第四百九十七話

 最優先で処理すべきは学校の敷地外に出ようとする謎の化け物たち。

 自分の身は自分で守るが魔境の常識とはいえ、様々な理由から戦えない者たちも多く在住しており、何よりも老人や子供に謎の化け物の相手をしろというのは酷。

 何より、仁にとっては自分が原因で被害者が出てしまえば、損害賠償請求されるかもしれないため、他人事ではなくなる可能性が大。

 だからといって今現在戦闘中の個体や、学校自体を襲おうとしている個体を放置するのも論外。

 校外に被害が広まるのも、校内で被害が広まるのも避けたいのが彼の本音。

 全てを焼却処分できればそれが一番なのだが、周りに被害を出さずにというのは流石に困難。

 仕方なく彼はスマホを取り出し、母親に連絡を取る。

『珍しいわね。我が息子がお母さんに電話を掛けるなんて。そんなに私の声が聞きたかったのかしら?』

「確かに、家族である以上は聞きたくなる時があるのかもしれないが、今はそんなことを言っているだけの余裕はない状況なり」

『気配は感じているから、概ね、何が起きているのかは察しているわよ。にしても中々やるじゃない。本来ならその数十倍の規模の連中が出てきてもおかしくなかったのに、余程、対処が早かったのね』

「俺は特に何もしていない。ただ、委員長にアレを取り上げられて、焼却炉で焼却処分されただけだ」

『成る程。確かにバカ息子にしては見事過ぎると思ったわ。ちなみにその対処法だけど花マルをあげても良いやり方よ。正解は、何も見ずに燃やすこと』

「ちょっと待て。俺に書類の整理を押し付けたのは母親だろう。それなのに燃やすのが正解とは如何に」

『私だったら中のモノを引きずり出して全部処理するだけだから、そっちの方が手っ取り早いというだけの話よ。我が息子ならそれくらいできると考えたんだけど、流石にまだ無理だったようね』

「お前は自分の子を何だと思っている。この善良なる一般市民に対して、何という無理無茶無謀を押し付けるのか。親の顔が見てみたいZE!」

 落下する巨体と唾液塗れの牙を辛うじて掻い潜り、体内に爆弾を放り込む。

 瞬間、炸裂する衝撃と爆発音が謎の化け物の体内で生じ、その肉体を粉々に解体。

 だが一体を処理したところですぐにまた別の個体の相手をせざるを得なくなり、仁は舌打ち混じりに巨体の突進を回避する。

「クソッ。面倒臭い。おい、母親、さっき本来ならこれの数十倍は出てくるとか言っていたよな」

『親に向かってなんて口の利き方。と言いたいところだけど、それだけ切羽詰まっているという風に解釈してあげるわ』

「そりゃどうも。だがぶっちゃけジリ貧に陥りつつある。神凪も次光も善戦はしているし、今すぐにどうにかなりそうなわけじゃないが、消耗する一方なのも事実」

『それで?』

「打開策が欲しい。母親ならどうにかできると俺は信じている。まさか息子の信頼を裏切るような真似はしないだろう?」

『あら、この程度の試練は自力で乗り越えなさいと言われるのはわかっているんじゃないかしら?』

「さっきの連中、もうすぐ校外に出る。現状、校長が張った結界に足止めされているようだが、いつまで保つかわからない。意味はわかるな?」

『成る程。私のご近所さんたちからの信頼が地に落ちるだけでなく、裁判沙汰に発展する危険があると。まっ、こうなるかもしれないってわかっていたから、頼られたら素直に教えてあげる気ではあったのよね』

