第四百九十六話

 吹き上がる血飛沫と轟く悲鳴。

 人間の口に似ている謎の化け物の口腔より放たれる吠え声は衝撃波となって周囲に存在する物体を吹き飛ばす。

 それは自分たちが産んだ卵やオタマジャクシのような化け物も例外になり得ず、壁に激突して潰れてもお構いなし。

 ただ、謎の化け物たちの重量はかなりのものであったため、その程度の衝撃波では揺らぐことも無く、他生物の殺害、捕食作業を続ける。

 今のところ、犠牲者はいないけれども、時間が経てば経つほど死者が出る可能性は高まっていく。

 それがわかっているからこそ、仁は眼球を潰した後も気を抜かず、一旦、腕を引っこ抜いてから懐より手榴弾を取り出し、空けた穴の中へと放り込む。

「じゃあな」

 別れの挨拶は簡潔に。

 潰された眼球より体内へと入れられた手榴弾が爆発したのは数秒後のこと。

 その間に仁は別の化け物の体に張り付いており、その体を盾にすることで生じた爆風から己の身を守る。

「フッ。我ながらたいした威力だZE! これで化け物を一体、片付けたわけだが、どれくらいの賞金が貰えるだろうか。今から楽しみなんだZE!」

「化け物を仕留めたところで報酬は無いぞ」

「バカな!?」

「馬鹿。仁。確定」

「さっき、発生したばかりの化け物にどうして懸賞金が付くと思っているんだ? どうしても欲しいのなら、校長に直談判でもするんだな」

「むう。あのケチンボ老害いなりBBAが応じるとは思えませぬ。それでは俺はタダ働きになる可能性が極めて高いということではなイカ。そんな絶対悪的な行為が許されるのは悪の大魔王くらいなものではなイカ?」

「そんな存在が現実に――いや、邪神やら悪魔やらは普通にいるんだから、大魔王くらいはいても不思議じゃないかもしれないが。まあどうしても欲しいのなら、委員長に言ってみるのはどうだ?」

「なに、次光君は俺に死ねと、そう言っているのか?」

「ああ、言ってから俺も無いなと確信した。そんな命知らずな真似をするくらいなら警察にでも行って賞金を払うように訴えた方がまだマシかもな」

 話し込んでいる仁たちを覆うのは巨大な影。

 己の体に張り付いている虫たちを始末しようとしている――わけではなく、他の化け物が仁たちに狙いを定めて強襲。

 腹部にある巨大な口を広げて全員を呑み込まんとするも、大量の水と強風に阻まれてその場より動けなくなる。

「チッ。流石は神凪君と次光君だぜ。俺との会話に集中していながら、不意を突いた奴等の攻撃を凌ぐとは」

「お前との会話に集中したことなど無い」

「同意」

「それはそれで物凄くショックなのですが。衝撃的過ぎる発言に涙が流れそうになっておりますが、その責任は取っていただけるのですかな?」

「神凪、そこのバカは黙らせた方が良いのでは?」

「戦力。事実。囮。便利」

「フン。まあ確かに、最悪、仁が食われている間に逃げればいいわけだしな」

「ちょっと奥さん、聞きました? 我がクラスメイトたちは私のことを貴方たちに差し出すとか言っておりますよ。確かに私は美しい。その上、ありとあらゆる競技において万能と言える成績を収めている。そんな私に嫉妬する気持ちはわからないでもないと言えるでしょう。が、しかし、だからといって私に嫉妬するあまり、私の美しさを損ねるような真似を」

