第29話 ひと時
藍がいないとなったら、何となく手持ちぶさたになってしまう。
『今、一人なんだけど?翔太は?』
メッセージを送ってみる。
『出掛ける?』
『うん』
『じゃあ、準備出来たら廊下で待ってる』
時刻はまだ3時半。
まだまだ出掛けられるとはいえ、急がなくてはならない。
幸いな事に、参観に行っていたからワンピースとカーディガンというスタイルはデートにも相応しいと言える。
廊下に出れば、昼間の薄手のパーカーから紺色のリネンのジャケットに変えた少し、シックな翔太が待っていた。
そして、ひさしぶりの眼鏡姿。
「それ、度入ってるの?」
「ん?パソコン用」
「あー、目はいいんだ?」
「不自由するほどは悪くない」
少しヒールのある靴を履いている彩未は、いつもより翔太の顔が近く、なるはずだ。しかし、いつのまにかその位置は見上げるほどになっていた。
「ね、また伸びた?」
「あー、身長?伸びたかも」
「どれくらい?」
「最後に測ったのが177だったかな」
「えー、ズルいな私も伸びたかったもう少し」
彩未の身長は157㎝で止まっている。
日本人としては長身の部類に入るであろう翔太が、シックな装いをすれば、高校1年生には見えない。
お揃いのようなファッションになることが多かった二人だけれど、この日はお揃いの物といえば、一緒に買った腕時計位だった。しかし、男っぽい服装の翔太と、ガーリーな彩未というバランスも新鮮に感じられて心は浮き立った。
電車で出掛けた先は学校とは反対の方になる大きな街で、ひさしぶりにやって来た大型のショッピングタウンは、独特の店揃えで彩未をワクワクとさせた。
翔太が立ち寄ったSOAPショップで、どうやらお気に入りの石鹸を買いたかったらしく、
「それ、いつも使ってるの?」
くんくんと嗅ぐと確かにいつもほんのりと薫る翔太の香りだった。
「そう」
柑橘系の爽やかな香りはとても良い。
「私も使おっかな」
思わぬ所で翔太の事を知ったなぁと思うと、なんだか嬉しい。
買い物もそこそこに、ショッピングタウンを後にすると小腹を満たすために屋台のたこ焼きを半分こして食べた。
そうして、お腹も温めぷらぷらと手を繋ぎながら歩いた。
どうしようか...どうするのかと思ってきた時にふと足が止まる。
「彩未、どうする?入って、いい?」
少しだけ裏路地に入れば...。知識だけで知っているファッションホテルが並んでいる。おしゃれな外観をしていてもその意味がわからないほどねんねではない。
「いこ」
そのうちの一番近くの所の入り口に意を決して手を繋いだまま入っていった。
値段の安い、空いている部屋を選んでいざ!部屋に足早に入っていった。
扉が閉まり、二人同時にほうっ、とため息が出て二人して緊張をしていた事に気づいた。
「彩未、入っちゃったね」
くすっと翔太が笑って、どーんと部屋にある大きなベッドに仰向けに寝そべった。
「たね」
彩未も真似をして、その横に寝そべった。
入ってしまえば、何てことはないそんな気がする。
ベッドのある横には、大きなバスルームがあるのが見える。
「...入る?」
翔太がポツリとその、半分ガラスで透けたバスルームを見た。
「せっかくだから、行こっか?」
「行こっか?って」
「一緒に、入るん」
翔太が目をみひらいたので
「どうせ、半分見えちゃってるよ」
二人で興味津々で覗きにいけば、家のお風呂なんか比べようにならない位の広さで、湯船をはることにする。
溜まるまでの間TVでも見ようか、とつけると最初に映ったのがこういう場所ならではなのか、ジャーンと睦みあう男女の映像で、焦ってチャンネルを変えている翔太に思わず笑ってしまった。
「笑うなよ」
笑ってる彩未を、長い腕に絡めとるようにじゃれてくる。
「ごめんって」
クスクスと笑う、彩未をベッドに倒すと
「笑うなって」
そう言うと翔太は笑いを塞ぐかのように唇を塞いできた。
彩未の笑いを奪うような、本気のキスは唇だけにとどまらず思わず息を乱される。
「おふろ、溜まったかな...」
「たぶん」
先に身を起こした翔太に、助け起こされて、二人はえいっと服を脱ぎさってバスルームに飛び込んだのだ。
サッカーで鍛えた翔太の体は、どこも無駄がなくてしっかりとした筋肉がついていて若々しく綺麗だった。
髪が濡れないように、緩く纏めあげた彩未を見ると
「あの、ポニーテールってさ、すごい好き」
「あ、普段はしないけど、ユニフォームの時はしてるよね」
「そう」
「そっか、好きなんだ」
「うん、スゴく好き」
ゆっくりとうなじに唇を寄せた翔太の、またその首元に唇を寄せる。湯船を波打たせながら時おり、照れたように笑いあう。そんな一時を過ごした。
・*・*・*・*・
部屋を出る前に、もう一回ぴったりと強く抱き合ってキスを交わした。
「また、次はいつ来れるかな...」
「部活もあるし。彩未は特に忙しくなるだろ?」
「そうだよぅ~。そう思えば今日は貴重な一日だったね」
「うん」
出るときは足早に、出て帰宅を急ぐことにする。
見れば、京香から少しお怒りのメールが入っている。
「あちゃ」
『連絡おそーい。ごはんはたべるんよね?』
『食べます!時間気づかずでゴメン』
「ヤバイ?」
「へーき。たまには、ね」
そういって、翔太の方を見上げて彩未はあ!と声をあげた。
「翔太、ごめん。そこ、絆創膏貼るよ」
「え?」
「つ、つけちゃったみたい」
おもいっきり、首の左側に例のマークがついていた。
「...あ、あれな」
鞄から漁り、貼ればとりあえずは隠れるけれどバレないかとひやひやする。
「...彩未も、帰ってからチェックしといて」
「わ、わかったぁ」
緊張しつつ、帰宅して
「ただいまぁ~」
「おかえり」
「トンテキ!」
「ピンポーン!正解です!」
そうやり取りをして、彩未は自室に入ってなるべく首もとのしっかりした部屋着を選んだ。
そして、買ったばかりの石鹸を持ってバスルームに向かう。
見えるとこにはなかったけれど...。やはり少し跡が残っていて彩未を赤面させた。
「...ダメでしょ~。こんなの、反則」
そして同じ石鹸を使えば、またそれが思い出させて彩未を慌てさせる。
「あら、いい香り」
「石鹸、買ってきたの」
「へぇー、彩未は今日は誰と出掛けたの?」
「学校の友達」
「誰?」
「ん?ママは知らない子。どうして?」
「なぁんとなく、男の子かなぁなんて。」
ふふふっと、笑われて
「男女交際禁止だから、ないない」
「そ?」
この調子ではそのうち、ばれるかもしれない。やはり母というものは鋭いのか...。
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