第6話 スウガクはニガテ
自室で宿題をしていると、やはり数学がどうしても解けない、理解できない。
「ママー、これ分かる?」
ちらりと数学の教科書を見た京香は、
「あのね彩未。ママは中学生の時も数学が苦手だったの」
「笑顔で言われてもなぁ~」
「お兄ちゃんに聞いたら?」
「えー」
ここ何年か颯とはろくに交流していない。
異性でしかも…この10代の4歳差はとても大きい。
ノックしてちらりと遠慮がちに颯の部屋のドアを開けると、イヤホンをして、側には参考書が広がっていて、声すらも掛けづらい。
彩未はそのまま静かにドアを閉めた。
「あ、そうだ。翔太がいる」
『help!この問題、ワケわからなぁい(。>д<)』
その文と、問題文を写メつきで送ると、
『たぶん、分かる。今からそっち説明に行っていい?』
『ほんと?ありがと』
「ママ、翔太が教えてくれるって」
「ん?翔くん?」
「今朝会って、ちょうど今度教えてって話してたんだ」
「来るの?今から」
「みたい」
と話しているとインターホンが鳴る。
「翔太、ありがと」
玄関に開けた所で、翔太は
「見せて」
「翔くん、上がってよ、こんなところで」
「や、でも。こんな時間だし」
「彩未が呼んだんだし遠慮しないで」
「じゃ、少しだけ」
スニーカーを脱いで上がってくる翔太は、ロンTにスウェットパンツというラフな姿である。
少しこなれたロンTから覗くのは、まだ細い首もとや肩が明らかに女の子とは違うけれど、少年らしさに少しの男っぽさのプラスされた絶妙なバランスだと彩未は思った。
リビングのテーブルに翔太と共に座ると、
「どっから分からない?」
「最初から…」
彩未がそういうと、翔太はシャーペンでヒントを書き込んでいく。近くで彩未のノートを二人で覗きこんでいるとふわりと柑橘系の香りがする。
「じゃあ、まずは…」
カリカリと、翔太の字が進んでいくと、何となく授業が思い出されていく。
「ふむふむ…」
「あ、そっか!」
彩未は翔太の説明でその問題をようやく理解できた。
「翔太!スゴい!」
「いや...。何でもないよ」
「じゃ、これでいけるかな?」
「うん。ありがと!」
早々に立ち上がった翔太に
「翔くん、お茶でもどう?」
見れば湯気をたてているお茶が入ったところだった。
「じゃ頂いていきます」
「ごめんね、わざわざ」
「いえ、教えると自分も頭に入るんで」
「そうなの?良かったね、彩未。翔くんという賢い幼馴染みがいて」
京香がいうと、
「いや、俺はそんな賢くないです」
「そんな事ないよ。惶成行ってるんだから」
「親が言うには、あんまり賢くなかったから中学から大学がついてるとこに入った方がいいと思ったらしいです」
翔太はマグカップのお茶を飲みながら言った。
「なるほど…。そっか、私も惶成受けてみようかな?」
成績さえ頑張れば、大学はそのまま上がれるということか。
「彩未ちゃんは将来目指してるものない?」
「うーん。まだよくわからないなぁ…」
「そっか、それが決まってたら高校も決めやすいけど」
「私立ぅ…?」
じと、と京香が見てくる。
「え、無理?」
「どうしても行きたいって言うなら良いけどね!」
「気になるところは学校見に行ってみたら?やりたい部活とか、雰囲気とか、女の子なら制服とかも気になるんじゃない?」
「あ、それは確かに。毎日違いそう」
「もう、彩未は真面目に考えなさいよぉ~」
「なんか翔太に進路相談しちゃった」
彩未はくすくすと笑った。
「惶成は駅前すぐだし、少し遠いけど通いやすいと思う」
「あー、なんか惹かれてきたぁ!よし、今度見に行きたいママ!」
「はいはい、じゃあ担任の先生にでもまずは相談してみたら?」
「よし、そうしよ!」
彩未が小さく叫ぶと、翔太は静かに笑みを浮かべていた。
「じゃ、そろそろお暇します。お茶ご馳走さまでした」
ペコんと頭を下げると翔太は帰っていった。
「翔くん、イイコに育ってるね~。反抗期とかないのかな」
京香が言うと、
「どうだろ?」
「それになかなかのイケメンに育ってるし。彩未ちゃん1こ下くらい、いいんじゃない?」
「ママまでそんな事いってる」
舞花と和奏といい京香といい、どうしてそう結びつけようとするのかなと彩未はぷぅっと頬を膨らませた。
「んん?ママまで?」
「舞花と和奏」
そういうと、納得したようだ。
翌朝、またまた早くに家を出た彩未は1215室をちらちらと窺う。
カチャと、ドアノブの音と共に彩未はエレベーターの下ボタンを押した。
「はよ」
「おはよ、昨日はありがと。おかげであの後ははかどったし、ちゃんと出来たから宿題は完璧だよ」
「良かった」
にこっと翔太が笑みを向けると、目が細くなって可愛らしい。
「惶成に彩未ちゃんが来たら、来年から一緒に行けるね」
思えば小学校の登校班。
彩未と翔太はほとんどの年を並んで登校していた。
「ほんとだ~」
思い出せば、翔太が小学校に上がるとき彩未と一緒に学校に行く事をとても楽しみにしていた。
彩未と翔太はこの階辺りの子供の中では一番年が近かった。
けれど、違う幼稚園だったのと、男女だからそれほど毎日遊んでいたわけではない。だけど、遊ぼうと誘うといつも顔を綻ばせて彩未になついていた。
登校の時、何を話したのか…きっと下らない事だと思うけど、毎日喋ってたなぁと思い出す。
「なんかちょっと前なのに、懐かしい気がするね」
「うん、そうだね」
エレベーターに乗り込むといつものように一階で別れる。
まだ細い肩にかけた鞄がとても重そうだった。
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