 無言で放たれた突風が仁の体を吹き飛ばす。

 飛んで行った先にあるのは謎の化け物の大き過ぎる口。

 周りの肉や歯に触れることなく、仁は咽喉の奥へと飛び込む羽目になり、謎の化け物は小さな仁の体を呑み込んだことに気付く素振りさえ見せず。

 三秒ほど硬直していた神凪は、我に返ると同時にジト目で次光を睨む。

「次光」

「すまん。今のはやり過ぎた。あまりにも鬱陶しかったもので。反省している」

「謝罪。対象」

「わかっている。まあ、流石に悪いのは誰かと問われたら俺としか言いようが無いからな。そろそろ出てくる頃合いだとは思うが――」

 次光が言葉を紡いでいる最中に起こったのは大爆発。

 先程の手榴弾も謎の化け物を肉塊に変えるだけの威力はあったが、今度の爆発はその数倍以上の威力を有する。

 反射的に次光が風の防壁で力の流れを上に向けたため、周囲に被害が及ぶことは無かったが、そうでなければ周りの化け物を含めてかなりの被害が出ていた。

 それほどまでに巨大な爆発。それを引き起こしたのは何者なのか。

 考えるまでも無くわかり切っていることに神凪は肩をすくめ、次光は黙したまま冷や汗を流す。

「次光くぅ~ん? 流石に今のは無しだと思うんだよね~、これが~」

 間延びした声に内包される確かな憤怒。

 謎の化け物の返り血に染まった仁は心底不快そうな表情を見せつつ、全身に付着した体液を払い落とそうと全身を震わせる。

 無論、その程度で取れる量などたかが知れており、あまりの体臭の酷さに表情を歪ませた仁は優雅に空を飛んでいるクラスメイトの天狗を見上げて拳を鳴らす。

「覚悟はできているよね~? できていたとしてもできていなかったとしても、俺のやることは変わらないんだけど~」

「待て、仁。早まるな。ここは冷静に話し合おう」

「おいおい、俺はすこぶる冷静だぞ~。冷静にお前をどう料理するべきかを考えているんだぞ~。そこで待っていろ。ぶっ殺してやる天狗野郎」

「だから待て! そもそもの原因はお前のウザさにあったと主張しつつ、さっきのは俺が悪かったと非を認めているから謝罪する! ゴメンナサイ!」

「うむ。ちゃんと謝れる天狗を俺は愛している。人間も人外も素直が一番。世の中には謝罪できないバカどもが溢れ返っているが、その中でキチンと謝れる奴は許されるべきだと俺は考えている」

「身内。惨殺。犯人。改心」

「そこはほら、ケースバイケースだろう。改心したからといって犯した罪が消えるわけでもないし、復讐者に倫理や道徳を語ったところで無意味だし」

 会話中、三体目の謎の化け物が乱入。

 巨大な体を跳ねさせ、仁に圧し掛かる――はずだったのだが、彼の体に触れる前に空中で停止。

 その目が困惑の色を浮かべている中、仁が指を鳴らすとその巨体が天高くへ上昇。

 何処までも何処までも昇って行き、やがて大気圏に突入して燃え尽きる。

「これで三匹目っと。神凪君、水で俺の体を綺麗にして欲しいっす」

「了承」

「って、おい! 今のは何だ? お前、いつから超能力を?」

「超能力じゃない。科学の力だ。単に反重力装置を使って化け物の体を無重力状態にした後、宇宙にある人工衛星に引っ張られるよう設定を追加しただけだ」

「設定を追加って、どういう意味だ?」

「どういうもこういうも、そのままの意味だが。対象を認識している必要があるが、好きな設定を一つ、追加できる。そういう機能を搭載させた作品がある」

「すまん。俺の理解力が低過ぎるのか、説明されてもよくわからない」

「んー。まあ簡単に言うと、体を本に変えて文字を書き込めばその通りに動いてしまう的な能力に近いかな。異なる点は対象を認識さえしていればいいってところと、書き込めるのが一つだけって点ってところか」

「涼しい顔をして言っているが、とんでもない発明品だぞ!?」

「そうか? 燃費も悪いし、使ってもつまらないから倉庫にぶち込んであるんだが。まあ今回みたいなところで使えることもあるし、俺がこの手で創った作品だから捨てるという選択肢は初めから無いしな」

「……ちなみに他には無いのか? こう、お前的につまらない作品とか」

「んっ? んー、まあ無いことも無いが、例えばそうだな」

 微妙な顔をしたまま、仁は懐より取り出した簡素なリモコンのような物のスイッチを押す。

 瞬間、天高くより光が降り、謎の化け物の肉体を包み込む。

 僅か一秒で謎の化け物は完全にこの世界より消えており、後には何も残されない。

「こんな感じに、標的を光で包んで蒸発させる。あくまでも標的以外には効果が無いし、対象も一体のみだから複数体には使えないんだよなー」

「何か、気が付いたら化け物が光に包み込まれていたような気がしたが」

「そりゃ、光速で発射されているからな。逃げようと思って逃げられる奴はそうはいないだろうし、何よりも一度、包み込まれたら何をしても脱出できん。これも対象を焼滅させる以外の使い道が無いから、利便性が高いとは言えないんだよなー」

