第43話 決断の時 [翔太side]
インターハイの試合の後、jリーグの チーム“ヴィシェス”のスカウトに目が止まったのは、親友の木下 昴牙だった。
昂牙にとっても翔太にとってもプロになることはサッカーをしはじめてからの夢だ。
二人とも中学三年生の時、地元のチームの下部組織 アガテ ジュニアユースからユースに上がれず、二人とも落ちてそして、互いにそれぞれが落ち込んでいた。
叶うのは一握り。
そんなことはわかっていた...
その事は、幼い頃から分かりすぎるくらい経験してきた。上手い子は選ばれそうでないと、選ばれない。
実力があったとしても、ゲームでそれが残せなければ、ピッチから下げられる。出なければ結果は残せない。
高校生の現在、昂牙と翔太の評判も実力も大差は無いはずだった。それだけに悔しさが心の中で暴れまわる。
嬉しそうな昂牙と、チームメイト。
そんな彼らを見ながら、「良かったな!」そう、言うだけで精一杯で心から喜ぶ事が出来なかった。
そんな荒れた心のままに、彩未に会えばなんだか彼女はとても大人に見えて、可愛くなっていて綺麗で...。
遠くに行ってしまったような気分にさせられた。
大切な女性ひとなのに自分は彼女に手荒く扱ってしまった。
本当に、男として最低だった。
「翔太~ご飯だって」
涼介が部屋をノックしてきた。
「いらね」
いつもの翔太なら絶対に、こんなことは言わない。
「何言ってんの?」
「いらねって言っとけ」
ドア越しに乱暴に八つ当たりした。
それを聞きつけたのか、母がドアを開けた。
「翔太?どうしたの?」
心配している。
分かってはいるが、今はただ放っておいて欲しい。
「ご飯いらない、しばらくほっといて」
「何があったの?」
「だから、ほっとけって言ってるだろ!」
そう言うと、立ち上がると、ぶつかるように戸口にいた母を突き飛ばして家を飛び出していた。
誰かに言われた訳じゃない。
諦めなければ、これからだってプロは目指せる。
彩未の言ったように、大学でもつづけていればチャンスはある。
だけど、翔太自身で自分なりに今年が最後のチャンスだとそう決めていた。
いつまでも目指せるとは思っていない。逃げ道を用意したまま、目指せるほど甘くもない。
諦めるのは、簡単な事だ。
だけど、そう見切りをつけるにはまだあまりにも情けなくて辛かった。
翔太はひたすらに走って、走って、気がつけばいつものジョギングコースを走っていた。
汗だくになれば、悔し涙が汗と混じり顔を濡らした。
どれだけ走っても、汗を流しても、苦しいほどに息を乱しても、どうにもならない。ただ激情が渦巻いて苦しい
のろのろと、黙って帰って見れば、
「翔太」
仕事帰りらしいスーツ姿の父がそう出迎え、はじめて顔を殴られた。
原因はわかっていた。母を突き飛ばしたからだ。
殴られても、もっともっと、酷く殴られてもいい気分だった。
「どんなことがあっても、女の人を乱暴に扱うな」
「...」
分かってはいたが、返事をする事は出来なかった。
父の言うとおり、自分はとても最低だった。
そうして、誰にたいしても気まずいままシャワーを浴びて部屋に籠った。
スマホを見れば彩未からの連絡が入っていた。
『会って話せない?次はいつ会えそう?』
その返事は、返せなかった。
『いますぐ、会いたい』
そう打ち込んで...情けなくて、送信せずにその文字を消した。
出来なかったのだ。
会いたいのに、会いたくなかった。
今このときに、平気な顔をして彼女の前にいられるほど大人じゃない。次もまた、彩未の事を傷つけずにいられる自信もない。
のろのろとようやく打った文字は
『ごめん、今はしばらく無理』
最低の気分だった。
彩未からは
『わかった、連絡待ってるね』
すぐにまた、返信をするべきだった。
そんな最悪の気分だったからか、いつもなら上手く当たれるはずのボールの競り合いで、(いっそ、怪我をしてしまえば)そんな深層心理がそうさせたのか、この前の試合の頭に続いて足を負傷した。単なる、捻挫に過ぎなかった。
しかし、サッカーを少しだけ離れることに安堵したそんな自分がいて、翔太はついに...。決めたのだ。
「受験したい」
「...どうしてだ?」
「力試しに、受けたいんだ」
翔太が受けようとしているのは国立の大学である、英京大学。
今まで、私立に通わせてもらったからせめて大学は、国立を選びたいと、その思いもあった。
「...小さい時からの夢を諦める事も、大変な勇気の要ることだ。その決断を下した翔太は、自分を貶める必要はない」
父は、翔太の想いを正確に分かっているようだった。
「違う...。結局は、逃げたんだ。逃げる理由もつけて」
足掻いて足掻いて、結局は駄目になるんじゃないか、そんな未来を怖れているだけだ。
「それは、逃げじゃない。新しい目標を持ったということだ」
「父さんと母さんが、俺の夢を叶えるために中学から一貫校に行かせてくれて環境を整えてくれたのに...結局、ダメだった」
「親の事は気にするな。子供を支えたいのは親のエゴだから。逃げの理由でも何でもいい。間違ってない道なら父さんはいくらでも応援する」
「...うん、ありがとう父さん」
「父さんはお前がどんなに努力してきたか、知ってる。努力して力が及ばない事もある。それを、今のこの年で経験することは悪いことじゃない。お前が精一杯やり尽くしてその決断をするなら、それが正解だ」
諦めることは、簡単だ。
だけど、苦しくて辛くて、情けなくてそして、寂しかった。
日にちがたつにつれて、彩未の姿の見えない日々に、
もう自分の事はどうでもよくなってるかもしれない、それに、最後に会った日の事を思えば、最低な男だと思われてるかもしれない...
その証拠に、彩未からの連絡もないではないか...。
そんな風に1度思いだしてしまうと、連絡を後回しにしてしまった、その積み重なった1日×日数がのし掛かりついには翔太からは連絡をする事が出来なかったのだ。
スマホの画面には彩未のメッセージが途絶えたその日から、新しいメッセージはずっと送信できないままだ。『会いたい』とそう文字を打ち込んでは、その送信の文字の上に指がのせられない。
そして、何よりも幼稚園の先生になるという夢を追いかけ出した彩未に、夢を諦めようとしている翔太は...。
会いたいのに、会えなかった。
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