第五百六話

 公園より逃走した仁の行く手を塞ぐように現れるのは例の廃車。

 まだ数えられる程度の遭遇回数ではあるのだが、既に数十回、数百回は遭遇してしまっているような気分に陥った仁はあからさまな態度でため息をつく。

 寂れているとはいえ、公園を汚した仁に白い目を向けていた理香と東間も、しつこい廃車にはウンザリした様子を見せており、仁の腕の中より脱出しながら彼と一緒に大きなため息を吐き出す。

「なあ、これって明らかに俺たちを追ってきているよな」

「僕たちなのか、それとも僕たちの中の誰かなのか。どっちでもいいけど、流石にしつこいし鬱陶しいよね」

「最初こそ驚いたけど、何度も見せられると恐怖心とか薄れていくわ。まあ初めから怖がる要素なんて何も無かったけど」

「こっちの連中はビビったとしてもおかしくはないぞ。何せ、誰もいない壊された車の中に真っ赤な液体が充満しているんだからな」

「それも一回や二回なら、の話だろう? 野次馬の人たちも、またかって感じに眺めていたから、もう怖がってはいないと思うよ」

「だな。これが壊れた車が勝手に動き出して人々を轢き殺していたりしたら恐怖の対象になっていただろうに。今のままだとビックリ廃車以上の意味を持たない」

「仁、人はそれをフラグって呼ぶんだよ?」

「呼ばないわよ。東間、アンタも最近、漫画とかラノベとかの読み過ぎで現実と妄想の区別がつかなくなってきているんじゃないの?」

「そこまで侵食された覚えは無いよ。それに事実は小説よりも奇なりって言うし、下手な漫画やラノベよりも、目の前にある現実の方が怖いことは起きやすい」

「東間きゅんに同意。例えばほら、車内から大蛇が出てきて巻き付いてきたりしたら理香ちゃんだってビビるだろう? つまりはそういうことだ」

「何がそういうことなのよ。そもそも、そういう恐怖は幽霊とか怪奇現象とかの恐怖とはまた別物でしょう。ホラーアクションだって一周回ってギャグみたいになっているし、というか対抗手段がある時点でもう怖がる必要はあまりないんじゃない?」

「言いたいことはわかる。大きなハサミを持った不死身の殺人鬼も、いつの間にか主人公に狩られる側になっているからな。まあプレイ次第というのもあるが」

「残念ながらハサミ男は助からなかったようです、って感じ? それはそれでホラーとしてはどうなのかな?」

「はいはい。どうでもいいわよ。今、問題視すべきは、いつの間にやら周囲を廃車に取り囲まれている現状じゃないかしら?」

「理香ちゃんに同意。そして建設的な意見を述べたチミにはご褒美にチューしてあげようと思うんだが、如何に」

「コンクリートにでもしてなさい」

「フラれたから東間きゅんに慰めてもらいたい」

「近づいてきたら殴るからね」

「しゅん」

 まったく落ち込んでいない様子で、膝を抱えて座り込んでしまった仁を一旦、視界の外側へと置いた理香と東間は改めて周囲を確認。

 隙間こそあれど、通り抜ける気になれない程度の狭さ。

 加えて今までの廃車とは異なり、エンジン音が唸り声のように響き渡っている。

 今にも動き出しそうな廃車内は相変わらず、真っ赤な液体が満ちており、少なくとも運転席に誰かがいる気配は無し。

「車そのものが意思を持っている?」

「あるいは誰かが遠隔操作しているのかも。まあそうだとして、どれもこれも同じような傷跡があるのがやっぱり謎ね」

「印みたいなものじゃなイカ? この傷跡を付けた車だけ自由に操れるとか」

「だとしたら、今までは道路とか道端に出現させるだけで、動かしたりしなかったのはなんで?」

「そんなこと知るか。犯人にどういう思惑があるのか、あるいは犯人なんていないのか、それとも俺たちの想像もつかないような事態が起きているのか、ぶっちゃけ全部どうでもいい」

