第四百九十九話

 崩壊こそ止まっているが、死に体であることに変わり無し。

 そう判断した仁と神凪が行うのは水と雷による徹底的な破壊活動。

 ひたすらに攻撃だけを実行し、反撃も再生も許さない。

 もちろん、最低限の防御行動はするものの、致命傷を避ける時以外は攻撃に徹しているため、瞬く間に傷だらけに。

 放置すれば出血多量で死に至るのは明白だが、だからといってここで止まれば同じことの繰り返しになるのは明白。

 故に彼等は止まらない。

 特に脳さえ無事なら問題なく水を操れる神凪とは異なり、道具に頼っている仁は地を這ってでも動き続け、雷撃放射器の引き金を引き続ける。

「頑張るわねー。まっ、その選択は間違ってはいないから、安心しなさい。相手が生きている細胞である以上、燃やしたり痺れさせれば再生を行えなくなる。そういう意味では普通に斬ったり殴ったりするよりも有効よ」

 来る途中で買ってきたのか、家から持ってきたのか、ペットボトル入りの緑茶を飲みながら他人事のように解説するのは仁の母親。

 完全に息子たちに任せ切りな姿勢を責めるだけの余裕を持っている者はこの場には居らず、戦いの場に近寄ろうとする者も皆無。

 否、正確には理香や華恋など、一部の生徒たちは参戦しようとしているのだが、母親の放つ威圧感に気圧されて近づくことができないでいる。

 それは彼女が息子を鍛えるために行っていること。

 言い換えれば彼さえ突破できれば仁たちと合流可能ということだが、それができる者ならばそもそもここまでの事態に発展する前に決着をつけている。

 それでもと突破を試みる者たちに対しては母親は立ちはだかり、余裕の微笑みで出迎えては手招きを行う。

「ッ、そこを退いてくれませんか、おばさん。ハッキリ言って邪魔なんですけど」

「理香ちゃんも華恋ちゃんも、お久しぶりね。東間君、次光君に美鈴ちゃんも、元気にしていたかしら?」

「はい。元気でしたよ。まあ仁によく振り回されていますけど、それも楽しいと言えなくもない日々ですし」

「それはごめんなさい。あの子も私たちに似て、色々と破天荒だから。そんなあの子と仲良くしてくれて、おばさんとしてはとっても嬉しいわ」

「そうですが、でもすみませんが、長々と世間話をするつもりはありません。そこを退いてくれませんか」

「ダメよ。これも経験、あの子はもっと成長しないと、この先、やっていけなくなるかもしれないんだから。というわけで、せっかくの機会だし、ここはあの子たちだけに任せてもらえないかしら?」

「おばさんの言うこともわからなくはないですけど、ここはあくまで学校の敷地内ですから、これ以上の騒動は困ります」

「校長先生や委員長も、事態の収束を願っていますから、私たちも参戦して早めに終わらせたいんです。それに、私たち的にはアイツ等に任せ切りにしたくないという気持ちがとても強いんです」

「まあそれもわからなくはないわね。ただ、あの子の親としてはあまり譲りたくないというか、困っちゃったわねー」

 まったく困っていない顔で肩をすくめた彼女に仕掛けたのは華恋。

 隙を見せた――というより最初から隙だらけな彼女の急所に拳を打ち込む。

 十分な手応えと防御する気がない彼女の姿勢が重なったことによって渾身の一撃は骨を砕き、内臓を破壊する。

 はずなのだが、母親は動じた様子も見せず、それどころか華恋を一瞥することなく理香や東間たちを見据えたまま柔らかく笑う。

「それにしても、こんないい子たちがあの子の周りにいることにおばさん、感激を覚えちゃうわ。これからもあのバカ息子と仲良くしてやってね」

「それは構いませんけど、仁はまだしも、紗菜ちゃんはちょっと教育を間違えたとしか言いようがない気がするんですが」

「あー、あの子に関しては私たちも甘やかし過ぎたっていう自覚はあるわ。才能だけなら仁を上回っているんだけど、弱点だらけになってしまったというか、弱点が長所でもあるというべきか、教育って本当に難しいわよね」

