【第一章】忍び寄るインドシナ半島の深い闇
第15話 ロリータメーカー -Kazu side-
その情報がもたらされたのは、バンコクに来て二度目の正月が過ぎようとしていた時期だ。
「おはよーカズさん。今日のシフトは休みだよね?」
「タイミングいいなー。こっちもアヤカにスカイプしようかなーって考えてたところ。ちょっとしたニュースがあってね・・・」
話はここで、センター長から呼び出しを受けた3日前に遡る。
※ ※
会議室のテーブルに広がる大量のFAX用紙は、昨年末に行った"オペレーター満足度調査"の結果である。
「これ、全部●●さん宛の感謝メッセージですよ。私は文句無しであなたを管理職に推薦します」
意外や意外。なんとこの俺が同僚の「そうそうたる顔ぶれ」を差しおいて、SVへの昇進を打診されたのだ。
当時のバンコクコールセンター(通販部門)には、院卒で、英語、ドイツ語、中国語、韓国語の四カ国語を操る謎のイケメン。日本最大手の広告代理店でアートディレクター務めていたアラサー女。有名予備校の元カリスマ講師など無駄にスペックが高い人材が顔を揃えていた。
さらには、「健康づくりは継続が大切です!」と、爽やかにセールストークをかます和彫りの兄ちゃんまでが在籍する玉石混淆の現場だったのである。
そんな並み居る強豪を蹴散らし、トップの座に選ばれた俺は胸を張って良いだろう。昇進の話が決まれば、コンプレックスの塊だった過去を完全に払拭できるはずだ。
※ ※
「7万バーツ+年二回のボーナスか。悪くない条件だけど・・・。カズさんどうするつもり?」
「せっかくだけど辞退するよ。他の雑誌の連載が決まりそうだから身軽にしておきたいし。それに、昇進どころか近いうちにバンコクコールセンターを卒業してフリーになろうと思ってる」
「おおぉ!攻めるねぇ。カズさんがどんな物語を世に発信するのか楽しみだなぁ。私、全力で応援するよ!」
「ありがと。あ、俺ばっかり喋っちゃってゴメン。ところでアヤカも何かあったんじゃない?」
「そうそう・・・。ちょっと長くなりそうだけど時間平気?」
危険なミステリーはこんな調子で幕を開けたのだ。
「今月から、うちの施設で新規の児童を受け入れることになったんだけどね。身体のあちこちに見られる虐待の跡が痛々しくて・・・」
カンボジア政府の福祉関係者に連れられて、さくら苑(アヤカが支援するシェムリアップの孤児院)までやって来た少女は、ラオス国境近くの置屋で売春を強いられていたところを、あるNGO団体の手によって保護されたそうだ。
後の調査でベトナム農村部から人身売買で売られてきたことは分かったが、どのような経緯をたどってカンボジアに行き着いたかなど詳細は不明なままだという。
「それでね、私が虐待の傷よりも驚いたのは少女の体つきなの。本人は自身の年齢を19歳だって言い張るんだけど・・・。見た目はまるで小学生。いくら栄養状態が悪い環境で育ったとはいえ異常すぎない?」
「確かに奇妙だね。NGOから説明はなかった?」
「それが・・・。インドシナ半島で暗躍する人身売買のブローカー集団に、ロリコンが好む幼児体型の子ばかりを専門に斡旋する業者があるんだって」
「マジか・・・」
「そいつらのアジトでは子供たちの成長を抑制するために何らかの医学的処置が施されているんじゃないかって噂なの・・・」
「なかなかエグいねぇ。人間工場・・・要するにロリータメーカーってとこか。その話、興味あるから追加情報が入ったらすぐに知らせて」
「うん・・。でも、あんまり深入りしないでね。とにかく今は、彼女が安心できる居場所を作ってあげることが先決だから・・・」
この日、二人は吐き気を催すほどの胸くそ悪い会話を最後にスカイプを切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます