第12話 秘密の島で見た幻覚 -Kazu side-

 トリップのお膳立てが整うと、アヤカのiPhoneからトランスミュージックが流れ始めた。


「たまには速いBPMもいいでしょ?」


「こんな夜にはボブさんよりもサイケだよね!」


 俺たちはスペシャルオムレツをつまみにビールを飲みながら、うねる重低音と浮遊感のある旋律に身をまかせた。


     ※     ※


 それは2本目のジョイントを吸い終わった頃だ。


キーンとする耳鳴り・・・。


(キタキタキタ・・・)


この感覚がサイケ世界への入り口だ。


遠くからファイヤーダンスのさざめきが聞こえてくる。


炎の風切音に混ざって人とも獣ともつかぬ奇声が響く。


「君たちもに来なさい・・・」


祭祀を司る者が二人を迎えに来たようだ。


     ※     ※


時空を超えた砂浜では、半裸の集団が踊り狂っていた。


誰ひとりとして同調しないステップが、かえって見事なグルーブを作り上げる。


不一致な個性が到達する先はシンクロの極み。


シャーマンの祈りが宇宙そらへと届いた。


煩悩即菩提ぼんのうそくぼだい


月輪から舞い降りるインスピレーション。


「アヤカはお前の中にいる・・・」


(えっ!?)


我に返った俺が周囲を見渡すも彼女は居ない。


いや、居なくなったのではない。


忽然と消えていた。


叫びたい衝動に駆られたが幻覚世界でのパニックは命取りだ。


俺はヨガの呼吸で瞑想に入った。


「アヤカ・・・」


今、必要なのは「叫び」ではなく「寂静じゃくじょう


プラーナヤーマを教えてくれたのも彼女だった。


しばしの沈黙のあと、応えは思わぬ所から返ってくる。


「ずっと一緒だよ。私はあなたの中で生き続ける・・・」


魂に訴えるメッセージ。


「私たちは不二ふにの法門に入るの・・・」


朦朧とする意識の中で俺は悟った。


彼女は自分の中に住む


全ては幻影。何という滑稽。


島にいるのは一人旅をする俺だった。


バンコクで始まった新しい日々でさえ全てが夢現の世界。


俺は、何年も前にあの場所で命尽きていたのだ。


     ※     ※


一人の男がダム湖にかかる橋上から奈落を見下ろしている。


強い精神薬のせいか不思議と恐怖の感覚はない。


凍てつく風が頬に刺さる。


「・・・・・」


そして、ついに片足がフェンスに掛かった。


「!!?」


(なにやってんだ。俺・・・)


夢の中で夢を見ていた。


全てが幻影であるのなら何度だって映し出せるはずだ。


魂の映写機に願いを込めて。


     ※     ※


妙適清浄の句、是菩薩の位なり

(男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である)

欲箭清浄の句、是菩薩の位なり

(欲望が矢の飛ぶように速く激しく働くのも、清浄なる菩薩の境地である)

触清浄の句、是菩薩の位なり

(男女の触れ合いも、清浄なる菩薩の境地である)

愛縛清浄の句、是菩薩の位なり

(異性を愛し、かたく抱き合うのも、清浄なる菩薩の境地である)

               『般若理趣経』より


 ふいに懐かしい気配が蘇ると、ヤブユムの体位で交わるアヤカが恍惚の笑みを浮かべていた。

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