第34話 心は一つ

インターハイの、2回戦。

その試合にも、翔太は途中出場した。けれど、2対1で最後で逆転負けしたサッカー部は、そこで敗退してしまった。


がっかりとしていたが、まだ翔太は1年生。まだチャンスは残ってる。だから、また悔しさをバネにして、次の試合に向けて彼らは練習をはじめていた。


悔しいからか、翔太からはこの時連絡はなかったし、彩未もまた彼の気持ちを尊重しようと思ってそっとしていた。

負けてもまた、きっとまた、立ち直るはずだ。


そして、2回目の全国大会。

吹奏楽部もいよいよ、ここぞという大舞台がやって来た。


いつものように、奈雪先輩がみんなを見渡した。

「3つ目の、Gゴールドを取りに来たよ」


「「「はいっ!!」」」

その答える声に奈雪先輩も、頷いて微笑んだ。

マーチングでは、すこし異端かもしれないが、惶成の吹奏楽部は、楽しく、笑顔で元気よく。パフォーマンス重視のようなスタイルだ。けれど彩未はこのスタイルが好きだから、また後輩に受け継いで行って欲しいと思っていた。


先輩たちはここでほとんど最後だと思うと、涙が出そうになる。

「泣くな~あみ。まだこれからだよ」

瑶佳先輩に言われると、みんなに笑われる。


「はい!前祝いです」

と彩未が言うとまた、笑いが起こる。

笑いの後は、円陣を組んで、そして合言葉。

「こうせい~!ふぁい」

「「「やーーーー!」」」


そして、アリーナに走り入り、定位置につく。


そして、トランペットのソロから始まる、しっとりとしたメロディが流れ始めると、ちらりと見えた奈雪先輩の目に光るものが見えた。


何もわからずただがむしゃらにやっていた1年生とは違い、ただ不甲斐ない涙でなく、やり遂げようとしているの感動の涙だった。

そして、最後は息もつかせないくらいのダンスとそして次々と変わるフォーメーションを見せつけた。


もう、何色でも良いと彩未は思った。

先輩たちの、流す涙に彩未も、そしてみんなが涙を流していた。

どんな結果でも、これで夏は終わる。


《心をひとつに》そんな瞬間を体験したとそう感じた。


「みんな、何で泣いてんの」

泣き笑いで奈雪先輩が言うと

「だって、なゆき先輩が泣いてるんですよ~」

和奏が泣きながら笑った。

「なゆき先輩が泣くなんて、はじめて見ましたよ」

「泣いてないよ。ドラメは泣いたら駄目なんだから」


「心の汗ってやつよね!」

そう、瑶佳先輩がフォローするとみんなで泣き笑いの渦になった。


そんな輪の中で

「わかな。これ頼むね」

「え」

奈雪先輩にバトンを渡された和奏は、戸惑うようにそれを受け取った。

「3年生みんなで、話し合って決めたよ。部長は、おみ、頼むね」

瑶佳先輩がそう、晴臣を見て言った。


「残りの夏は、びしばし行くから覚悟してね」

ニコッと笑って、Sな事を言った先輩たちに和奏と晴臣は、すこしひきつった笑みを向けた。


そして、3つ目のGを揃えて、彩未たち2年生は来年の連続3Gを達成するという重圧も受け継ぐ事になったのだ。


・*・*・*・*・*・


そんな、大会の後


夏は...。

駆け足のようで、気がつけば晩夏。


ひさしぶりの何もないそんな、日の夕暮れ時。リビングから、外をぼんやりと眺める。


ベランダに落ちている空蝉うつせみのカサカサが少し切なくて。

じっとりと汗ばむ、日本の夏の空気。

時おり肌を撫でる夏風に揺れる風鈴。

溶けてポタリと落ちるアイスクリームの丸い跡。

眩しい、キラキラと絶え間なく変化する水面。

最後の命を燃やす蝉の声。

祭りの後のような、子供達の喧騒の欠片。


色んな夏の過ごし方があるけれど、彩未の夏は仲間たちと駆け抜けた、そんな夏で。


そこには、愛しい彼もいて、これが青春だと今まさにそうなんだという時を過ごして。

暑苦しくって、しょっぱい涙と、それから熱い心。


キラキラ、キラキラ。

みんなの笑顔も涙も。輝いていた。


「彩未~、晩ごはん手伝って~」

「はぁい」

京香の言葉に彩未はゆるゆると立ち上がった。部活中なら考えられない速度だ。


「今日はなんでしょう~か?」

「えー?なんだろ。カレー?」

「そ。だから彩未、よろしくね」


「ちょっと、ひたってたのにな」

「彩未も、過ぎ行く夏に感傷を覚えるようになったんだ」


「なりますよぅ」

「次は3年生だものね」

「ね」


「進路も考えないと、ね」

「ママ、もうちょっと手加減して?」

京香はクスクスと笑った。

(進路か...)

うむむ、と彩未はまた悩む。


高校生だって、色々と大変なのだ。

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