第3話 お酒はほどほどに
隣になった彩未は翔太に話しかける。
「ひさしぶり、だよね」
こんな風にお酒を一緒に飲むなんて不思議な気分である。なぜなら最後に会った二人は未成年であったから。
「だな」
その笑みをみれば、そこには記憶を刺激する懐かしい面影が濃厚にあった。思い出される翔太の姿は高校時代の姿。
この再会は彩未にとっても翔太にとっても、どういう気持ちを二人にもたらしているのか...。
グラスを持つ手は指が長く手の甲には筋が浮き出ていて男らしくて、大人びた顔つきになり、幼い頃から知っている彼が社会人らしくスーツをきっちりと着こなしていると感慨深いものがある。
「サッカー、まだ続けてる?」
空白の6年間。それが二人の間にあるのだ。
おそるおそる彼が熱を込めて打ち込んでいた、その事を聞いてみた。
「サルチームに入って時々蹴ってる」
「そっか…」
フットサルを続けていると知ってなんだかホッとする。
「彩未は家出たの?」
彩未、と呼び捨てにされてひさしぶりにドキリとした。
翔太の声はテノールボイスで静かに響く。
「そう、今はね寮に入ってる。翔太は?」
「俺も一人暮らししてる」
ぽわっとした酔いの回った目を向けながら、彼の顔をまじまじと見てしまう。
そうか、翔太も一人暮らしなんだ、とお互いの変化を思った。
「なんか大人になったね」
背の高い水滴のついたグラスに手を伸ばせば、カランと氷が音をたてる。この梅酒ソーダ割りで何杯目だったかな...。
「彩未だってそうだ。大人になってる」
こうして見れば落ち着いて話す翔太は、彩未を嫌ってはいないと思える。
「...なんで、あの時ダメになっちゃったのかな?」
ふいに口をついて出たのは、そんな問いだった。
大学一年生。
その夏の事。会う約束が出来なくなって...連絡がしにくくなった。しつこくしたくなくてだとかなんだとか...。適当に自分に言い訳をして。
当時の彩未は大学生で翔太は高校生だという立場のわずかな違いはそんなメールを送るという、何でもないはずの事も躊躇わせたのだ。
「彩未…酔ってる?」
「ううん、そんなに酔ってないよ?」
それは、嘘だ。
確かに指摘されるように彩未は酔っていた。だから、そんな事を口にしてしまったし、だけど、認めてしまうのは癪で大人になったんだからと強がらせた。
「すごく怪しいけど」
翔太が隣の彩未を心配そうに見つめている。
「会話が繋がってないし、口調もスッゴいスローなんだけどさ…」
そう言うと、翔太はちらりと春花の方を見た。
「多分、歩けなくなったりはないと思う」
と、春花は評した。
「そうそう。大丈夫、大丈夫~」
彩未はにこにことして、グラスに手を伸ばし続けた。
何となく、酔ってないと示したくて、会話を変えることにする。
「仕事、楽しい?」
「ぼちぼち」
「ぼちぼちか~私は、毎日楽しいよぉ~」
「へぇーいいな」
「毎日先生、大好きって告白されるし」
園児にしか言われないけど
「うん。いいな」
「可愛いんだよ?ほんとに」
彩未が一人で喋り、翔太は相槌をしている。完全に酔っぱらいが絡むの図のようだった。
飲み放題の制限時間が来たと店員に告げられ
「じゃあ、そろそろ移動しようか」
和樹の言葉で、立ち上がれば彩未の足元は少しばかりよろめいている。
「彩未、大丈夫?」
「ん、大丈夫、大丈夫~!」
鞄を持って歩き出せば、なんとか歩けていると思っているが、
「彩未、もう帰りな~」
英乃が冷静に言う。
「長瀬、送っていってあげたら?」
大地がそう言うと、一番、後輩である翔太は頷いた。きっとそれでなくてもこの女性たち相手だと残りづらいだろう。
何せ元カノとその、友達なのだから。
「...じゃ、送ってきます」
「彩未、ちゃんと帰り道わかるよね?」
「もちろん大丈夫~」
「じゃ、長瀬くん、彩未をよろしくね」
6人で次の店へと歩き出したのを見送れば、残されたのは彩未と翔太である。
