第46話 夜は本音を語らせる
少し刺激的な映像と、それから乗り物のアトラクションを乗り終えて見れば、すっかりと夕方に差し掛かっていた。
すでに成人であり、明日も休みであるからゆっくりとは出来るはずだった。
「この後、どうする?」
「うーん、もう並ぶのは疲れたかな」
「出る?」
「そうするか」
人混みで、体力云々よりも人いきれしている。
夕方にかけて増えた人混みの中さりげなく、出された左手に右手を重ねた。
ぐいっと力強く引き寄せられると、やはりドキンと心音が高まるのは仕方ない。
こうして、ただ手を繋いで歩くことの...ただそれだけがどうして、今はこんなに愛しくなるんだろう。
朝の通学の駅までの間と、一緒に帰った時のほんのわずかな時、少ししかなかったデートの機会。
そして時々人目を避けてするキスも。
失ってみて始めて、それがとても大切な時で、とてもとても、嬉しい事だったと、そう気づいた。
手を引かれて、パークアウトして翔太は、彩未の表情に気がついたようだった。
「彩未?」
「なんだか...おかしいよね、手を繋いだだけでこんなに嬉しくって泣けちゃうなんて...どうかしてる」
「...どうかしてるのは...多分彩未だけじゃない。...車まで行こう」
立ち止まってしまった2人に、帰りゆく人たちがぶつかってしまい、邪魔になってしまっている。
手を繋いだまま、歩いて行くと、ようやく他人ひととの空間が広がる。
「私って結構、泣き虫みたい」
パークゲートと駐車場の間は、人気はまばらでそこまで来てようやく立ち止まった。
「待ってる間...辛かったよ」
嬉しくて懐かしくて、ついそんなうらみごとが口から出てしまう。
「ごめん」
「ドアを開けて、ほんの数歩歩けば翔太はそこにいたのに、イヤなことばっかり、考えて。なんで、連絡してこないの?ってそんな一言を、打ち込んでも送信できなくって。って....こんな事を言うのも、サイテー私...」
行動を起こさなかったのは彩未だって同じ。
受験生だからとか。もうずいぶん時がたったから、好きじゃなくなったから、連絡がないのじゃないかとか、色々、時が経てば経つほど嫌な憶測は広がっていった。
「サイテーなのは俺の方だっただろ?」
翔太の言うサイテーは、最後に会った日の事だと、そうとっさに思えた。
「あんなの、…少し驚いただけ。それに自分でとめたじゃない。ずっと...気にしてたの?」
彩未は、きゅっと拳を握った。
「ずっとじゃない」
そうは言っても、翔太はずっと自分を許せずにいたに違いない。
「そうだといい...。私が辛かったのは近くにいたのに、何も出来なかった事。翔太が辛いときに、無神経な一言を言ってしまった。何も、分かってなかった」
「仕方ないだろ?俺も何も言わなかった」
「私だって、ちゃんと聞けば良かった」
そうすれば、もっと気持ちが分かったはずかも知れず、こんなに永く拗らせ無かったかもしれない。
「今まで、私も翔太も引っ掛かってたのかな...?あの時の事」
「かもな」
少しだけ、笑顔に近い表情が浮かぶ。
「許し合えるかな...?」
「時効だろ」
「心に時効なんてないでしょ」
「俺は許してもらう方の立ち場だから」
淡々と、そして俯きがちのままそう翔太は告げた。
「そんなの、許すに決まってるでしょ。翔太は?」
「元から、彩未は許しをこう事なんてない」
「そっか...うん。なんだか…やっと、すっきりしたかも」
上手く話せた気はしないけれど、これでやっとリセット出来た気がする。
「翔太...ハグ...してもいい?」
「…うん」
定番の仲直りの方法にお互いに笑い合うと、互いの体に手を回してハグをして、それから離れると、もう一度笑みをお互いに浮かべた。
「これで、過去はおわり!ご飯でもおごってよ」
湿っぽい空気を払いたくて、明るくそう言った。
「何がいい?」
「なんでも、食べるよ」
「じゃあ、一回車置いて、飲めるとこに行こっか?」
「そうしよ。再会と仲直りの祝杯あげようよ」
「今日はもう酔っぱらってもいいよ。家の場所覚えたから」
昨日は彩未は少し…?随分?酔っていた。
「じゃあ思いっきり飲むね」
ふふふっと彩未は笑った。
「飲み放題の限定な」
停めてあったスポーツワゴンに乗り込んで、そしてカーステレオから流れる歌に合わせて彩未も口ずさむ。
「大人の歌も歌えるんだ、せんせー」
「たまにはそういうのもありでしょ?」
行きとうって変わって、会話は増える。
翔太の住むマンションの駐車場に車を停めて、それから歩いてどうやら行ったことのあるらしい、こじゃれた洋風のバーに入った。
おしゃれなカクテルや、こじゃれた料理メニューの並ぶお店はどう見てもカップル向けである。
だけど二人の関係は今は恋人ではない。
(単なる、幼なじみ?元カレと元カノ?)
