第40話 春、桜の花開く

彩未も、春花も、希望通りの聖林学院大学に無事に合格する事が出来た。


卒業式の前日、高校生の制服は最後だから。

その記念にと翔太と二人でひさしぶりにスマホを隠し持ってきて駅のホームで自撮りをした。


スマホの画面には彩未と翔太の、同じデザインの制服姿の写真。この服で並んで歩くのもこの日を限りとしてもうやって来ない。

中学3年生と、高校1年生で付き合いだしたその時は、同じ学校内と、同じデザインの制服だったからこんな気持ちにはならなかった。


「同じ高校生、終わっちゃうね」

「そうだな」


ここ半年ほど彩未は受験勉強に秋冬を費やし、翔太は高校サッカーに打ち込んだ冬を越して、そしてまたインターハイに向けて最後の高校生活を送ることになる。

高校サッカーもレギュラーメンバーとして活躍した翔太だけれど、彼としてはもっと高みを目指さないとと思っているように彩未には思えた。


惶成大学のキャンパスは違うところにあるのだから、彩未が卒業すれば、通う場所が違うようになるのは分かっていたけれど、来年を迎えたとしても同じ大学じゃないのはとても淋しくて、辛くもある。


「彩未の大事な進路だろ。学校が違うなんてよくあることだ」

「うん、そうだよね」


淋しいのは、通う先のグランドにも、通学電車にも、翔太を見ることが無くなるという事。


泣きそうになる彩未を、翔太は少しだけ周りを気にして駅の柱の影でそっと抱きしめて軽くキスをした。


「家は、すぐ近くだろ」

「なんか、急に不安になっちゃった」


乗り換えまでの二人の時、そんなわずかな時間も。

明日からは失われる。


・*・*・*・*・*・*・


聖林学院大学に通い始めた彩未と、翔太の連絡方法はやはりRENのメッセージ。


けれど、春から夏に向けては、最後の高校のシーズンに賭けている翔太の事を思えば、やはりそうそう気軽には送れない。


「彩未~、クラブとかどうする?」

「んー、とりあえずは止めておく」

「燃え尽きた?」

マーチングに賭けた3年間は、とても素晴らしかったけれど、でも、少しばかり燃え尽きてしまった、というかゆるりと過ごしたいそんな気持ちもある。

何よりも...。


「それもあるけど、なんてゆーか、バイトしたいし」

そもそも高校時代は、禁止だと言うこともあるが、スケジュール的にも無理だった。

「バイトは、私もしたいな」


現実的に、自由に使えるお金が欲しい。

これからは、きっと彩未の方が翔太のスケジュールに合わせられるだろうし、お金があれば外でも気兼ねなく会えると思うのだ。

お互いにお小遣いの中で、そんなにデートが出来た訳じゃなかったけれど、それだってお年玉貯金だとか、毎月のお小遣いのやりくりでだった。


それから、変わってしまった事の一つに、これまでは同じ学校で入ってきた高校サッカーの情報も、インターネットで調べて結果を調べる。

そんな風に日程を見ながら、翔太へと激励メールを送っていた。

返信があるのは、大概が帰宅後の落ち着いた時間のようだから、ほとんどが真夜中近く。


家の玄関を出て、数歩行けばそこに居るというのに。

なんてもどかしい事なんだろう。


バイトをしたいという、春花と共に選んだのは、大学の近くのファーストフード店である。

時給はさほど良くないけれど、シフトの自由が利き働きやすいと同じ大学の友人 坂本  玲奈れなに勧められたからだった。


バイトを急に休もうとすると、代わりの人を見つけないといけないなど、そういうことがあるらしいがここは、心配ないらしい。


初アルバイトは、緊張もしたけれど何せキツい練習を乗り越えてきた彩未と春花には、慣れてしまえば体力は十分にあった。


あと、大学に入ってから変わったことは、髪を少し染めたことと、化粧を覚えたこと。

オールインワンのクリームと粉おしろい。眉を書き足したり、チークやマスカラを使うと、なんだか大人になった気がした。

通学は私服であるから、自然とキャンパスで流行っているアイテムには敏感になっていった。

だけど、普段は短い丈を履くのは避けているから、なぜならば翔太が可愛らしくも、自分以外には見せるなと言ったからだ。


だから自然と、流行りだしたガウチョパンツだとか、ジーパンだとかが多くなる。


「彩未って、短いの履いてるイメージだったけど、変わったね」

「そう?...まぁ、翔太がダメだって言うから」


「へぇ~カレそんな事気にするんだ」

「え、なになに、はせちゃんってカレシいるんだ」

「さかちん、そうなんだよー。わりとイケメンの」

春花が彩未の代わりに答えた。

「え~写真とかある?」


さすがにみんな、そういう年頃だからか、この手の話には敏感で。


「この間の」

ちょうど卒業式前の写真だ。

「えー、同じ高校かぁ。どこの大学?」

「まだ高校生だよ」

「て、事は年下?」

「そう、いっこ下なの」

彩未がそう言うと、

「まさかの年下なんだ!意外、はせちゃんって絶対に年上だと思った」

玲奈の言葉に、真中まなか 結羽ゆうはが重ねて言う。


「年上はいいよ~。お金も持ってるし、車でドライブとかデートの幅も広いし。高校生じゃ電車で移動でしょ?」

結羽の言葉に曖昧に「まぁね」とだけ返事をする。


(そんなの、いいかな?私は翔太が好きだから、付き合ってるの)

そう、きっぱりと言えないのはまだ彼女らとの付き合いが、短いからか、それとも他にも、秘めた理由が彩未の中にあるのか...。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る