第23話 地中に眠る星屑は神の愛なり

 大坑道での籠城戦は、クリュミエリ防衛戦よりも長く続き、より多くの人が死んだ。


 そのとき俺が足止めされていた場所から大坑道まではかなり距離があって、狂人兵団と護法軍の戦いと同じく自分の目で現場を見たわけじゃない。


 だからこの話は後になって聞いたことや、ウィジャ・メモリの記録なんかをまとめたものだ。俺の想像も多少混じっている。


 それでもはっきりとわかっている事実がある。


 この世界の人類にとって、ひとつの国よりも大きなものが失われた。


 トゥルーメイジの命だ。


     *

 

 そもそもの話をすると、大坑道と言うのは物凄く大きな鉱山だ。


 つるはしやドリルで掘っていく暗く狭い炭鉱みたいなイメージがあるかも知れない。それとは比べ物にならないくらいデカい。ダイナマイトや巨大重機で露天掘りするオーストラリアとかその辺りのスケールを想像して欲しい。

 

 大坑道は露天掘りではなく地下鉱山だけど、とにかく大きい。入り口は海底トンネルみたいみたいになっていて、その奥には巨大なシャフトが地の底まで穿たれている。シャフトのあちこちには横穴が開いていて、人間サイズのアリがつくった巣のようだ。


 あまりに巨大なので、外に戻るのが面倒になったのか坑内に定住する人が増えて、地下都市ができあがったほどだ。灰が降りだしてからは防毒マスクが要らない街として流入者も多い。


 俺の聞いた話では、採掘が始まったのは300年以上昔まで遡れるという。


 よく資源が枯渇しないと呆れるけど、魔法が実在している世界を地球の常識で考えても仕方ない。


 そこで採掘されている資源というのは様々な宝石だ。


 ダイヤモンドとかルビーとか、あの宝石だ。


 平和な時代ならともかく、死滅間際のこの時代でなんでわざわざ宝石なんかを? そう思うだろう。俺もそう思った。


 でも、覚えてるかどうかわからないけどちょっと思い出して欲しい。


 魔法の成り立ちのことだ。


 人間が神の領域に届く塔を建てたら、この世界の神は地球の神とは違って雷で打つどころか、人間の偉業をたたえて祝福を授けた。


 どんな言葉も意思疎通ができるようになり、魔法の源たる宝珠を与えられた。


 その宝珠は砕け散って無数の宝石として地に降り注いで、魔法使いは石から力を得ている。


 だからここでいう宝石はただの綺麗な結晶じゃない。『秘石』と呼ばれていて、魔法の力の結晶として、人間社会のあらゆる場面で使われている。


 例えば、もっとも重要な防毒マスクの浄化フィルターに使われている霊薬エリクサー。あれの原料となっているのも秘石の加工品だ。


 防毒隔壁にも、浄水装置にも、銃器にも、代用食料の生産にも秘石は欠かせない。


 俺は見る影もなくやせ細った姿しか知らないが、魔法文明の栄光を支えたのも魔法使いと秘石の力だ。


 だから秘石と言うのは単なる高価な宝飾品ではなく、石油に近いものだと思って欲しい。


 燃料にしたり、加工して化学薬品にしたり、合成樹脂にしたり。大小かかわらずあらゆる場面で使われているもっとも重要な資源というわけだ。


 ついでに言うと、一番巨大な秘石による構造物が魔法の塔で、最後の魔法の塔は火蛋白石ファイアオパールの塔の正式名の通り、塔全体がファイアオパールで構成されている。基本的にデカければデカいほどそこに込められている魔法の力は膨大だ。


 もしこれが失われたら、世界中の魔法使いの力が急激にダウンするらしい。電波塔がぶっ壊れてテレビが映らなくなるのと似たようなものだろう。


 塔を新たに建造することはできない。その力は残されていない。だから人類最後の砦ってわけだ。


 一方の大坑道も、秘石を安定的に採掘できる鉱山としてはほぼ唯一の存在になっている。小さな鉱山なら各地にいくつかあるけど、残された生存可能領域を支えられるほどの量は期待できない。


 何よりも鉱山そのものが刻々と灰に埋もれていって、まるごと消滅していく。


 大坑道もまた絶対に死守しなければいけない最重要拠点ということになる。


 魔法の塔と同じく護法軍の大部隊が駐留して、坑道の入り口は要塞化されている。


 度重なるフィーンドの襲撃から地下都市と鉱夫を守るためだ。


 灰が降り出して以降、フィーンドは執拗に大坑道に現れ、大抵はすぐに護法軍によって排除されてきたが、防ぎきれずに侵入され大きな被害がでたこともある。


 フィーンドは大坑道だけでなく秘石鉱山に侵入しようとする性質がある。


 誰が調べたのか知らないけど、灰の毒に操られる苦痛から逃れるため、秘石の輝きに引き寄せられるらしい。秘石に触れることで、他人を殺すことを強要される地獄から解放され、穏やかに死ぬことができる――フィーンドはそんな希望を抱いて鉱山を目指すのだそうだ。


 でまかせではなく、秘石がフィーンドの苦痛を何らかの形で和らげることは確からしい。


 だったら秘石をくれてやったらいい、と思うかもしれない。でも、生きている人間にとっては絶対に秘石を明け渡すことはできない。


 秘石が含まれる鉱石に触れると、フィーンドのおぞましい肉体はグズグズに溶けて、ペーストみたいに岩肌にべったりとへばりつく。それは石の内部に根を張って、表面にイソギンチャクのようなよくわからない肉の花が咲く。


 秘石を掘り出すにはそのイソギンチャクを削り取らないといけない。


 やっかいなことにイソギンチャクには毒がある。特別な魔法的成分があり、何かの拍子に体内に入ると犠牲者はほぼ確実にフィーンド化する。


 手違いがあればねずみ算式にフィーンドが増殖しかねない。そうなったら大坑道は肉の花にうめつくされて、廃棄せざるを得なくなる。


 だから絶対に守らないといけない。


 大坑道防衛にあたるのは、護法軍の中でも最も実戦経験豊富な熟練の軍人たちだ。その日もフィーンドの群れが押し寄せるのを事前に察知し、一般作業員も含め全員を大坑道の中に避難させた。


 そうした防衛体制は割りと頻繁なので、ある意味手慣れたものだったはずだ。


 だが、その日はいつもと違っていた。


 灰に取り憑かれ、自分の望まない残虐行為を強要され、命令を拒絶しようとするとすさまじい苦痛に苛まれ、泣き叫ぶ。


 フィーンドとは、そんな風に手の施しようのないところまで貶められた人間の成れの果てで、だから群れなして襲ってくる時は全員が涙を流し絶叫している。


 人間を殺したくない元人間と、化け物を殺さなければ自分が殺される人間との戦い。誰も望んでいないしだれも得をしない、生き残った人間同士が互いをすり潰すような戦い。

 

 ところが、いつもであればむせび泣く絶叫が聞こえてくる距離になっても、その日の群れはほとんど押し黙っているような状態だったという。


 フィーンドたちの後方で、神輿のようなものが担がれているのを誰かが見つけた。


 そこには女が座っていた。

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