第41話 真夏の接戦

夏のインターハイ、今年も予選を突破した惶成大学 高等部サッカー部はピッチ上にいた。

彩未はバイト代を使って、その応援席に来ていた。


もちろん、例年通り後輩である吹奏楽部も彩未の前方で陣取って応援に熱を入れている。


翔太の背番号3番は彩未の目にすぐに飛び込んでくる。

もう、いつから触れ合えていなかったか...。

近くに居るのにまるで遠距離恋愛のよう。


好きだっていう気持ちは少しも減ってない。

だけど、会えなくて淋しいとか、それを素直に言えないのだとか、そんな事がどんどん増えて...。

(あと、どれくらい我慢したら。側にいれるんだろう)


彩未の所からは、遠すぎてその表情は伺えない。

ピッチの上で目立つのは昂牙とそれから、朔人。前半でまずは朔人ゴールを決め、後半で昂牙が追加点を入た。翔太も、サイドバックとして、何度も相手の攻撃を止め初戦を見事に突破した。



そして...。

2回戦、0対0のまま後半、残り数分、相手のボールをカットした翔太がドリブルで上がり、朔人へパスを出しフェイントでかわして、昂牙へとつなぎ昂牙は見事にシュートを決めて、それが勝利を決定付けた。


スマホを持ってきていないかも知れないけれど、彩未は

『今日の試合、カッコよかったよ!次も応援してるよ』

そう、メッセージを送った。

3回戦を突破したら次は準々決勝だ。どこもここまで勝ち上がっている学校同士の激突だから難しいだろう。

勝つか負けるしかないのは、とても大変な事だとそう思う。


翔太からの返信は一言だけあった。

『ありがと。わざわざ来てくれたんだ』

『うん、来ちゃったよ』

『次も頑張る』



3回戦は、0対0のまま後半を終えてPK戦の末に惶成は次に進み、客席は初の快挙に沸き立った。

彩未もまた、隣の知らない人と喜びを分かち合った。


『やったね!いよいよ準々決勝だね。スゴいよ』

『ありがと。次も頑張る』


『うん。また応援に行くからね』


彩未はそうメッセージを返して、機嫌よく帰宅した。応援に行く分バイトも頑張らないと。

春から夏にかけて貯めた分はほとんど交通費で消えてしまった。


「うーん、嬉しいけどなかなか、お金はきびいしなぁ...」


だけど、無理をしてでも行く決意はしている。

あと、一回は往復出来そうだ。その次は京香に泣きついて借りることにしよう。


そして準々決勝の試合観戦へと出掛けた彩未は、また客席で応援する。


前半、さすがに両者とも勝ち抜いてきたチーム同士の戦いだけあり、どちらもなかなか得点に結び付かない。そして、後半始まってまもなく、攻撃を阻もうとした翔太は相手チームとボールの競りあいで接触して、どうなったのかまでは見えなかったが頭から出血して途中交代となってしまった。