 華恋が二撃目を放つと同時に動いたのは次光と美鈴。

 風を操り、発生させた鎌鼬が華恋諸共、母親の表皮を切り刻む。

 ついでのように巻き込まれた華恋は無論、自分にも攻撃を行った次光や美鈴を睨みつけるも、顔をそらす次光に対して美鈴は真っ向から睨み返す。

 そこにいたお前が悪いと言わんばかりの彼女の態度に、華恋は腹を立てる暇さえ与えられることなく腹部に一発を貰う。

 たった一発、それも虫けらでも弾くような無造作な一撃。

 それによって華恋の体は吹き飛ばされ、校舎に激突。

 壁を粉砕して中を転がり、仰向けに倒れたまま動かなくなる。

「あらやだ、加減を間違えて、校舎に穴を開けちゃったわ。後で修繕費を請求されてしまうかしら」

「壊したのはおばさんですから、仕方がないことですよ」

「うーん。元気のいい子だから、もしかしたら踏ん張ってくれるかもと期待したんだけれど、最近の若い子はまだまだねー」

「おばさんが加減を間違えたのが主な原因だって、自覚してください」

「フフッ。その通りかもしれないけれど、理香ちゃんとしてはそんなことを言ってられないんじゃないかしら? 仁が師範超えを要求されているように、貴女も私やあの人に認められる必要があるんだから」

 薄く笑っていた母親は目を細め、標的を見つけた狩人のような静かな殺気を放つ。

 先程までとは明らかに違う、威圧する気はない反面、殺す気満々な殺意の塊を叩きつけられた理香の膝が震え始める。

 武者震いではない、純粋な恐怖による震え。

 怯えていることを実感した理香だったが、義父の教えを胸に、その場から退くような真似だけはしまいと己に言い聞かせる。

「――無謀と勇気は異なるもの。それは華恋ちゃんも理解していることではあったんだろうけど、だとしても無策で私に挑むのはあまりお勧めできないわね」

「私、単純で割とバカですから、こういう時は正面突破しか思いつかないんです。華恋ともいつもそうしてぶつかり合っていますし」

「成る程。我が愛しのバカ息子と相性が良いだけはあるってことね。師範にも今度、兵法とか教えた方が良いんじゃないかしらってお勧めするべき?」

「そんなことを言われても道場の教えが変わることは無いと思いますよ。それに、無策ではあるかもしれませんが、一人で挑む気もありませんから、安心してください」

「へえ?」

 目晦ましの風を発生させたのは次光のみ。

 美鈴はその間に背後へと回り込み、彼女を吹き飛ばすための突風を放つ。

 風の衝撃波をぶつけられた母親は吹き飛ばないまでも体勢を崩し、彼女がよろめいた瞬間に理香と東間が飛び出す。

 同じ方向からの同時攻撃。

 顔と腹部をそれぞれ狙って放たれた、防御を考えない全力の拳。

 華恋の時同様、直撃したことで確かな手応えを得るも、そこで終われば返り討ちに遭うとわかり切っていたため、更なる追撃を打ち込む。

 全てが急所狙いのえげつない猛攻。

 息つく暇もない、というより二人ともに呼吸すること自体を忘れ、拳の皮膚が裂けて血を撒き散らすことになっても止まらない。

 とてもではないが友人の母親に振るうものではない暴力の嵐。

 傍から見て警察沙汰確実の乱打が止まったのは、母親が彼等の腕を掴んだ時。

「ぬるい」

 簡素な一言とともに二人の体は後者目掛けて投げられ、入れ替わる形で華恋が母親目掛けて突貫。

 一瞬で間合いを詰め、下顎へと鉄拳を放つ。

 顎の骨を砕く確かな感触と限界を超えた一撃を放ったことで砕け散る己の拳に、華恋は痛みと満足感を得るも、一瞬の内にその顔が驚愕に染まる。

「だからぬるいわよ」

 同じ位置に打ち込まれた母親の拳。

 ただしその威力は桁違い。

 顎を完全に破壊された華恋の脳は衝撃で大きく揺さぶられ、地面に倒れる。

 思い出したように血を吐き出し、目の焦点を合わせることができない彼女を母親は静かに見下ろす。

「悪くないタイミングに悪くない攻撃力。だけど、酒呑童子を継ぐには足りないものが多過ぎる。これからも精進しなさい」

 母親の掌が彼女の顎に触れた途端、華恋の肉体から外傷が消える。

 全ての傷が完治した、と、理解した刹那、華恋は跳ね起きて反撃の拳を入れようとするも、読んでいた母親が彼女の腹部に拳を打ち込む。

「単純過ぎるわよ。治ったからといってすぐに動いた程度では不意打ちにならない。そういう奴等は死ぬまで殺せば良いだけだから。そもそも貴女を治したのは私なんだから、初見殺しの再生能力持ちみたいな真似ができるはずないでしょう」

