第10話 ガールズトーク
桜花中学校の昼休み、夏休み前の教室はざわざわとしていて、あまり大きな声でなければ内緒の話をしていても仲間内にしか聞こえない。
「ねぇねぇ、聞いて。ちゅーしちゃった」
彩未は、ちょいちょいとみんなを呼び頭を寄せ合うといきなりそんな告白をしてみせた。
「な、なんですて?」(春花)
「ええっ!」(和奏)
「っ!!」(英乃)
春花が珍しく驚いている。美人の証のくっきりとした二重の目がこれでもか!と見開かれている。
「だからちゅー」
世の中の中学生の中には、男女のステップをすべて登ってしまってる子もいるだろうけれど、彩未たちは彼氏の『か』もないグループだった。
「だれと?」
英乃が冷静に聞いてきた。
「翔太と」
「彩未しゃんや…。あんた対象外みたいな事を言ってなかったかい?それなのにいきなりそこいっちゃう?」
春花はまたオジサンみたいな声で言ってくる。
「言ってたね。そうだったけど、でも見て?」
彩未が差し出したスマホには、翔太とのデートの写真がもりだくさん入っている。
「翔太、カワイクない?」
「どれどれ」
先に驚きから戻ってきた和奏が覗きこむ。
「えー、なんか二人ともカワイイ。何気にペアルックだし」
様々な自撮りポーズで撮ったから、あれこれとバリエーションは豊かなはずだった。
「ね。なーんか、カワイイんだよ」
「なに、このラブなかんじ」
英乃が、まじまじと見ている。
「あ、靴とリュックおそろ」
「たまたまね、アイテムかぶった」
並んでるときに撮った全く同じデザインの黒のスニーカーの写った足元と、ピースの写った写メと、鏡越しに手を繋いだ後ろ姿を撮った二人の色ちがいのフラップスクエアリュックは、翔太のはブラック×ブラックで、彩未のはライトグレー×ピンク。
「こうやって見るとラブラブって感じするよね」
彩未は笑った。
「楽しかったよ。おためしデート」
「おためしってなにそれ」
「だから、彼氏じゃない相手とのデート」
「で、彼氏でもないのにキスなんかしちゃったわけ?」
英乃が厳しく言った。恋愛感も堅めらしい。
「そう。しちゃったわけなの」
「しちゃったわけなの、って」
「お揃いの魔法もあったかもだけどデートはほんとうに、楽しかったし」
「そっか、じゃあ付き合ったりするの?これから」
「ううん…だって翔太は何も言ってこなかったし…」
「向こう待ちなんだ」
「や、そこはやっぱり…。男の子の方から言ってほしくない?」
「言ってくれたら、付き合う?」
英乃が言うと
「…うーん。多分付き合うかな」
「で、彩未しゃん。どっちからしたの?」
「ん、私。名前呼んで振り向いた隙にちゅってしちゃった」
「この間まで恋の欠片もなかったくせにいきなりやりましたね」
と春花がいつもの調子を取り戻してマイクを持つフリをして話しかける。
「それで?」
「で....次は向こうから、おんなじようにしてくれた」
「へぇー」
「それがすっごくきもちかったぁ」
「でも、付き合おうってならなかったんだ?」
「うん...」
「自分から付き合おうって言ってみれば?」
「...恥ずかしいでしょ」
「ちゅーしちゃう方が恥ずかしいし」
「お礼だったもん。楽しかったから!」
「お礼だったら、あんたはすんのか」
「じゃあ、いつも仲良くしてる春花にもしないと?」
「百合百合はしまーせん!」
「「私らもいらないから」」
「拒絶...かなしい...」
「でもさ、今ごろ翔太くんも悩んでるかもねー」
「...なんで?」
「お年頃でしょ?そんな事あったら意識しちゃうよねきっと」
「かなぁ?」
「彩未は意外と、小悪魔系かもしれんね」
春花が顎に手をやった。
うんうん、と和奏と英乃も頷いている。
・*・*・*・*・*・
そんな事を話していたけれど、翔太は前と変わらない態度でキスをしたことなんて無かったかのようだった。
(気にしてるのは私だけかなぁ)
翔太の部屋で、数学の宿題を見てくれているその横顔を見ながら彩未はぼんやりと、小さなテーブルを挟んで斜向かいに座っている、その左目尻にある小さなほくろのある目許と耳や、…キスをしたわずかに厚みのある唇を眺めていた。
「彩未ちゃん、聞いてる?」
「あ、聞いてる聞いてる」
「集中した方が早く終わるよ?」
「ね、このページ終わったらさ...また、してくれる?」
「何を?」
クールに返されてぷぅっとふくれる。
「これ」
と人差し指を翔太の唇に当てた。
そこでようやく目許が赤くなって、彩未は内心よろこんだ。
「...いいよ...」
耳朶までピンクになった翔太を見ながら、彩未はシャーペンをきゅっと握った。
「やった!頑張る」
今度は集中して、シャーペンを走らせると
「...出来てる、答えもあってるよ」
「うん、じゃあ」
と、正座して目を閉じて待てば床に置いた手に、手が重なって待っていた感触がやってくる。
この日も、その感触は気持ちよくて彩未からも積極的に唇で柔らかく食むように重ねていった。前のより長く、自然と抱き合うかのようにキスを交わせばまた新たな感覚が生まれてくるようだった。
音の余韻を残して、少し離れれば濡れた唇がやはり色っぽい。
「翔太」
(私たち、付き合ったりする?)
「ん?」
「なんでもない。やっぱり...すごく気持ちいい...も一回していい?」
「ダメ、また今度」
「また今度なら、いいの?」
「...!...おちゃ、淹れてくる」
翔太は頬を赤らめ、部屋を出ていった。
「...自分でも、わからんもん...」
(恋の方の、好きなのかどうなのか)
恋人にするなら、颯みたいにちょっと年上をずっと想像してたんだから、年下を相手になんてどうするのがいいのかわからない。
少し時間をかけて翔太はお茶を持ってきた。
「時間かかったね」
「...彩未ちゃんは、時々悪魔みたいだ」
「なんで?」
「わかんないなら、いいや」
「ふぅん...」
翔太の淹れてくれたアールグレイのアイスティは、ほんのり甘くて美味しかった。
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