第80話「なぁ兄弟!」-Naoki side-

 アソークコールセンターのオープンから早二ヶ月が経った。ヨシキが構築したネットワークは順調に動いている。

あいつから、アヤカ姐さんとのを聞かされた時は、さすがの俺も巡り合わせの不思議を感じずにはいられなかった。


まさか、左腕に刻まれたタトゥの正体がアヤカ姐さんだったとは・・・。


あろうことか、ヨシキはカズさんと同じ人を愛していたのだ。


同時に打ち明けられたという性癖についてはどうでもいい。


この世界は狭すぎる。


カズさんとヨシキ、そしてアヤカ姐さん。

一人だけを選べやしない。


こんな時、俺は尊敬するダライ・ラマの言葉に耳を傾ける。


元振り込め詐欺師のナオキがダライ・ラマだって?


まぁ、そう言わずに語らせてくれ。


     ※     ※


もし問題の解決が可能ならば何も不安に思うことはありません。

解決に向けて全力で取り組むだけです。


もし問題の解決が不可能ならば諦めなさい。

悩むだけ時間の無駄です。


不安という気持ちは何の役にも立ちません。

悪い妄想こそが悲劇の連鎖を生むのです。


          ダライ・ラマ14世


     ※     ※


全くもってその通り。

とにかく今の日本人は詰まらない問題で悩みすぎだ。

起こってもいない未来にビビって、かってに不安になっている。


「お前は予言者か!」と。


片親だから子供の将来が不安だって?


相対的貧困?教育格差?世界幸福度ランキング?

平均貯蓄額?保育園落ちた日本死ね?


ふざけるな!


不幸の原因は国のせいかよ?

良い大学、一流企業。


それがどうした?


ロスチャイルドやロックフェラーに笑われるぜ。


鼻くそ以下のザコだってな。


いい加減に気付け!


俺やヨシキは、デカイ家、高い教育、贅沢な食事なんて望んでやしなかった。


一緒になって笑って、一緒になって泣いて、人の道から外れた夜には思いっきりひっぱたいてほしかった。


あんたらが未来を決めんなよ!


恨み節をネットで垂れ流してみても問題は何一つ解決しない。


一生ずっとそうやって、癒えない傷を舐め合ってればいい。


そして、一生ずっとそうやってな幸せを追い続ければいい。


心配はいらねーよ。


俺たちは自分で未来を切り開く!


例えそれが、地獄からのスタートであってもさ。


※「保育園落ちた日本死ね」

株式会社ユーキャンが主催する2016年新語・流行語大賞のトップ10にランクイン。

受賞したのはブログの主ではなく民主党の山尾志桜里議員。


     ※     ※


 さて、慣れない説教は止めだ。話を「フアン」を身請けした日のエピソードに移そう。


チャトチャックのオヤジは、直前になって彼女の値段を300万円まで釣り上げてきた。


当初の交渉からざっと100万円の値上がりだ。


(クソッタレ!!)


以前の俺なら、この時点でぶん殴っていただろう。

だが、彼女の前でダサい値引き交渉やチンケないざこざは起こしたくなかったのだ。


フアンは感情のある人間だ。

家畜市で子牛を買うのとはわけが違う。


俺は、こんな事もあろうかと、持ってきた札束をバッグから取り出すと、薄笑いを浮かべるオヤジに投げつけた。


それを見たフアンが、申し訳なさそうにこちらを窺っている。


「気にすんな。金なんてこれからいくらでも稼げるから。今はだけどさ。足りなくなったらアニキにでも貸してもらうよ。あっ、でも、あの人もカツカツか。アッハハハハ」


(お前が笑ってくれるなら・・・)


「安い買い物だぜ!!」


 チャトチャックで売られていたのは「ワシントン条約で取引が禁止された動物」なんていう甘っちょろいもんじゃない。麻薬や拳銃、それにまでもが流通する場所だった。


人身売買を誰よりも憎んだ男が今日は一人の女を買ったのだ。


大きな矛盾。


「ダライ・ラマさん。俺、これで良かったんすか?」


「・・・・・・」


「悩んでも時間の無駄っすね。だから・・・。とりあえず次に進みますわ」


 手を繋いだ俺たちは、二度と近寄らないであろうウィークエンドマーケットを後にした。


     ※     ※


 別れ際にドラゴンフラッグのリーダは言った。


「ナレースワン部隊の知り合いがいるなんて驚きだぜ。そんなヤツを敵には回せない。いつか一緒に仕事ができたらいいな。お前の描いた夢、でっかい船に俺たちも乗っけてくれよ」


「なぁ兄弟!!」


     ※     ※


好きなだけ批判してくれ。


好きなだけ嘲ってくれ。


これがナオキ流のやり方だ。

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