「右に同じ。僕たちも僕たちで忙しいし、さっさと行こう」

「同意見だけど、方法は? 私たちを付け狙っているのなら、決着をつけないといつまでも追ってくるかもしれないわよ」

「うむ。理香ちゃんの言うことも一理ある。故にここは我等の力を見せつけようではなイカ」

「具体的には?」

「全部ぶっ壊す」

「シンプルで良い答え。ちょうど九台あるし、公平に三台ずつで」

「OKよ。ついでに競争しましょう。ビリの人は今日のお昼、奢りってことで」

「よいドン」

「へ?」

 賭けを持ち掛けた理香に同意することなく、勝手に始めた仁に続く形で東間が地を駆け、廃車へ攻撃を開始。

 ワンテンポ遅れて理香も廃車退治を始め、瞬く間に辺り一面を真っ赤な液体で染め上げて行く。

 少しして襲われていることを理解したらしい廃車たちは動き出し、轢き殺さんと高速で彼等に突っ込んで行くも、単調過ぎる動きであるため、仁たちを捉えることは叶わず、他の廃車と衝突、大破してしまう。

「自爆はどうカウントする?」

「んー。まあノーカンで良いだろう。誰がどれを壊すとか決めてないし」

「いきなり始めるからでしょう。まったく、勝ちに対して意地汚いんだから!」

 突進する車を正面から受け止め、持ち上げてはバックドロップするかの如く後方へ叩きつける。

 真っ赤な液体を撒き散らしながら原形を留めないくらいに粉砕された廃車を見て、仁は理香の怪力に恐れ戦く仕草を見せながら、同じく突撃してきた廃車を片足で受け止め、上空へと蹴り上げては飛び膝蹴りを放つ。

 的が大きい分、非常に当てやすく、元から壊れ掛かっていることもあって破壊するのは至極容易。

 加えて近距離戦を挑んでいることもあって、十分な助走を付けられない廃車たちの速度は脅威にならず。

 無論、一般人から見れば十分過ぎるほどの脅威であり、車を持ち上げたり、蹴り上げたりすることなど普通の人間には不可能。

 だが魔境の住人ならば、特に幼い頃から魔境で生活している者たちならばこの程度はできないと話にならない。

 改めて自分たちの暮らしている故郷の異常性を痛感した仁たちは、残り一台を前に動きを止める。

「お前等、何台壊した?」

「二台」

「僕も。仁もだろう?」

「うむ。自爆した奴等もいるから、三台を壊すことはできなかったなり。つまりアレを壊した奴が優勝ということだな」

「ビリを決めるための戦いだったのに、思っていたよりも楽勝で相手がバカだったから優勝決定戦みたいになっちゃったわね」

「どうする? 最下位へのペナルティは確定していたけど、優勝者へのご褒美については何も決めていなかったよね」

「そこは普通に、勝った奴の食事を負け犬たちが奢るで良いんじゃな」

 言い終わる前に動き出した理香が瞬く間に廃車を粉砕。

 真っ赤な液体が飛び散る前に後方へ下がり、ブイサインする彼女に男子たちが抗議のブーイングを上げる。

「理香ちゃん、ルール違反は良くないなり」

「細かいルールなんて最初から決めていないでしょう。それに、フライング気味に私を出し抜いたのは何処の誰だったかしら?」

「僕は出し抜いてなんかいないよ。むしろ僕も出し抜かれた側」

「ええ、東間には同情してあげる。でも、私の勝ちは揺るぎない事実。違う?」

 素敵な笑顔でウインクする理香に、仁は何も言えなくなり、東間は肩をすくめながらシレッと理香の傍へ移動し、真顔で勝利のガッツポーズを決めて自身が二位であることを主張。