彩未は、心配のあまり気分が悪くなる。


翔太が抜けて、その後で一点を入れられた惶成は何度かシュートを放ったけれど、ゴールネットを揺らすことは出来ずにそのまま敗戦をとなってしまった。

相手チームは、インターハイで何度も優勝を決めているチームなだけに強かったが、それでもやはり皆一様に悔しそうだ。


惶成はその日、宿舎を引き払い帰ってくるだろう。


彩未は電車で帰宅して、そして翔太にメッセージを送る。

『ケガは大丈夫?』

『大したことない。よくあることだよ』


普通のメッセージが返ってきたことに、彩未はホッとした。

『頭だったから心配』

『検査したけど、平気』


『今日帰ってくる?』

『うん、夜にはなるかな』


そのメッセージを見て、彩未は最寄り駅で待つことにしたのだ。

RENのメッセージだけでは心配だったから。


そしていくつか電車の到着を見て、不安に成りだした頃。

ようやくその待ち人は彩未の前に姿を現した。


「おかえりなさい」


突然前に現れた彩未に翔太の方はとても驚いたようだ。

惶成サッカー部のTシャツとハーフパンツ。それに大きなスポーツバッグと、リュックを背負った大荷物だ。


「彩未...!」


「ビックリした?」

ふふっと笑って

「いっこ持ったげる」


見上げたその顔の、前髪に隠れたあたりに大きな絆創膏が貼られている。少しそこには血が滲んでいた。

「いいよ」

翔太は、彩未の方から荷物を遠い側に持ち直した。


「いつから待ってた?」

「んー、少し前だよ」

にこっと彩未は笑みを向けた。


「ケガが心配になっちゃって、メールだけじゃなくて顔が見たかった」

「...ちょっと、遠回りして帰れる?」

「うん」


彩未たちのマンションは、駅から割合近い。

だから、ぐるりと遠回りしようとそんな提案だった。


「ちょっと...見違えた」

「え?」

「なんてゆうか、女子大生になってて」

「あー、髪と化粧かな」

「うん」


少し巻いてクセづけた栗色の髪と、ピンクのリップとチーク。それにマスカラで目もくっきりとしている。

服はこの日は水色のシャツワンピースとヒールのサンダルである。前よりは少しだけ大人びた服かもしれなかった。


「おかしい?」

「いや、似合ってるよ。可愛い」


家とは反対方向の道へ進み、ゆるりとした速度で賑やかな店の並ぶエリアを通ることになる。

「夏、終わったよ...」


ふぅ、とため息が聞こえた気がした。

「でも...翔太はまだ高校生なんだし、大学でも出来るし、それにまだ冬だって」


と言いかけて、しまった。と彩未は思った。

一瞬、彩未を見たその目に鋭いものを感じたからだ。


「簡単に...言うなよ」


「ごめん、翔太。私...余計な事を言った...」

「いや、うん。それが普通の、感覚なんだと思う」


「ううん。ごめんね、本当にごめん」


賑やかな店の並ぶエリアの中になる、少しだけ閑散としている路地に翔太は足を止めた。


「ごめんね...」

そっとその頬に手を当てた。

「彩未は、俺の事...ほんとに好き?」

「当たり前だよ、ずっと、ずーっと好きなんだから...」


きゅっと眉を寄せた翔太は、彩未の手を引いて奥まった所にあった多目的トイレに入ってカギを掛けた。


荷物を置いた翔太は、そのまま彩未を壁に押し付けるように、荒々しいくらいに唇を奪ってきた。

膝が彩未の両足の間に割り開くように入ってきて、思わず

「待って...こんなとこで...」

と言葉を漏らす。

「待たない...」


翔太の手は、彩未の胸元のボタンを外しその中の柔肌を露にさせてしまう。

唇はそこに這わせ、そして手は太股を辿り下着の中に滑り込む。

彩未が軽く押したくらいでは露ほども感じなさそうなくらい、びくともしない。

その、行動からすれば彼の意思は明らかで戸惑いながらも彩未はそれを受け入れ、声を殺し、身を任せた。

そして、その肩に手を回して肩に額を預けた。


しかし...その最中でピタリと動きを止めた翔太は、勢いよく体ごと離れ

「...っはぁ..俺、さいってーだ」

そう呟いた。


恐る恐る彼を見上げてみれば、眉をぎゅっと寄せ、ぐしゃっと苛立つように髪をかきあげている。

「ごめん、服、直せる?」

「うん...。ねぇ、私は大丈夫だから」


そっと両手で肩を支えて彩未を壁から立たせると、置いた荷物を持ち上げて

「先に、出てるから...」

と、そう出ていった。残された彩未は鏡で身支度を確認して、それから扉を開けて出ればそこに翔太が待っていた。


強ばったその顔のまま翔太が

「帰ろっか」

と言い、言葉もろくに交わさないまま華やいだ店の並ぶエリアを抜けて、住宅街を横切りマンションへと向かう。


エレベーターを下りてやっと口を開いたかと思えば

「彩未を、あんな風に扱ったりしたら駄目なのにな」

そんな自嘲の言葉だった。

「翔太...」


「ごめん。本当にサイテーだ」

彩未は今はなんと言っても、翔太を傷つけてしまいそうで適切な言葉を見つけることが出来なかった。

とうとうこの日は気まずさを解消出来ないまま別れたのだった。


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