「お酒って...少し魔法使ってるよね」
「魔法?ファンタジーだな」
「ちょっと、話しやすくしたりバカな事しちゃったり。でも、そのおかげでこうしてまた、二人でいられたりするんだから。いい魔法よね?」
「...もしかしてもう酔ってる?」
確かにほんの一二杯で充分に酔える。
「安上がりでいいでしょ?」
「よく言えばそうかも」
「あ、このホタテのカルパッチョおいしい」
「ん、ほんとだ」
些細なそんな会話が本当に楽しくって。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
店から出て歩き出すと
「大通りに出て、タクシーのろっか」
「...やだ、帰るの」
彩未自身、こんなことを言うなんて、酔っているなとそう思った。だけどやっぱり変わらず翔太と過ごすことは楽しくて嬉しくて離れがたい。
「でも、もう遅いよ」
「また離れるのイヤ」
彩未はそう言うと、肩に額をつけて腰に抱きついた。
「側にいたい」
「彩未...」
「俺の家に、来る、か?」
躊躇いがちの問い。
「だめ?」
「ちょっと待って、考える」
「うん。どれくらい?6年は待たないよ」
「そんなに待たさないって。でも、彩未はそれでいいのか?」
それでとは、泊まる事に対して?それともそこに付随してくる可能性に関して?
「...翔太は?私の事どう思う?
好き?嫌い?一緒にいたい?もう…これで充分、だから…離れちゃいたいの?」
それに対する返事は、彩未の背に回された腕とそれから、言葉だった。
「俺は...。彩未と」
抱きついた体からは、彼の緊張を伝えてくる。
覚悟を決めたようなその後には…
「一回しか、言いたくないから....言うよ?
Etエ jet'aimeジュテーム encoreアンクール.
Jeジュ suisスイ heureuxウールーズ avecアヴェック toiトワ.」
とっさに言われた外国語は脳がついていかない。しかもなかなか本格的な発音だったのだ。
「え...それ、フランス語?」
「あー、やっぱり慣れないことを言うもんじゃないな...。恥ず...」
「なんて言ったの?ジュテームっていってくれた?」
聞き取れた単語に、彩未は頬が火照る。
「言った...。通じてないって、どんだけカッコ悪いんだよ...。彩未が昔、フランス語で愛を囁かれたいって言ったから」
そんな事が言ったかな...。
記憶を辿れば確かに過去に言った気がする。
「覚えてて、だから、言ってくれたの?」
些細な会話まで覚えててくれたのが嬉しいし、叶えようとしてくれた事が嬉しい。彩未が無知でそれが通じなかったのは、頑張ってくれたのに悪かったけど。
「そうだよ...」
照れてそっぽ向くのがやっぱり翔太らしくて笑みがもれる。
「お願い、もう一回日本語で言って...聞きたい」
そうねだると、覚悟を決めたかのように呼吸を整えると
「...俺はまだ彩未の事を愛してる。君と居ると幸せだって…そう、言った」
「うん...うん、よく聞こえた。ありがと、すごく嬉しい」
そう抱き合ったまま、顔を見上げれば唇が合わさる。
「2度は言えない」
「記憶に焼きつけた」
「このまま、家に連れてくから」
「ん、連れてって」
額と鼻の頭をコツンとぶつけて、体を離した。
笑みを交わしてそれから、二人で手をきゅっと繋ぎ合うと翔太に続いて歩き出す。彼の家に向かって...
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