grow apart
第35話 進む道
来年のクラス分けの為に、進路相談を受けた彩未はその翌日大学のパンフレットを受け取った。
「あれ、彩未。受験組?」
廊下を出た彩未を見つけたらしく、目ざとく和奏が話しかけてきた。
「なんだよね~、惶成って幼稚園教諭が取れる学部がないから」
初等教育学部はあるが、小学生教諭への資格のみである。
「えぇー、彩未も?」
「もって何?」
「春花もだよ」
「春花も受験なの?」
「そうそう。それも彩未と同じ幼稚園教諭」
「そっかぁ。和奏はこのまま進学だよね?」
「もちろん。でも、彩未受験するからってバトメとしては部活は手加減しないからねぇ」
「だよねぇ~和奏さま、お手柔らかにお頼みいたしますぅ」
「んー、無理」
ニコッと笑った和奏は、しっかりと歴代バトンメジャーのS...もとい、資質を発揮していた。
彩未はそれにやっぱり、と乾いた笑みを向けた。
先生から受け取ったのは聖林せいりん学院大学の案内状で彩未が受ける予定なのは、初等教育学部だ。
また受験となると、大変だけれど頑張るしかないのだ。
高校サッカーに向けて、熱を入れて練習に励む翔太たちサッカー部は、大会を終えてイベント等の練習にシフトチェンジした吹奏楽部とは、空気がやや違う。
翔太たちの帰宅は遅くなったし、その上勉強もあるのが分かるから、彩未は下らないメッセージを送れなくなってしまってる。
それが...。良いのか悪いのか、むしろ和ませる?いや、和むのか、その為には下らない内容のメッセージを送った方が良いのか?
・*・*・*・*・
そんなこんなで、年末過ぎまでウジウジと遠巻きにしていた。
まったく自分らしくないと、彩未は思っていたけれど...。
そんな、新年を過ぎた新学期の始業の朝に、彩未は久しぶりに翔太とエレベーター前で会った。
「はよ」
「はよっ!」
彩未は少し気まずくて、元気に返したけれど、その顔を見れなかった。
「ゴメン。ほったらかしにしちゃった。彩未...遠慮してた?」
「...しちゃった」
彩未はそこで、やっと翔太の顔を見上げた。
「こっちも、だからゴメンね。下らないメールするか、しないか悩んじゃって...しなかった」
「ダメだなぁ。必死になると、他が見えなくなってさ。小学生とおんなじだ」
「でも、こうやってまた会えたし。...今日は私、学校のあと何もないよ」
二人きりで過ごせない?
ストレートな言い回しを、しなくなったのはいつから?
「...俺も何もない」
そう聞いてお互いに笑みを浮かべた。
隠さなきゃいけない。そんな、気持ちがこんな婉曲はやり取りになってしまったのか。それともこれが大人になりつつあると言うことなのか。
「外で待ち合わせしよっか?」
翔太の言葉に、
「あ、それ、おはつ」
彩未は笑顔を向けた。
笑顔を返されれば、やはり彩未の心は高鳴り『翔太が好き』だとそう確信してしまう。
あんなにウジウジとしたのに、こうして会えばわがままを言いたくなるし甘えたくもなる。
「手、繋いで歩きたい」
「駅までじゃあそれで行こ」
照れたように笑うその顔を見て久しぶりに、思わず腰に抱きつく。そして翔太の方も思わずという風に見下ろして来て、脇にいる彩未にキスを軽くした。そこでちょうどエレベーターがやって来てそっと体を離した。
乗っていたスーツ姿のおじさんに、もしかすると見られたかなと思えて、エレベーターの中が少しだけ気まずい。
マンションを出たところで、翔太が出してきた左手に右手を重ねて思わず微笑み合う。
(どうしよう、浮かれてる)
外は寒いけれど、彩未もそしてきっと翔太も、少しも寒くなかった。
「翔太、私すっごい浮かれちゃってるかも」
「...実は、俺も」
見れば、染まった頬がきっちりと巻かれたマフラーの少し上から覗いている。
「サボろっか?」
「うん!...ってダメでしょ!本気じゃないくせに」
彩未の言葉にクスクスと笑う翔太だけれど、サボりたい気持ちは同じだった。だけど、出席日数も大切だ...。
「もぅ、ダッシュで帰っちゃお」
「うん」
たった数時間待てば、二人で会う約束をしたのに...。
この数ヶ月、なかなか満足に話も出来なかった事を思えば、そんな数時間なんて大したこともないはずが、今はとても、待ち遠しくて、そして少しイライラもしてしまった。
始業式の、校長の言葉に、担任の話に早く終われとイライラしつつ。春花と和奏に、デートしたいからなんて、帰宅を急かすことも出来ず...。
帰宅して、急いで制服から私服に着替える。
白っぽいピンクのゆるりとしたセーターとそして黒のミニスカート。それに白のダッフルコート。
約束の場所は前にショッピングデートした、そのモールの入り口すぐで待ち合わせをした。
彩未が着いてほどなく、翔太の方もやって来た。ネイビーのダッフルコートと、そして白のシャツとダークグレーのカーディガン、それにグレーチェックのズボンだった。
相変わらずアイテムがかぶる。
「待った?」
「ううん、今来た所」
翔太の腕に絡み付くように掴まると、
「今日はミニだね」
「うん。今日はね」
「みじけー。」
「何?だめ?」
「うん、俺以外に見せたらダメ」
「ええ~そうゆうこと言う?」
「言うね」
「...そんなに短いかな?ユニフォームより長いかなと思ったけど」
「あれは、もう。気にしだしたら部活辞めてって言いたくなるから無だよ無」
「無かぁ~」
クスクスと彩未は笑った。
「お昼食べた?」
「もちろんまだ」
ぶらりと歩いて、ビュッフェスタイルの店に入ることにした。
翔太の食べる量はさすがに彩未よりも多いけれど、その体格を見れば驚くほどでもなく。
なにより、食べるものに気を使ってるのか野菜と肉のバランスを考えていそうだ。
「気を使ってるんだね、食事」
「あ、わかったんだ」
「これでも女子ですから」
「...言ったかも知れないけど、俺プロになりたいから」
(ちゃんと、は聞いてないよ、そうかなとはおもってたけど)
「ユース、受けてたもんね」
「そ。あと、2年。それで、結果を出したい」
すっと、どこかを見るともなしに手元に視線を向けた翔太は真剣で、どこか焦りも見え隠れして。
「応援してるから」
「ありがと。厳しいのはわかってるけど、今が最後のチャンスだと思ってる」
最後のチャンス。
それは、自分に言い聞かせるようなそんな響きもあった。
「そっかぁ...。そうだ、私もね、そういえば幼稚園教諭目指すよ」
「あ、決めたんだ?」
ニコッと翔太が微笑んだ。前に翔太と話したそれがきっかけになったことだから。喜んでくれると嬉しい。
「でもね、惶成って初等教育はあっても、幼稚園の方のは無いの。だから来年は受験だよ」
「あー、そうか」
「大学は...別になっちゃうね」
「大丈夫...だろ?」
「うん」
彩未は、訳もなく自分たちは大丈夫だと笑って頷いた。
二人でいるだけで、特別な所じゃなくても楽しくて、そして何より好きだという気持ちは深まるばかりで、無くなりそうも無かったから。
束の間の休息を二人だけで過ごせば、後はやはり、最後は本能の赴くままに...時を過ごした。
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