第四百九十五話
外には複数体の異形の化け物、校舎内にはそれ等から生まれたオタマジャクシのような醜悪な子供たち。
顔だけは人間に近いため、尚更不気味な化け物どもに、生徒たちが無差別に襲われる様子はさながらモンスターパニック映画が如く。
ただしA級どころかB級にさえなれはしないのは、パニックを起こしているのがごく一部の生徒だけなため。
全校生徒及び教員たちが生存のために他者を蹴落とし始めたらB級にはなれたかもしれないが、生憎とここは魔境であり、彼等はそこに長年、住んでいる者たち。
この程度の異常事態は日常の範疇。
トラブルメーカーが多いこの地域では、見たこともない化け物の群れに唐突に襲われることなど、少なくない回数、経験している者たちばかり。
とはいえ、経験しているからといって慣れているとは限らず、戦闘経験の少ない者たちにとっては脅威なことに変わり無し。
そんな彼等にできることは、混乱している他の生徒たちを宥めたり、迎撃を行っている級友たちの邪魔をしないよう、避難することだけ。
ただ、オタマジャクシのような化け物はとにかく数が多く、逃走経路を確保してもすぐに集まり道を塞ぐ。
既に校内に入り込んだ個体の内、三桁を超える数の化け物の息の根が止まっているのだが、それでも最初と比べて減ったようには見えない。
「チッ。どうやら、コイツ等は外の奴を潰さない限り、際限なく増えていくようだ」
「まあ卵みたいなものから生まれたわけだし、それも仕方ないんじゃない?」
「ったく、誰の仕業だ? いや、こんな大規模かつ迷惑な真似をするのは影月先輩くらいだろうけど、もしくは保険医?」
「決めつけは良くないわよ。まっ、可能性として一番高いのはやっぱり影月先輩なんだろうけど。あの人がいると退屈しないわ」
「わかる。あの先輩、なんだかんだで面白いのよね。迷惑を被ることも多いけど、保険医を止められるのもあの人だけだし、頼りになるところも、まああるし?」
「良くも悪くもこの学校に必要な人なのかもね」
「良くも悪くも、な!」
愚痴を零しながら群がってくる化け物を連携して始末する一年生たち。
そんな彼等の雄姿を眺めながら、仁は己に対して強い信頼を持ってくれていることに感激の涙を流す。
無論、そこ等中に溢れているオタマジャクシのような化け物が隙だらけの仁を見逃してくれるはずもなく、複数体が天井から強襲。
気付いたような素振りを見せない仁の頭を食らい尽くさんとする化け物たちを包み込むのは水と風。
見た目通りに水の中で活動できるのかと思いきや、彼等を包み込む水は普通の水ではなく、瞬く間に圧縮、消滅していくために抜け出すことは不可能。
風の方も通常の暴風とは異なる、異質な風であり、中に包まれた化け物たちを切り刻みながら窒息させ、命を奪う。
「まったく。良い餌と言えなくもないが、こんなところで足踏みをしている場合でもあるまいに」
「仁。学習。実行。反映。不能」
「学んでも活かす気が無いのはわかり切っていることだが、時と場合を考えて欲しいというのが本音だな」
数秒足らずで十数匹の化け物の始末に成功した神凪と次光は、涙を流して動こうとしない仁の頭を小突き、強制的に正気を取り戻させる。
が、彼は正気に戻った直後に再び狂気に身を委ねようとしたため、神凪は水の刃を形成し、仁の首筋に突き付けて無言の圧力を放つ。
真面目にならなければ本当に殺されると、直感した仁は指で涙を拭い取り、ついでに鼻をかんでから両頬を叩いて気合を入れる。
「良し。それでは委員長より任された、本体処分隊、活動再開するとしよう」
「委員長から任されたのはその通りだが、なんだそのダッサイ名前は」
「俺のネーミングセンスにケチを付けるのかね? チミはいつからそんな悪くてワガママな子供に育ってしまったのか、お母さんが草葉の陰で泣いているぞよ?」
「俺の母を勝手に故人にするな。まだ存命だし、バリバリに元気だ」
「そうよ、仁。母親を貶すような発言は寛容な私でも聞き逃せないわ。ちなみに父親を貶すのもダメよ。つまりは両親を敬いなさい」
「そもそも俺は次光君のご両親に挨拶したことが――」
得意気に言葉を綴っていた仁は、不意に聞こえた自身の母親の声に戦慄し、凄まじい速度で振り返りながら辺りを確認。
無論、何処にも母親の姿は無く、いるのはオタマジャクシのような化け物たちと彼等が産卵したのであろう不気味な卵だけ。
生まれた個体から更にオタマジャクシのような化け物が生まれるという、悪夢的な構図に安堵した仁は垂れてくる冷や汗を手の甲で拭う。
この失態を母親に知られてはいけない――などという希望的観測は抱くだけ無駄なため、遥か昔に捨てている。
今、彼にできることは可能な限り素早く、事態を収束へと導くことのみ。
改めて己のやるべきことを再確認した仁は神凪と次光を率いて昇降口を目指す。
「おい、仁、さっきの声は」
「次光君、チミは何も聞かなかった。OK?」