「じゃあ今すぐに回答プリーズ。ヒントとかそういうのは要らないから。俺が求めているのは純然たる答えだけだから」

『仕方がないわね。さっき、アレを燃やしたって言ったじゃない?』

「完全にな。この学校の焼却炉は色々な物を燃やす都合上、通常の焼却炉よりも火力が高い。アレに炎耐性があろうと、無視して燃やし尽くしただろうさ」

『でも連中が出ているってことは完全に燃やせてないってこと。というか、燃やすだけじゃダメなのよね』

「じゃあどうすれば?」

『燃やした後は残りカスも含めて全てを凍らせて、ブラックホールに呑み込ませなさい。アレは生きているけれども、生きていることが最大の欠点よ』

「了解」

 生きているということは、生きている間は活動できるものの、死ねば活動を停止するという意味。

 だが普通のやり方では殺すことができず、恐らくは燃やしても凍らせても死なず、謎の化け物たちを排出し続ける。

 だからこそ灰と化した部位すらも凍らせ、一時的に動きを封じてからブラックホールの中に放り込む。

 そうすれば仮に氷から逃れようと、暗黒空間の中では何もできない。

 謎の化け物を量産しようと、あるいは何か別の能力を発動しようと、こちら側に戻れなければ無意味。

 無論、完全にリスクが取り除かれるわけではないが、現状、他に打つ手は無し。

 通話を切った仁は神凪や次光にその場を任せ、襲い来る謎の化け物たちを無視して強行突破。

 彼の狙いを理解したのか、あるいは生存本能が働いたのか、理性無き謎の化け物たちも学校や結界のことを無視して焼却炉に向かう仁へと殺到。

 巨大な肉壁となって仁の行く手を塞ぐが、凄まじい速度で飛んできた金棒が肉の壁を容易く粉砕。

 誰が投げた物なのかは確認せずともわかるので、心の中で礼を述べつつ、焼却炉前にたどり着いた仁は液体窒素噴出機を取り出す。

「ちょっと後ろめたい気持ちもあるが、背に腹は代えられないし、まあ新しく造り直せばいいか。どうせ費用は学校持ちだし」

 焼却炉を作った物への謝罪の念とともに、液体窒素を噴出する正にその直前、焼却炉の扉が開き、一本の触手が仁の腕に絡み付く。

 不意を突かれたこともあり、抗うことさえできないまま扉の中へと引きずり込まれた仁を受け止めたのは柔らかな肉の感触。

 役目を終えた触手は朽ち果て、何も残さず消滅。

 倒れていた仁はゆっくりと立ち上がり、辺り一帯を見回す。

「……おかしいとは思った。化け物どもが次々に現れているのに、どうして焼却炉が原形を留めているんだと。成る程。これが答えか」

 脈打つ肉は生物の証。

 三百六十度全方位が赤黒い肉に覆われ、何者かの体内に閉じ込められたことを否応なしに認識させる。

「外装以外はとっくに乗っ取られていたと。いや、外装もただの見せ掛けで、焼却炉自体が既にこの生物の一部になっていたと考えるべきか。ったく、面倒な」

 頭を掻きながら出入り口を探してみるも、当たり前だがそのような物は何処にも見当たらない。

 入れられた以上、何処かに出口はあるのだろうが、出入り口は肉に覆われて塞がれたと考えるのが自然。

「差し詰め、俺は人質ってわけか。俺が中に居る以上、外の連中は襲い掛かって来られないと、そう考えたのか?」

 問いに対しての返答はもちろん皆無。

 試しに近くの壁肉を力尽くで引き千切ってみても、赤い血飛沫こそあがるが、叫び声や痛みを訴える様子などは見られない。

 母親の言葉を信じるならば、生きていることは確実。

 つまり殺せるということなのだが、問題は体内に閉じ込められている状態で相手の命を奪った時、どのようなことになるのか。

「少なくとも、ロクなことにはならないな。最悪、巻き込まれて死ぬ危険もあると。だが脱出しないと外もヤバくなるかもしれないからな」

 肩をすくめながらふと、足元を確認してみた彼が発見したのは骸骨。

 死してどれくらいの時間が経過したのかは不明だが、骸の傍には一枚の紙切れが置かれており、訝しみながらも仁はソレを手に取る。

「なになに、ここに閉じ込められてからうんぬんかんぬん。ったく、探索ゲームの手記じゃないんだから、もっと簡素な読み物にしておけと」

 流し読みした結果、閉じ込められたまま餓死した者の成れの果てだと発覚。

 また、裏面には一言、死ねの文字が大きく書かれており、恨み辛みが込められた紙切れを骸の上に置いた仁は踏み潰したくなる衝動を辛うじて堪える。

「ったく、脱出にヒントでも書いておけっつーの。世の中を恨んで死ぬのは勝手だが、読んで気分の悪くなるような物を残すとか、生前はロクでもない奴だったんだろうなと断言してやる」