「お前、やっぱりバカだろう」

「なんだと!? この俺の何処がバカだというのだね!? 最近では夏の蚊対策として、蚊が吸血を終えた時点で派手なラッパ音が鳴り響き、蚊の存在を知らせてくれるという画期的な作品を完成させたばかりなのだぞ!」

「馬鹿。真実」

「なんというか、天才のバカというか、バカの天才というか、言葉とは難しいものだ。そして似たような感想を抱くのはこれが初めてではなく、そんな風に思うことも何度目になるか、数えるのもバカバカしいか」

 神妙な顔付きで頷き合う神凪と次光の背後、水と風で足止めをされていた謎の化け物が仰向けに倒れる。

 周りを包み込む暴風と大量の水による窒息。

 それが謎の化け物が倒れた理由であり、死因でもあるのだが、神凪も次光もそのことに気付かず、倒れた化け物を不可思議そうに見つめる。

「なんだ、コイツ。勝手に死んだぞ」

「楽勝」

「いや、死んだふりかもしれない。何せこの俺は死んだふりをして相手の油断を誘うプロだからな。死んだと思わせてからの不意打ちはよくあるパターン。故にチミたちも油断してはならぬよ。んんっ?」

「油断など最初からする気はない。お前と違ってな」

「同意」

「おいおい、俺がいつ、油断したって? 俺はいつだって油断しているんだぞ。どんな時でも、相手が死んだふりをしているとわかっていても、決して侮らず、しっかりと油断をする。それがこの俺様よ!」

「なんかもう一回、吹き飛ばしたくなってきた」

「自重。状況。把握」

「わかっている。さて、残っている化け物は二体か。小さいのは数えないとしても、終わりが見えてきた、と言いたいところなんだが」

 後ろ手で頭を掻く次光の視線の先にあるのは焼却炉。

 例の書類を燃やした現場より湧き出すのは新しい肉塊。

 そこから誕生する謎の化け物と、そいつ等が生み出す多量の卵。

 孵化するまで十秒も必要なく、あっという間に増殖していく化け物たちに大きなため息をつく。

「やはり元凶をどうにかしないと終わらないか。薄々、そんな気はしていたが」

「面倒」

「まったく。それもこれもあんな物を学校に持ってきた奴の責任だ。ちゃんと腹を掻っ捌いてお詫びをしなければ。次光君、後のことを託すぞ」

「やめろ。責任を取るというのなら事態を収拾させてからだ。ちゃんと自分でどうにかできれば、もしかしたら情状酌量の余地が生まれるかもしれないぞ」

「体を張って頑張っても余地が生まれる程度なのですか」

「日頃の行いが物を言った結果だと受け入れるんだな。それとも、これからは心を入れ替えて真面目になるつもりなのか?」

「アハハハハハ。下手くそな冗談ですな。この俺が真面目に? 更生する? 笑わせてくれるZE!」

「だろうな。お前の性根は、たぶん死んだところで変わることは無いだろう」

「実際、何度か死んでいるからな。それでも俺は変わらなかった。つまりは変わらないことこそがこの俺の強さなり!」

「接近。迎撃」

 食欲、あるいは殺戮欲を満たすことしか考えていない謎の化け物たちは、一番近くにいるという理由だけで仁たち目掛けて突進。

 神凪が放った高速回転する水のドリルで体に穴を空けられても気にする様子は無く、腹部にある巨大な口を開ける。

 馬鹿の一つ覚えが如き、丸呑みという単調な攻撃。

 かと思いきや、開けられた大口より鞭のように振るわれる触手が出現。

 軽く見積もって百本はあるそれ等、触手の先には牙の生えた口があり、仁たちの肉を食い尽くさんと振るわれる。

「気色悪いのが出て来たな、おい」

「元々、見た目が最底辺な化け物だったが、ここに来て更に醜さを上げて来たか」

「厄介。面倒。不気味」

「まったくだ。仁、さっきの光でなんとかしろ。動きは俺たちで抑えておく」

「そりゃありがたい。ですが、その必要はありませんよっと」

 リモコンのような物のスイッチを押した瞬間に放たれる光。

 天より降り注いでいるということ以外は不明な光は謎の化け物を一瞬で焼却。

 焼き尽くすというよりは蒸発させているといった方が近い現象。

 けれども同胞を目の前で失ったことに何の感情も抱かない謎の化け物たちは、仁たちを襲うモノと校舎に向かうモノ、学校の敷地外に出ようとするモノたちに分かれて動き始めた。

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