第2話 Romantic Dining -Ayaka side-
シャワーを浴びてサッパリすると、私たちはビールでも飲みながら観光をしようと街に出た。二日酔いで懲りたはずのカズさんは「断酒宣言」を早くも撤回するようだ。
近くにあるコンビニにはヒジャブを巻いた女性店員の姿が目立つ。
棚に並ぶ商品の価格はタイやカンボジアとそれほど変わらない印象だが、アルコール飲料に関しては明らかに割高だ。最もポピュラーなタイガービールでさえ9リンギットと、屋台料理の一品5~6リンギットと比べると馬鹿らしくなってしまう。
「酒は夜まで我慢するか・・・」
「お国柄だから仕方ないよ。この雰囲気じゃ、女が真っ昼間からビールをラッパ飲みするのも気が引けるし」
言わずもがなマレーシアの国教はイスラム教である。考えてみればお酒のニオイをプンプンさせて宗教施設に立ち入るなどという行為は以ての外だ。
空気を読んだ二人は、ミネラルウォーターを買ってジョージタウンの散策を始めた。
※ ※
東南アジア最古と伝わるセントジョージ教会。
マレーシアで最も美しいと名高いカピタン・クリン・モスク。
リトルインディアの中心にあるヒンズー教寺院のスリマハマリアマン。
釘を1本も使わずに建てられたという中国寺院のクーコンシー。
いずれも一度は訪れる価値のある敬虔な場所だった。
また、教会や寺院もさることながらジョージタウンはストリートアートの街としても有名である。このカルチャーは2012年にリトアニア出身のアーティストが日常を描いたアートを街中に展示したのが原点だ。
観光案内所で配られる地図を片手に「裏路地の芸術」に触れてみるのも一興だろう。
私たちは時間を忘れて歩き回るうちに旅特有のナチュラルハイに酔いしれていた。
「旅こそが最強のドラッグ」
カズさんはよくこのセリフを口にするが、まさに絶妙な表現だ。
アルコールやマリファナも、自身で分泌する脳内麻薬の快楽には遠く及ばないのである。
※ ※
心地よい疲れとともに夜を迎えた二人は、宿から歩いて5分ほどのレッド・ガーデン(屋台村)にいた。
オープンエアの中庭部分に安っぽいプラスチックテーブルが並べられ、それを取り囲むように多国籍の屋台群がひしめいている。
中華やマレー料理の他にも、インド、イタリアン、メキシカン、和食と何でもありの賑わいだ。
私は大はしゃぎで彼の腕に抱きついた。
「さーて、なに食べようか?ダーリン❤」
ありふれたフードコートが、今はオリエンタルホテルのダイニングよりもロマンチックに感じられる。
ところが、そんな乙女心も露知らず、マイペースなカズさんはお寿司のショウケースと日本酒のラインナップに目が釘付けだ。
「お、アヤカ、獺祭おいてあるじゃん!」
※ ※
『獺祭(だっさい)』
山口県、旭酒造株式会社が製造する日本酒。
酒名は、正岡子規の別号「獺祭書屋主人」と蔵のある地名をかけて命名。精米歩合は全量50%以下で、造る酒は純米大吟醸酒か純米吟醸酒。精米の極限ともいえる23%まで磨いた「磨き二割三分」は純米大吟醸酒の最上級ブランド。原料米は山田錦。仕込み水は蔵内の井戸水。蔵元の「旭酒造」は昭和23年(1948)創業。所在地は岩国市周東町獺越。
出典:講談社[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションについて
※ ※
ロマンチックな陶酔感が、たちまち海外在住者の現実に引き戻される。
「あのー・・・。カズさん・・。海外旅行一発目のディナーが和食って・・・」
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