第22話 ストップ!! ひばりくん! -Kazu side-

 その日の夕食はJ.Khmer groupの仕事が休みだったアヤカが手料理を振る舞ってくれることになった。エプロンをつけてキッチンに立つ後ろ姿は新妻のようである。俺は、期限が迫る原稿を書きながら彼女のスレンダーな肢体をチラチラと盗み見た。


「あっ、そうそう!ビール切らしちゃってるから買って来てもらえる?」


「へっ?あ、あぁ。う、うん。OK!」


「お楽しみにはまだ早いでしょ。そんなにイジメてほしいの?Mのヘ・ン・タ・イさん・・・♥」


     ※     ※


 夜の主導権を奪われた俺がアパートを出ると、エントランスの外でが起こった。


路肩に駐めたトゥクトゥクの荷台で寝転んでいるのはサムくんだ・・・。


「チョムリアップ スオ!」


ムクッと首をもたげた彼に笑顔で声を掛けるも、の青年はニコリともしない。


「Hey you!Ayaka.Lover?」


「・・・・・」


「Is that lady your girlfriend?married?」


(なるほど・・・。昨晩向けられた視線の正体はサムくんだったか・・・)


今日一日、アヤカと俺のを観察すれば二人が恋人同士なのは明らかだろう。だが、それでも一縷の望みを捨てきれないのが男心である。


「Yes. She is my girlfriend.」


俺の答えを聞いたサムくんが納得いかなそうに唇を噛んだ。


「ゴメンな。彼女だけは譲れないんだわ・・・」


     ※     ※


 アヤカが作った肉じゃがをつまみにアンコールビールを傾けていると話題はサムくんの件になった。


「そっか。複雑だなぁ。ホントにいつも親切にしてくれるから・・・。私がMtFだってことも、もちろん知ってるはずよ」


「ピュアなカンボジア人がアヤカに魅了されちゃう心境は良くわかるよ。昔は俺もに夢中だったからね・・・」


     ※     ※


 『ストップ!! ひばりくん!』とは、江口寿史による日本の漫画作品だ。

ヤクザ一家に居候中の高校生、坂本耕作と、美少女にしか見えない大空組の長男、ひばりを中心とした日常生活が描かれている。

 作者の江口氏は、とあるオカマバーで「私は『ひばりくん』を読んでこの道に入ったんです」と感極まって泣かれた経験があるらしいが、当の本人は「そんなつもりでひばりくんを描いたわけではない」と語っている。

※引用「ストップ!! ひばりくん!」『ウィキペディア日本語版』(2017年1月12日取得)


     ※     ※


「ストップひばりくんって・・・。またレトロな作品を持ち出してきたねぇ。私が生まれる前のアニメじゃない?ひょっとするとカズさんは潜在的なトラニーチェイサーだったのかも。キャハハハハ」


このように、ひばりくんネタで沸く二人だが、実のところ心中穏やかではいられなかった。なぜなら、アヤカと連れ立って街を歩いていると、行く先々でサムくんと同じようなの視線を感じたからだ。


「カズさん。怒らないで聞いてくれる?隠し事は嫌だから暴露しちゃうね」


「ん?」


「私、この一ヶ月で5人のカンボジア人に告白されちゃった・・・」


「・・・・・・・・」


「あらら。効いちゃったよ・・・」


「べ、別に効いてねーし・・・。す、すげーじゃん。カッコいい男いた?そんなに敵が多いんじゃ俺もうかうかしてらんねーなぁ・・・。はっははははは」


その乾いた笑いは恐ろしく不自然だったはずだ。


「でもね。安心して・・・」


「・・・・・」


「私には心に決めた人がいるってちゃんと断ってるよ・・・」


「!!!」


「あぁー!!なんかもう!自分で言ってて恥ずかしくなってきたぁ!カズさん!茶化したらブン殴るから!!」


シェムリアップの街に歓喜の嵐が吹き荒れる。


テーブルの下で小さくガッツポーズをつくった俺は勝利の美酒に酔うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る