第32話 Sixth Sense -Ayaka side-
シェムリアップ行きのスピードボートがワット・プノン近くのフェリーターミナルを出航するのは朝6時である。
「カズさん。明日のピックアップを手配してくるね」
そう言いながら部屋を出た私がレセプションに下りると、初歩的なミスが発覚した。
「イマハ、ミズナイデス。バスダケ・・・」
なんと、プノンペンとシェムリアップを繋ぐスピードボートは、水嵩が低い今の時期は運休中だったのである。
「ごめーん。せっかくカズさんが楽しみにしてたのに・・・。これじゃプロ失格だよ」
「別に良いんだけどさ。でも、わざわざプノンペンまで来て収穫はイオンモールだけってのも微妙じゃね?ポル・ポト時代の負の遺産を全スルーって・・・。こんなふざけたノマドライターはどこにもいないよ」
「そう?さんざん書きつくされた観光地の記事なんて面白くないでしょ。キリング・フィールドやトゥール・スレンの解説は池上彰さんにでも任せておけばいいよ」
※ ※
翌日。ソーリヤ・バスターミナルを出たバスの中で、私はボートで通過するはずだったトンレサップ湖のホームステイ体験をカズさんに聞かせていた。
「あそこの水上集落はまるで独立国よ。一歩も陸に上がらなくても生活ができるの」
「いいねぇ!ますます興味が湧いてきたよ」
「浮島で水耕栽培までやってるんだから。大麻草のね。キャハハハハ」
「へぇ〜。オランダ人もビックリだな。やっぱり政府の目が届きにくい場所なんだ・・・」
「移動式の置屋まであるって噂だもん。他にどんな施設が存在したって驚かないよ」
と、ここまで話し終えた時だ。
突然の閃きがやってきた。
政府の目が届かない場所・・・。
メコンデルタ、ベトナム人が暮らす水上集落、船だけか唯一のアクセス手段・・・。
(もしや・・・。ドラゴンフラッグの拠点がトンレサップ湖に?!)
それは確信に近かった。
月光に照らされるバラック小屋。
泣き叫ぶ子供たち。
ワニの
白衣を着た悪魔。
ドラゴンの刻印。
悍ましい映像が頭の中を駆け巡る。
(なんなのよ!これ!!)
こんな現象を「シックス・センス」と呼ぶのであろうか?
押し寄せる超感覚のせいで、私の膝はガクガクと震えている。
「アヤカ?」
「・・・・・・・」
「アヤカ?気分でも悪い?」
私は、声をかけてきたカズさんの手を強く握った。
「ごめんね・・・。大丈夫」
「・・・・・」
「バスに酔っちゃったみたい・・・」
※ ※
1週間後の夜。ホーチミン支店の高橋さんから電話が入った。
「船頭の男が、ご家族もろとも行方不明になったよ。家財道具はそのまま残されているそうだ。アヤカちゃん!くれぐれも気を付けて。俺は嫌な予感しかしない・・・」
電源の落ちたモニターには「これ以上関わるな!」と、誰かに止めてほしいと願う私が映っていた。
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