 大量の血反吐を吐き出す華恋への忠告。

 届いたのかは不明だが、仮に聞こえていたとしても、理解したとしても彼女の闘志が萎える理由には繋がらず。

 血を吐きながら拳を固め、反撃を行う彼女の体を理香たちがいる方へと投げる。

 受け止めたのは空中から戦いを見守っていた次光。

 攻撃のタイミングを見計らっていたのだが、あまりにも実力差があり過ぎることを実感させられ、戦意こそ残っているものの、美鈴とともに理香たちの元へと降りる。

「貴方たちは来ないの? せっかくだから、次の大天狗候補たちの実力も見ておきたかったんだけど?」

「……絶対に勝てない相手に挑んで、余計な怪我を負う気はないので」

「勇気がないわねー。この場合、利口と言えなくもないんでしょうけど。でも、友達がやられているのを黙ってみているのはどうなのかしら?」

「仮に挑んだとして、犬死するのはわかり切っている。ならば何もせず、黙って戦況を見守っていた方が良い」

「フーン? とか何とか言って、実はやる気満々なことを誤魔化せると本気で思っていたのかしら?」

「無論、思ってなどいない!」

 母親の頬を掠めて飛んで行ったのは風の刃。

 美鈴が放った風に母親は頬を緩ませ、薄皮一枚が切れたことで流れ出た己の血を指で掬い取る。

「やはり、傷ができないわけではないか」

「さっきの鎌鼬も効果が無かったわけではないのはわかり切っていた。だが、その異常なまでの再生能力によってほぼ無意味と化していた、といったところか」

「再生能力か、回復能力か。どちらかはわからないが、無駄に不死身という点は紗菜に似ているな。尤も、向こうは回復するのに時間が掛かるが」

「だが仁にそんな能力は無いぞ。いや、確かに生命力は凄いものがあるし、しぶとさだけなら魔境でも上位なのは認めるが」

「親子だからといって能力が遺伝するわけではない。鳶が鷹を生むことがあるように、鷹が鳶を生むこともある。まあこの場合、化け物が人間に近い生物を生んだというべきなのかもしれんが」

「失礼なことを言うわねー。今の時代だと、そういう発言は差別だ云々って無意味に騒がれてしまうわよ」

「まあそういうのも時代の流れって言えなくも――」

 すぐ近くにいる母親に、理香たち全員が息を呑む。

 彼女がいつ、接近したのかについて認識できた者はいない。

 途轍もない速度で移動したのか、はたまた何かしらの能力でも使ったのか。

 笑顔の母親は特に何も言わず、瓦礫の欠片を手に取ると空に向かって投擲。

 彼女が狙ったのは仁たちの方へ行こうとしていた箒に乗った魔女の生徒。

 理香たちに注意が向けられている間に彼等の援護に向かおうとしたのだが、帽子を吹き飛ばした瓦礫の弾丸に恐怖し、引き返して行く。

「この程度で私を突破できるとか、甘く見られたものねったく」

「ぶっちゃけ、私たちから見たらおばさんは油断しているし、隙だらけにしか見えないんですけど」

「その通りではあるわよ。ただ、油断しようと隙を見せようと、貴女たち程度なら問題にもならないってだけ。悔しかったら、もっと強くなることね」

「チッ。確かに、仁の奴もいずれこうなると思ったら、鬼として私ももっともっと強くなるしかねえか」

「そうなるとは限らない、と言いたいけど、まああの子もなんだかんだで成長はしているみたいだし、期待していないわけではないわね。ほら、私たちが遊んでいる間にあの子たちの方も決着がついたようよ」

 母親が視線を仁たちの方へ向けた直後、雷鳴のような激しい音と振動が周囲一帯に轟き、白煙が戦況を隠す。

 数秒後、焼け焦げながらもなお動こうとする焼却炉だったモノに向けて仁は液体窒素放射器を使用。

 凍り付き、動きを止めたところで改造掃除機を取り出し、焼却炉だったモノを丸ごと吸い込む。

 細胞の一欠片も残すことを許さない、標的だけに向けられた凄まじい吸引によって跡形もなくなったことを確認後、仁と神凪は力尽きたように仰向けに寝転がった。

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