第33話 スクープを狙え! -Kazu side-
ソンクラーンが終わって二週間もすると、バンコクには日本からの観光客が押し寄せてくる。
※ソンクラーン=別名「水掛け祭り」と呼ばれ毎年4月13日~4月15日に行われる。
俺は、その混雑から逃れるように母国の土を踏んでいた。
五月晴れに恵まれたゴールデンウィークの真っ只中。
二年半ぶりに嗅いだ成田空港の空気は、懐かしさの中に若干の物足りなさを含んでいる。
あの日、俺のスーツケースに詰め込まれていたのは、あてどもない苛立ち、漠然と襲いかかる不安、忘れ得ぬ後悔。ネガティブなガラクタたち・・・。
間違いなく言えるのは、「世界線は変わった」ということだ。
※ ※
「おまたせー!日本の5月ってこんなに暑かったっけ?機内アナウンスで成田の気温が27度っていうからびっくりしちゃった」
過ぎし日の感慨に浸っていると、ハノイ経由で到着したアヤカがブルーのタンクトップ姿で現れた。
「珍しく無事にイミグレを通過できたみたいだね」
「あったり前でしょ~!毎回毎回いちゃもんつけられたら、さすがの私もキレちゃうよ~」
「・・・・・・」
どうやら本人には、自分がキレキャラという自覚は微塵もないらしい。
「俺たちって日本で会うの初めてなんだよね。なんか新鮮かも」
「そうね。周りが全員日本人って変な感じ。きゃははは」
※ ※
二子玉川行きのリムジンバスの中で、二人はそれぞれの日本滞在について語らっていた。
今回、アヤカが一時帰国した理由は父親の見舞いである。
彼女の父は人間ドッグで初期の癌が見つかって以来、譫言のように「シンイチに会いたい」と繰り返しているそうだ。そんな夫を哀れんだ母親が「近いうちに顔を見せなさい!」とスカイプで話すたびに詰め寄ってきたのだという。
幸いにも、早期発見のため命に別状はないそうだが、メンタルの部分にはかなりこたえているようだ。
「お父さんと会うのなんて何年ぶりかなぁ・・・。緊張しちゃう」
アヤカの想いは複雑なのであろう。
「二度と帰ってくるな!なーんて強がりながらも、ずっと心配だったんだよ。仲直りのまたとない機会じゃん。あ、でも、さすがに俺が彼氏ですって登場するのはヤバイか・・・」
「ただでさえ、私はメイクを落としてB面で帰るのに、カズさんがノコノコと顔を出したら修羅場になっちゃうよ・・・」
「アッハハハハ。それもそうか。ま、とにかく元気な顔を見せて安心させてあげなよ」
リムジンバスは極上の乗り心地をキープしながら追越車線を進んでいる。渋滞が危惧された湾岸線は順調そのものだ。
「カズさんは明日から山梨だよね?」
アヤカが帰省するタイミングにあわせて、俺まで一緒に日本に戻ったのは「ある人物」とアポイントが取れたからだ。
こうなった経緯を簡単に説明しよう。
世田谷で鍼灸院を営む3つ下の弟「トシ」は、メコン・デルタの村で見付けたディスポ鍼の件を対岸の火事と思えなかったようだ。
すぐに、「俺も力になれないか?」と協力を申し出てくれたのである。
だが、せっかく軌道に乗った治療院を休んでまでL&M作戦に参加させる訳にはいかない。なによりも、子宝に恵まれた奥さんに悪い気がするし、俺としてもそれは望んでいなかった。
そんな中、弟が考えついたのが「東洋医学に骨格の成長を止める手技は存在するか?」というテーマの研究だったのである。
「自分自身の知的探究心が半分だけど、俺が日本を離れずにできることはこれくらいだからね」
こうして、仕事の合間を縫って古い文献を読み漁り、あらゆる治療家の伝手をフル活用した結果、遂に極めて興味深い情報を手に入れたのである。
「禁断の秘術を今に受け継ぐ鍼師の子孫が山梨県で暮らしている」
にわかには信じ難い話だが足を運んでみる価値ありそうだ。
鍼と成長抑制の因果関係が解明できれば、現代医学の常識をひっくり返す大スクープである。
事件解決への強力な呼び水になるはずだ。
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