 鼻を鳴らし、怒りの拳を肉壁に叩きつけてスッキリしたところで改めて真っ直ぐに続いている通路を進んで行く。

 しかしどれだけ進んだところで周りの景色は変わらない。

 それどころか一定距離、進んだところで例の骸と再会。

 踏み潰していたなら凄く気まずくなっていたであろうことが容易く想像できたため、堪えることができた己自身に感謝しながら骸の傍に腰を下ろす。

「どうやら、見えている道を進んだところで出られなさそうだ。お前さんも、出られないとわかったから絶望して死んだのか?」

「うん、そうだよ。僕も本当は出たかったんだけど、どれだけ肉を掘っても扉は見つからないし、どうしようもなかったから諦めて死んじゃったんだ」

「そうか。お前さんも苦労したんだな。だが俺は諦める気はない。諦めの悪さとしぶとさに定評があると、いつの日か誰かに認められるためにも、俺は我が道を突き進んで行くのだよ」

「そっかー。頑張ってね。草葉の陰から見守っててあげるよ」

「うむ。感謝するぞ、名も無き骸よ。俺が知らないから名乗らせることができないだけなのだがな」

 腹話術――ではなく、単に屍の頭蓋骨を手に取って相手役を作っただけの独り言。

 虚しさが半端ではなく、周囲にお勧めできない暇潰しを終えた彼は誰かの頭蓋骨を片手で弄びながら肉の壁を叩く。

 それなりの弾力はあるが、防御能力は低い。

 道具が無くとも破るのは難しくない、反面、どれくらい壊せば死んでしまうのかはわからず、壊した際にどのような事象が生じるかも不明。

「やっぱ、最初に引きずり込まれた時の扉を探すしかなイカ。別の空間に扉を隔離されましたとかだと手の打ちようがないがっと」

 空いている手を懐に入れ、使える道具がないかを探すも、劇場版の青いタヌキ型ロボットが如く、こういう場面で使えそうな道具は出て来ない。

 倉庫の方に片付けられている道具ならあるいは、使える物があるかもしれなかったが、空間と空間を繋げる道具は手元に無し。

 尤も、異空間に閉じ込められている状態で、他の空間と無理やり接続しようとするのは危険極まりない行為。

 下手をすると更に異質な空間に飛ばされ、生も死も無い世界を永久にさまよう羽目になる、などといった事態もあり得るのである種の不幸中の幸いと言えるか。

「うーむ。しゃれこうべ君、チミはどうすればここから出られるのか、そのヒントも何も得られなかったのかね? それとも紙に書かなかっただけで、実は脱出方法を見つけていたけれども、実行する前に力尽きてしまったのかね?」

 頭蓋骨に問い掛けるという、死者蘇生や死霊術も使えない者がやったところで変人の烙印を押されるだけの奇行。

 誰の目もないからこそこういうことができるのだと、ポジティブに考えている仁の眼前に焼却炉の扉が出現。

 予期せぬ事態に硬直したのは一瞬。

 すぐさま脱出しようと動き出した彼の体を吹き飛ばしたのは、扉の中へと飛んできた神凪の小さな体。

 体格的には仁の方が上とはいえ、速度に差があり、更には腹部に加えられた衝撃によって体勢を崩したことも災いして仁は肉の床を転がる羽目に。

 受け身を取ることには成功したので、即座に立ち上がった彼は肉の中に埋もれていく扉目掛けて高速移動。

 体育の授業では決して出さない、全速力の走りで扉を殴りつけることに成功。

 ただし扉を破ることはできず、反撃とばかりに絡み付いた触手が仁の体を遠くへと投げ飛ばす。

「チッ!」

 空中で体勢を整え、壁に足が着くと同時に飛び出したが、既に扉は完全に肉の壁に覆われてしまい、掘り出そうと肉を抉っても扉にはたどり着けない。

 彼が予想した通り、単純に肉で覆われているわけではないことが証明されたが、何の慰めにもならず、むしろ絶望感が強まるだけ。

 唯一、救いと言えるのは友と合流できた点。

 目を回しながらもなんとか立ち上がった神凪は周りの景色を見て首を傾げた後、何かに納得したように頷く。

「捕食。自分。体験。珍事」

「まあ、食われる体験ってのは確かに珍しいかもな。なるべくなら体験したくないような出来事なのも確かだが」

「同意。仁。無事。確認。安心」

「安心するのは早いぞ、神凪君。何せ俺たちは袋の鼠状態だ。今のところ、何もされないが、言い換えれば脱出の手掛かりが零ということ。これからどうするべきか」

 神妙な顔付きの仁へと神凪は両手を伸ばす。

 何か妙案でも思い付いたのかと、顔を近づけた仁の頬を神凪の手が引っ張る。

 自由自在に、様々な形に頬を伸ばしたり縮めたりする彼を十数秒ほど放置した後、お返しとして全力のデコピンを打ち込んだ。

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