 早い者勝ちと言わんばかりの幼馴染みたちに、嫉妬と憎悪の炎を燃やしながら悔し泣きする仁はハンカチを噛み締めつつ、敗北を認めて天を仰ぐ。

 そんなことをしている間に十数台の廃車が彼等を取り囲んでおり、当然のように気付いていた仁たちはまたも盛大なため息を吐く。

「力を見せつけても意味は無かったみたいだね」

「戦いは数というから、物量で私たちを押し潰す気なのかも」

「それはあるな。いくら雑魚でも戦い続ければいずれ消耗する。そして消耗し切れば俺たちは轢き殺される獲物となってしまう」

「どうするのよ、仁」

「やっぱり本体を見つけるしかないかな。本体なんているのかは知らないけど」

「出なくなるまで相手をするのも手ではあるが、面倒だ。ここはさっさと終わらせることにしよう」

 懐に手を突っ込んだ仁が取り出すのは掃除機。

 一見すると家電でお勧めされなさそうな、地味で特徴の見当たらない掃除機だが、それがどれだけヤバい物かを理解している理香と東間は仁の後ろに身を潜める。

「むう。理香ちゃんと東間きゅんが積極的に密着してくれた。これはもしやおみくじで大吉を引いたことによる一時的な幸運の強化だろうか」

「理香はともかく、僕は密着していないし、喜ぶようなことじゃないだろう」

「私だって密着なんてしてないわよ。単に隠れているだけ。それとも盾にされた方がアンタは嬉しいのかしら?」

「理香ちゃんのためなら死ねる、って感じかもなー。スイッチオン」

 軽口を叩きながら廃車の方へ吸引口を向け、言葉通りに掃除機を起動。

 低く唸るような音を発しながら空気を吸い込み始めた掃除機は、廃車や真っ赤な液体を次々に呑み込んでいく。

 誰の目から見ても車を吸い込むことなどできるはずもない、仮にできたとしてもとてもじゃないが収納することなどできない大きさの掃除機。

 それが短時間で十数台の廃車を、大量の真っ赤な液体を吸い込んで行く様はさながらブラックホールが如し。

 一分と経たない内に、文字通りの掃除を終えた仁は掃除機を懐に入れ、来た道を眺めて小さな舌打ちを漏らす。

「しまった、さっきの公園で同じことをすれば公園を汚したなんて冤罪を晴らすことができたというのに。俺としたことが、迂闊だったZE!」

「汚したこと自体は冤罪でもなんでもないと思うわよ」

「にしても、凄い吸引力だね。短い時間とはいえ、あんなにたくさんの車や液体を吸い込んだのに、まったく影響が出ていないみたいだし」

「吸引力が変わらないことは我が掃除機の売りの一つだからな。なんだったら貸してやっても良いぞ? 憎いあの野郎を一瞬の内に吸い込んで片付けてしまえる我が作品の一つ、今なら幼馴染み価格で半額レンタル中なり」

「要らないわよ、そんな物騒な物」

「確か対象物をだけを吸い込むとか、そんな感じだったっけ。使い方次第でとんでもない犯罪を行える気がしてならないよ」

「強盗とかに便利かもな。やる気は無いが。ちなみに保険として吸い込んだ物を出すための作品もあるぞ。何処にあるのかは知らんが」

「知らないの?」

「それってかなり危ないんじゃ」

「基本的にこの掃除機は面倒臭い時にしか使わないし、最悪、俺さえ無事なら脱出用の作品を新しく造れる。だから何も問題は無い」

 鼻高々と、踏ん反り返る幼馴染みに、理香と東間の内に畏敬の念が芽生え、けれどもすぐにバカらしさがその感情を上回る。

 相手は仁なのだから何を出しても、何をやっても不思議ではない。

 そしてそんなバカだからこそ信頼、信用できるのだと、調子に乗って高笑いを続ける彼の頭を同時に小突く。

「痛い」

「いつまでもバカ笑いを続けているからよ。まだ来るかもしれないんだから、きちんと備えておきなさい」

「といっても、さっきまでと違って何かが現れるような気配は無さそうだよ」

「まあ流石に掃除機に吸い込まれるとは思っていなかったから、消耗戦を仕掛けても意味が無いと判断したのかもしれないわね」

「もしくは残弾が尽きてしまったか。まあ出て来ないのならそれで良し。出て来たのならまた片付ければいいだけのことなり」

「その通り、だね。そもそも負け犬君にはちゃんとご飯を奢ってもらわないと」

「ああ、そうだったわね。東間は二位を主張しているから、仁が私にご飯を奢ってくれるってことで良いのかしら?」

「良かろう。我ががま口財布が火を吹く時がやってきたのだな! ちなみに入っているお金ではコッペパンすら買えないが、遠慮なくご飯を注文したまえ! チミらが食事をしている間に俺は逃げるから!」

「仁?」

「すぐに金を下ろしてきます。もうしばらくお時間を」

「スマホを使えばいいんじゃないの?」

「断る。性に合わん」

「また妙なところでこだわりがあるんだね」

「美学と呼んでくれたまえ。では諸君、さらばだ!」

 格好良く――彼自身は格好良いと思っているのであろう、謎のポーズを取った後に何処かへ駆け出した彼が戻って来たのは数分後。

 札束を片手に、空腹を満たすための食事処を探そうとスマホで検索。

 結果、出発前の話に出て来た冥土喫茶なるものが近くにあることが判明。

 不吉なネーミングに渋る理香たちを説得し、半ばヤケクソ染みたハイテンションで意気揚々と仁は冥土喫茶目指して歩き出した。

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