第16話 道 -Kazu side-

 ライター一本で食っていこうと決意を固めた俺は、バンコクコールセンターを辞めてフリーになった。


初めてこの門をくぐってからの濃厚な日々は何ものにも代えがたい宝物だ。


落ちぶれた10代のつけを払わされ、虚しく過ぎ去った20代。

だが、物語はそこで終わりではなかったのだ。


バンコクに来てからの人生は、失われた10年のつけを全額返済しても余りあるほど満ち足りていた。


「小中学生の頃がピークだったなどという、滑稽で無様なストーリーのままでは死んでも死にきれない!」


あの日の叫びが運命の歯車を変えたのだ。


 世の中には「落ち着いたら」「準備ができたら」「資金に余裕を持って」といった、やらない言い訳ばかりが溢れているが、そんな思考ではいつまで経っても夢はつかめない。

俺は、サンブックスでホコリを被っていた自己啓発本のセリフに、己の未来を賭けたのである。

『サンブックス』=スクムビットsoi39の入り口にある日本語書籍専門の古本屋。


 今後はバンコクキッド他3誌の原稿料にくわえて不動産広告関連の仕事が生活の糧になる。もちろん素人丸出しの俺に満足な収入を得られる確約はないが、某社のはからいでワーパミ(労働許可証)が取得できたのは幸いだった。細かい方向性は前に進みながら微調整すればいい。


     ※     ※


「此の道を行けばどうなるのかと危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし ふみ出せばその一足が道となる その一足が道である わからなくても歩いて行け 行けばわかるよ」

『道』清沢哲夫~無常断章より~


     ※     ※


 二年と三ヶ月の間お世話になったCA●タワーに深々と頭を下げた俺は、排気ガスまみれのチャルンクルン通りを歩きだした。

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