翔太がしっかりと彩未を支えて歩き出す。
「彩未、家どっち?」
「あっち?...ちがうな...こっちかな?」
「...まぢかよ…」
翔太は、にこにことしている彩未を植栽の縁に座らせると
「水買ってくるから、座ってて」
「はぁい」
翔太が近くのコンビニで買ってきた水を蓋を弛めた状態で手渡され、それを飲んだ。
閉めるときに、うっかりと溢してスカートを濡らしてしまう。
「...つめた...」
「ほら、ハンカチ」
「...拭いて、くれないの?」
「はいはい…彩未はこういうところ変わらないね」
とんとんと、やさしく叩くようにタオルハンカチで拭いてくれる。
「家の住所は?」
と聞かれて彩未は住所を答えた
「それは、実家だろ?今の住んでるところ」
「あ、...まちがえた?」
えっと、と思い出しつつ再び住所を口にする。
「よし、じゃあタクシーだな」
タクシー乗り場まで出された左手に右手を重ね、頼るように歩き、乗り込めば、翔太は伝えた住所を運転手に告げてくれ、ナビ通りに走らせれば、ほどなく寮となっているマンションに到着する。
タクシーから降りマンションのエントランスに入るのを翔太は見守る。
「ありがとう翔太」
そのエントランス前で手を振ると
「ちゃんと鍵あけて入って」
「うん」
彩未は、鞄から鍵を手にして、しかし戻って再び翔太の前に立った。
「また...会ってくれる?」
このままにしたくなかった。それが素直な気持ちだった。
躊躇いがちにそして彼の指先に手を伸ばした。
「...彩未が俺の事を、怒ってないなら」
翔太はそんな事を口にした。
「怒る?なんで、私が怒るの?」
意外な事を聞いて、彩未は驚いた。
「俺が、...悪くて、それなのにそっけなくしただろ?」
会わなくなってしまったのはなぜだったか...。
そう、あの日、
「...翔太こそ、私を嫌ってない?でも私がいけなかったから、なんでしょ?」
「違う。彩未は悪くなかったよ。俺が、子供だった」
「子供だって言うなら、私もそうだった」
会って話せば、彩未の中には彼を好きだというそんな気持ちがずっとずっと潜んだままでいて、それがどんどんとまた蓋を開けて少しずつ溢れてくる。彩未があの頃の事を後悔に似た気持ちを抱いているように翔太もまた同じように思っていたのだろうか?
そんな風に見えなくもない、そんな表情だった。
「ねぇ明日、会える?もっと話したい...」
「..明日...」
翔太はそう言ううなずいて
「俺の連絡先は変わってない、前と同じ」
「...私も、変わってないからそれに...」
彩未は翔太を見上げた。
変わってないのは、それだけじゃない。
「...ねぇ、私...翔太のことまだ好きかも」
随分、酔ってるのかも知れない。
こんなことを言ってしまうなんて...。
「そっか...」
照れたように笑う顔を見れば、いとおしさが込み上げる。
そうだった、こんな風にいつも笑ってた。
そして、それはいつも彩未をきゅんとさせていたそれは、今も...。
「ね、翔太」
「ん?」
呼びかけると見下ろして、目が合う、その時に唇にうんと背伸びをして軽くキスをする。
「今日の、お礼。送ってくれて、ありがとう」
キスがお礼になるなんて、美女だけだと思うけれど...。
こうして一緒にいて、笑ってくれたということは、少なくとも嫌われている訳じゃないと信じたい。
「...あのさ...俺ももう、中学生じゃないから」
「知ってる」
そんなことは見ればわかる。はじめてのキスをした時と今では全然違うのだから。
「彩未は...いつも、わかってない」
肩を持たれると、翔太の少し厚めの色っぽい唇が彩未のそれに重なってくる。
それは懐かしくて、心地よい最高の感触だった。
。゜。 ゜ 。 ゜ ☆ ゜ 。 ゜ 。 ☆
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