第21話 二十歳の小学生 -Kazu side-

 翌朝。俺たちは「私の専属ドライバー」と紹介された物静かな青年の運転するトゥクトゥクでさくら苑に向かった。

「ヨロシク!」と握手を求めると、なぜだかプイッと横を向いてしまった彼は、アヤカがこの街に来た当初からの顔なじみだという。


「サムくんはシャイなの。照れてるだけだから許してあげてね・・・」


     ※     ※


 マーケットに寄ってから30分ほどで到着したさくら苑は、驚くほどキレイにリニューアルされていた。


「荒れ放題だった施設をここまで立て直したんだ・・・。頭が下がるよ」


「でしょー!支援メンバーたちと半年がかりの修繕作業だったんだから。おかげでDIYの名人になっちゃった」


自慢気に語るアヤカと、じゃれ合う子供たちは固い絆で結ばれているように見える。そして、二階から聞こえていたギターの音が止むと、一人の少年が中庭に降りてきた。


(面影がある!!)


ふっくらと丸みを帯びた輪郭を見れば、少年がシンナーを断てたことは一目瞭然だ。


「よく頑張ったね。本当によく頑張った・・・」


言葉に詰まった俺は、恥ずかしがる少年を抱き寄せて男泣きに泣いたのだ。


「最近はめっきり涙脆くなっちゃって困るなぁ・・・」


近くにいたアヤカも笑いながらポロリと涙をこぼした。


「さぁ、今朝のメニューはみんなが大好きな具だくさんスープよ。カズさんも配膳を手伝ってね。私はを起こしてくる」


このマイちゃんこそがNGO団体に保護された少女である。さくら苑に身を寄せてから3ヶ月が経つ今も情緒不安定な状態は続いており、声を掛けなければブランケットに顔を埋めたまま一日中ベッドから出てこないそうだ。


     ※     ※


 全員の食器にバゲットとスープが行き渡った頃にアヤカとマイちゃんがようやく席に着いた。


「イタダキマスッ!」


元気な日本語で朝食がスタートするも、俺はマイちゃんから目が離せずにいた。

子供用のハイチェアーに座る少女は、どう見ても小学校低学年くらいにしか見えない。

あまりに未発達なため「精神的ショックによる虚言の疑いあり」として、医療ボランティア団体が年齢の医学的判定までおこなったそうだが、この子が20歳前後であるのは間違いないばかりか、他の身体所見についても「至って正常」との結果がでたという。(年齢確認には親知らずの発育状態とMRI検査の2つの手法を用いた)

ただしこれは、あくまで現時点の診断に過ぎず、今後マイちゃんの健康状態にどのような変化が生じるかは未知数だ。


もしも本当に、この少女が人工的、意図的に発育を抑えられてきたとすれば・・・。


(ふざけるなよ・・・。これじゃまるでペットショップに並ぶ愛玩動物じゃねーか!)


人権無視などというレベルの話ではない。俺は、なるたけ自然体を装ってみたがスプーンの手は止まったままだ。結局、二日酔いで飯が喉を通らないことを理由に、朝食を腹っぺらしの少年に譲ってしまったのである。

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