第26話 決定論的ハンドリング
魔法使いの頂点であるトゥルーメイジは、もう世界に数人しか残っていないという。
数人っていうけど実際に何人なのかというと、実ははっきりとしていない。
一般市民には明かされていないからだ。
魔法使いたちや護法軍の中でも相当位の高い立場でないと知らないはずだ。
名前も公開されていない。
『
姿を現すことすら極めて稀で、物資の運搬に何度も魔法の塔を訪れた俺も実物を見たことがない。
日本の有名な寺で何年かに一度ご開帳される仏像とか、そういうのがあるだろう? もったいぶるから尊さが増すっていうのはどこでも同じだ。もっとも、魔法が実在するこの世界では少し意味合いは違うんだろうけど。
俺だけじゃなくこの世界のほとんどの人が知っているのは、トゥルーメイジは世界をその力で何とか支えてくれる存在だということだけだ。
その柱のひとりが大坑道で死んだという。
あと何人残っているんだろう。最後の魔法の塔に『数人』いるという話だから、ふたり以上はいるはずだ。
逆に言えば最悪の場合もうふたりしかいないということになる。世界を支える柱が2本だけってのは心もとない。
魔法の存在しない世界から来た異世界人であるせいか、俺には根本的な部分で魔法の働きを理解できない。だから理由は説明できないけどもう新しいトゥルーメイジが生まれることはない。魔法の源みたいなものが減っているせいだろうか。
地球でたとえるなら……ちょっと難しいな。核戦争でアメリカが壊滅して、選挙制度が崩壊して二度と大統領が選出されることがなくなるって感じだろうか。
そんなトゥルーメイジが失われると何が起こるかというと、人類に残された力――魔法を含めたあらゆる意味での力ががくりと落ちるのだそうだ。
具体的には魔法によるインフラが機能しなくなる。浄水、防毒、代用食料の生産。そうなると生活レベルが維持できなくなる。もう十分すぎるほど苦しいのに、さらに落ちる。
目に見える形だけじゃない。
トゥルーメイジはいつの時代も貴人中の貴人で、魔法によって成り立つこの世界では人類そのものの象徴だ。生き残った人間にとって最後の希望で、心を支える柱でもある。
その柱の一本が失われたらどうなるか。わかるだろう? 希望を失ったら心がすさむ。窒息寸前の社会でぎりぎり残っていた
モラルを失いクズに成り下がる人間が増える。
それを取り締まらなければならない護法軍の負担はさらに増えて――法と秩序を守る誓いを立てた護法軍から脱落する人間が出てくるだろう。
ドミノ倒しだ。
今はまだ何も変わっていない。
でも空気が変わったことは俺にもわかる。
いずれこの緊張が限界に達するのは目に見えているのに、みんな気づかないふりをしている。
そんな風に感じられる。
そう感じながら、俺もまた気づかないふりをしていた。
*
その頃、俺の全くあずかり知らないところで運命を左右するできごとが起こっていた。
手綱を握ることもできないんじゃ、俺に進む方向を決めることなんてできない。大きな力に引かれるまま、どこかに連れて行かれるだろう。
そして、そうなった。
*
本当に珍しいことなんだけど、俺のところに訪問者がやってきた。
護法軍士官のラルコだった。
覚えてるかどうかわからないから一応説明しておく。声が大きく、顔が長くて、大げさに走り回るそいつは護法軍に所属する軍人で、例のルシウムを通じて知り合った男だ。
その日も顔を見せるより早く俺を呼ぶ大声が聞こえてきて、そこからしばらく大声をまき散らし続け、ようやく俺のところに駆け込んできた。
「なんなんですかラルコさん? そんなデカい声で人の名前を叫ばないで欲しいんスけど」
正直なところ、ラルコの声が聞こえてきた時は不安で胸が苦しくなったのだが、到着まで時間がかかったせいである程度心構えできた。
ラルコは息を切らせながら、一緒に来てくれ――と言った。
「アベリーまでだ。足はこっちで用意した。悪いけど頼むよイリエさん」
「ええと、何言ってんスか? 俺、ここに戻ってまだ3日ぐらいしか経ってないんですよ?」
「僕もまさかこんなに早く再会するとは思ってもみなかったよ」
慌てて自分の目的の話ばかり何度も繰り返すラルコに俺は苛立った。
旧アベリー市まで俺を呼び戻すため、俺があの街を出てから数日もあけないであとを追ってきたらしい。それはわかったが、何のためにわざわざ戻らないといけないのか聞こうとしても一向に要領を得ない。
それに、はっきり言って旧アベリー市になんて戻る気はない。
狂人兵団に侵攻されたこともあって、余計にこの塔の麓の街から離れたくなかった。少し休んで精神的に落ち着いてから、できるだけ復旧の役に立とうなどと我ながら殊勝なことを考えていたのだ。
その矢先に一緒に来いなんて言われて、しかも必要以上に騒がしくされて、気分がいいわけがない。このポンコツ野郎が。
「大姉ルシウムからの指示なんだ。信用できる運び屋を大至急連れて来るように、と。それでイリエさんに」
「信用……? いや勘弁して下さいよ、護法軍からの依頼はしばらく受ける気ないスから」
そう答えながら、実のところ俺は興味を惹かれていた。信用。大至急。つまり、何か重大なことが起こったか、何か重大なものを運ばないといけない状況にあるってことだ。
「ラルコさん、仕事の話なら最低でも依頼料と目的地を教えてくれないと。それに積み荷が何かも」
カネと目的地は本当だ。でも積み荷の中身は普通ならこちらからは詮索しない。食料だから急いでくれ――というような依頼からの自己申告の方が重要だ。
時代が時代だからこっちも選り好みをしていられない。以前に一度だけ中身を知らされず霊柩車代わりに使われたことがあって、目的地に着く前に棺から体液が漏れだした時にはさすがに後悔したが。
要するにかまをかけたんだ。このいかにも迂闊そうな男ならあっさり喋りそうだったから。
「うーん、すまんが現地でないと教えられないんだ。カネについては十分な額を保証すると聞かされている」
「荷物の中身もですか?」
「中身というか……いや、それもこの場では」
「じゃあせめて重さぐらいは教えて下さいよ。この間の長い箱、やたら重いせいで俺の馬も……」
俺は一瞬言葉に詰まった。もういないんだった。
「……馬の負担になるくらいだったら、やっぱりお断りします」
「ああ、それは気にしなくて大丈夫だ。重さなんてあって無いようなものだから安心してくれ」
あって無いようなもの? 妙に気になった。依頼を受けるかどうかは別として、珍しく好奇心に背中を押されているのを感じる。
おいおい変なものに首を突っ込むなよ――といつもの俺が警告してくる。
だが気になる。
いったい俺に何を運ばせるつもりなんだ?
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