第42話 Any problems? -Ayaka side-

 滞在初日の午後は姉妹が漕ぐボートに乗って近くの水上施設を見て回った。


 初めに乗り付けた小学校は日本のODAによって建設されたそうで、教室の壁にカンボジア国旗と日の丸が掲げられている。

校長だと名乗る老人が、すかさず愛想笑いを浮かべながら握手を求めてきたが、私が在住者だと知ると「商売のジャマだ!」と言わんばかりにそっぽを向いた。


この節操がないは街角の娼婦以上であろう。


後から見学に来た若い日本人カップルは、インスタントラーメンやミネラルウォーターなどを何ケースも寄付させられている。


娘たちの話によると、集まった物資は「トンレサップ湖ボッタクリ共同組合」の水上商店でできるそうだ。

とどの詰まり、半ば強制的に買わされた善意の品々は、未開封のまま学校と商店の間を行き来するだけなのである。


 続いて訪れたキリスト教会も推して知るべし。

手口は「バンコク乞食システム」と同様で、木造の聖堂内には施しを受けるためのカップを持った障害者が座っていた。


「これじゃイエス様も、さぞかしガッカリだろうね・・・」


「悲しいかな、これが現代宗教の正体でしょ。そもそもイエスやブッダはを説いたのにさ。後世の人間がフィクションを付け加えて、体のいい人類管理機能を構築しちゃったんだよね」


「イエスはを説いてブッダはを悟った。突き詰めて考えれば同じ主旨の教えだよね。親鸞聖人を敬う私が言うのもなんだけど・・・。お釈迦様は死後の世界が云々なんて話は、それほど拘ってなかったんじゃない?」


「だろうね。原始仏教の経典なんて至ってシンプルだし。だけどそれじゃ物足りないんだよなぁ・・・。チベット密教の呪術やヒンドゥー教の神様ってゾクゾク来ない?」


「う~ん。脳内麻薬ドバーって感じ?嫌いじゃないかも」


「アハハハハ。ま、いずれにせよ今は信仰が誤った解釈をされてるのは確かだよ・・。無神論者たちに宗教こそが災いの元凶だって避難されても返す言葉がないでしょ」


そんな会話をしながら教会を去ろうとした時だ。


(あれっ!!?)


祭壇の奥から一人の少女が姿を見せた。


「!!!!」


私の目が釘付けになる。


「カズさん!!!」


突然の大声に、ボートに乗り移る寸前だった彼がビクリと背中を震わせた。


「あの子の右足!!」


揺らめく旗の中に黒い龍・・・。


「アヤカ!!帰ろう!」


カズさんは、身動きできずにいる私の腕を引っ張ると、慌ててボートに押し込んだ。


「ごめん。痛くなかった?」


 尋常でない二人の様子を見た妹が「Any problems?」と怪訝な顔を向けてきたが、私は「Let's go home」とだけ答えるのが精一杯だった。

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