junior high school

第4話 オサななじみ

5月 爽やかな春を過ぎて心地よい季節を迎えていた。


黒色のブレザーとプリーツスカートに襟元にはえんじ色の細いリボンの制服姿で、彩未は早朝、玄関扉を開け廊下に出る。


マンションの12階のエレベーター前で待っていると、同じ階の2軒隣の家から男の子が同じように出てきた。


「おはよー」

彩未が声をかけると、

「はよ…」

小さく返事が返ってくる。


隣に立った男の子 翔太は彩未の幼馴染みで1つ年下である。ものすごく近所に住んでいても私立の惶成こうせい大学 中等部に通う翔太とはたまにしか会うことがない。


「彩未ちゃん、今日は早いね」


おおっ?と彩未は少しだけどぎまぎしてしまった。

背はいつの間にか彩未と並ぶくらいか、もしかすると少し高いくらいかも知れない。何せその声がわずかに覚えているより低くなっていてほのかに男を感じさせたからだ。

公立のダサい制服と違った、どこかのブランド物と思わしき紺色のブレザーとネクタイと紺色のニットベスト、グレーチェックのズボンもどこか洗練されているように見える。


「朝練」

「朝練か、何部?」

「吹奏楽」

「へぇ~楽しそう」


笑う顔はまだまだ彩未の覚えてるままの翔太の笑顔で、なんだかホッとしてしまう。

エレベーターが来て二人で中に乗り込む。

「翔太はそのまま高等部に行くの?」

「ん、上がれたらいいけど。成績悪いと行けないからワリと必死」

くいっと重たそうな鞄を持ち上げた。そのままエスカレーター式で大学まで行けるものと思っていたがなかなか大変そうだ。


一階に着くと、翔太は電車だし彩未は徒歩なのでそこで方向は別になってしまう。

「じゃ。朝練がんばれ」

「そっちもね~」


なんだか別れるのが少しだけ残念だ。もう少しじっくり話して見たかった。


彩未は徒歩30分ほどの距離にある桜花中学校を目指して早足で歩いた。


「おはよ~」

学校に行く途中で同じく吹奏楽部員の春花と和奏に会う。

「おはよう春花~和奏~」


春花は165㎝のすらりと背の高いキリリとした綺麗な子で、平均やや低めの157㎝の彩未は羨ましい。和奏は、160㎝で、見た目も、くりくりとした目がかわいらしくそして、実際女の子らしい。


「春花、和奏聞いてよ!」

「ん?何々?」

「さっきさ、久しぶりに近所の子にあったらさ、男の子が男っぽくなってた」

「ほほう。それは何やらトキメキの予感」

春花は男兄弟に挟まれているせいか、どこかオヤジくさい。

でも、そのキャラのおかげで美人さんなのにイヤミがないともいえる。


「五年生くらいまでは、時々一緒に遊んでたんだけど」

「五年生って、男の子と何して遊んでたの?」

和奏は男の子と遊んだりはしなさそうだから、そこに疑問をもったのだろう。

「え?いや、普通に公園で遊んだり、もうちょっと小さい時は家族ごっこしたりだし」

「家族ごっこ!」

ぷっと春花が笑う。

「家族ごっこしてくれるんだ、男の子って」

和奏が感心したように呟いた。

「まぁ、翔太はおっとり優しい子だから」


「で、そのショータくんは何組?別中なの?」

彩未の住む地域は、ほとんどが桜花中学校に進学するのが一般的で選択制でほかの中学校に行くか、私立に進学するのはほんのわずかだった。

「惶成行ってる」

「惶成!坊っちゃんか」

「いや、そんな普通の家族だと思うけど」


家だって同じようなマンション住まいだし。

「背だっていつの間にか追い付かれて、多分越されてる感じだし、声だって違うし男の子ってほんとに変わるものだね」

「で、それだけ?」

「うん」

それだけ、というオチのない彩未の話にコケる振りをしてくれるノリのいい二人である。


話しながら部室に着くと、部長でもある春花は練習メニューを黒板に書いていく。


彩未のパートはアルトサックス。春花はクラリネット、和奏はトランペットだ。

女子率の高い吹奏楽は朝からおしゃべりの花が咲いている。


中学3年生の彩未は最後の部活に向けてだし、そして何より受験が待っている。

部室に着いた部員からそれぞれにパート練習を始めていくので、あちこちから音が鳴り響き不協和音を奏でている。


「じゃあ、合わせていくよ~」

顧問の森村先生が号令をかけて何度も、通し練習をする。朝から練習をすれば何となくスッキリして頭が冴えている気がした。


朝練が終われば、今度は授業だ。

しっかりと勉強もしないと。とは思っても、なかなか頭はついていかない。

「春花~…調子はどう?」

「ん?何の?」

「勉強~」

「私はボチボチ頑張ってるよ」

ボチボチか…。と言うことは結構やっているということに違いない。

まだ春だけれど勝負は始まっているということか…。


「ちなみにどこ、目指してる?」

「ん?南苑丘」

「お兄ちゃんと一緒の所かぁ…」


兄の颯(そう)は妹から見ても格好いい人で、このあたりでは一番の公立 南苑丘高校に進学し現在は惶成大学の一年生だ。

彩未も何となくそこに行きたいと思っていたが、この付近では一番レベルの高い高校である。頑張れば行けなくはないだろう…が…余裕ではない。その事を思えば気持ち焦ってくる。


授業はなんとかついていってるが、やはり数学は苦手意識が強い。年々じりじりと下がりつつある点数に焦りは感じている。




そしてまた、朝練がある日、玄関を出てみるとほとんど同じタイミングで翔太が出てくる。

「はよ」

「おはよ~。毎日この時間?」

「そ、やっぱりそれなりに時間かかるから」

「遠いもんね~」

うん、と翔太は頷いている。


「翔太の学校ってさ、やっぱり公立のより進んでるよね?」


「まぁ、けっこうなスピードで進んでるよ」

「じゃあさ、今度教えてくれない?私受験だから」

「俺、学校帰るの遅いから夜とかで良ければ」

何でもないことのようにあっさりと引き受けてくれる。

「いいの?」

「分かるかどうか、わからないけどさ」

翔太は笑った。

「やった!ちょっとやる気出た~」


翔太は年下だけど、今こうしてみるとクラスの男子よりも落ち着いているように見えたし、どことなくストイックな雰囲気がしてカッコよく見える。ものすごくイケメンじゃないけど、クラスで5本の指に入るくらいのイケてる男子グループに入るだろう。


「なんか公立楽しそう」

「そ?私立は賢そうだしいいなーって思うけど?」


「携帯禁止だし、髪型もうるさいし。規則うるさいし遠いし」

「隣の芝は青いってやつかな?」

「そうかもなぁ…」


前日と同じように、一階で別れると


「...あ...携帯聞いてない」


(ま、いっか。ピンポン鳴らせば)


朝練を終えて、教室に行けば中三になっても、落ち着きのない男子たちはじゃれあっていて邪魔な事、この上ない。

教室で暴れるのなんて小学生から変わらない…。馬鹿だ。

相変わらず、授業をサボったり、騒いだりする子もいるし…。なんだか、なんだか集中しにくかった。

そんなこんなで気持ちばかり、焦りがちになる。




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