだろ」

 俺はけったいな表情を浮かべながら席につき、弁当をカバンの中に入れた。

「うむ。では例えば誰でござるか?」

 健介は伊達メガネをクイッと上げてから尋ねる。

 意地悪な質問だよな、これって。

「うーん。例えば、や、安口……先輩、とか?」

「でたでた、またこの惚気話! ボクはね、君たち二人の惚気話が『アイドルのスキャンダラス』の次に嫌いなんだよ!」

 麟太郎は拳を震わせながらそう言った。

「惚気話じゃねーよ」

「はあ? 二人でライブハウス行っておきながら惚気話じゃない!? ふざけんな死ね! ボクに力があったら、拓也――君を真っ先に爆殺してあげるよ!」

 異性関係になると、麟太郎は変なスイッチが入る。そしてしきりに爆発、爆風、爆殺なんて言葉を使う。意味が分からないのだが、面倒くさいのは間違いない。

 ていうか、何で俺だけ爆殺? 贔屓良くないです。

「麟太郎殿、落ち着くでござる!」

「落ち着いていられっかぁ! この高まりうぉおおおおおおおお! ボクに力をうぉおおおお」

 これ以上いくと収集がつかない。どうにかしなければ。

 そう思った所で、救世主『チャイム』が鳴り響いた。丸淵メガネを掛けたカツラ先生が入っては、流石の麟太郎も騒げず、鎮火する。

 これって惚気話なのか?

 あとで辞書で『惚気話』の意味を調べようと頭の片隅に記憶する俺だった。

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