「……まあ、お前がそう言うのなら俺から言うべきことは何も無いんだろうが」
「うみゅ。素直なチミを僕は愛している。ご褒美にほっぺにチューしよう。それとも望むなら唇にしてあげるが、どうかね?」
「したらその舌、切り刻んで魚の餌にする」
「するわけないだろう、気持ち悪い。俺にそっちの趣味は無い。チミがどういう趣味を持っているかはチミの自由だが、それを他人に押し付けるのは良くないぞ。そういう話はそういう話に興味がある者たちにのみするべきなのだよ。多様性を訴えるのならば、相手の意見を尊重する心を忘れてはいかん」
「相変わらず、唐突にわけのわからないことを。しかもどれだけ異常事態に陥っていようと関係ないと言わんばかりに言い出すから性質が悪い」
「仁。普段。変化。皆無。安心」
「流石は神凪君、偏見と差別の中で生きてきた漢は言うことが違う。そう、誰が誰を好きになろうが全ては自由。全ては自分が選択したこと。しかし! それを周囲に認めさせようとするのはまた別の話!」
「なんかまた妙なことを言い始めたぞ、あのバカ」
「放置。安定」
「祝福されたいという欲望は誰もが持つ物。それを否定することは誰にもできない! けれども! その欲望を否定するという相手の欲望もまた自由! 無法、自由、秩序、全てが噛み合うことなどないからこそこの世界は美しくて醜いのだよ!」
「なあ神凪、アイツの言っていること、理解できるか?」
「時間。無駄」
「だろうな。まあ、お前が差別の中で生きてきたというのは割と有名な話だが」
「過去。思考。無駄」
「割り切っているな。尤も、当のお前が割り切れていても、原因となってしまった者は割り切ることができないでいるみたいだが」
「意味。不明。質問」
「答えてやる義理は無い。っと、鬱陶しい奴等だ。どれだけ排除しても、次から次へと湧いてくる!」
昇降口を目指す彼等の行く手を塞ぐオタマジャクシのような化け物たち。
別段、彼等の歩みを止めようとしているわけではなく、そのような知識も持ち合わせてはいない。
あるのは食欲という名の本能。
生物が本来持つ、生存本能さえ感じさせることなく、ただただ食い散らかそうとするその様は外見以上の醜悪。
決して強いとは言えない、むしろ弱い者いじめをしているような気分になる、単調な突撃しか仕掛けてこない化け物どもは、それでも数が多過ぎるため、対処しながら進むとなるとどうしても亀の歩みとなってしまう。
だが化け物どもを放って進むのも困難。
近くの窓を蹴破って外に出ようとしても、壊した窓から無数の化け物どもが侵入してくるのは目に見えているので無意味な行為。
そういう意味では昇降口など目指さず、屋上から飛び降りるなりすれば手っ取り早かったのではと、今更ながらに思った次光は、自身のマヌケさに苛立つ。
「まったく。原因をとやかく言うつもりはないが、ここまで面倒な事態になるなんて誰が想像できようものか」
「発言。今更」
「わかっている。だが一年生たちだって愚痴を零しているんだ。俺も愚痴の一つくらい零したくなる」
「同意」
「フン。この程度のことで愚痴を零すなど、次光君らしくないではなイカ。この俺を見たまえ! こんなにも群がられているというのに息一つ乱さず、愚痴を零すなどというみっともない真似もしない。この勇者の姿を目に焼き付け――ええい、鬱陶しいぞこのゴミ虫どもが!」
全身に張り付き、肉を食い千切らんとするオタマジャクシのような化け物たちを片端から千切っては投げ、千切っては投げと、仁は狂戦士が如く暴れ回る。
少なくとも理性的な人間の姿ではなく、奇声を発しながら暴れ狂う仁に、神凪と次光は友達付き合いを続けるべきか否かを本気で悩む。
そんな彼等の心情を見透かした仁はニヒルな微笑みを浮かべ――とんでもない量の涙を鼻水を垂らしながら彼等に縋り付く。
「お願いします、神凪様、次光様! どうか、どうかこの俺を見捨てないでください! チミたちは大事な実験材料なんです! いずれその毛髪から足の指先に至るまで全てを研究し尽くして、廃棄処分する予定なんです! だから見捨てないでください!」
「無様な様相に反して、聞き捨てならない発言が数多くあるんだが、何処からどうツッコめば良いのかわからなくなって困惑している」
「次光。同様。困惑」
「つまりこれからも仲良くしようってことだ。とまあ、ふざけている間に道が開けていることに気付いたかね?」
「わかっている。一年生たちが奮闘してくれているおかげでな。まあところどころから白い目を向けられているような気がするのは気のせいだと思いたいが」
「気のせいだろうとも。ぶっちゃけ彼等はクラスメイトたちを避難させるための逃走経路を確保したに過ぎない。そんなところに俺たち二年生が偉そうに踏ん反り返りながら乱入しようとしているんだ。そりゃいい気分はしないだろうさ」
「偉そうに踏ん反り返る可能性があるのはお前だけだろうに。そもそも、外に出ることが目的ではあるが、脱出することが目的というわけではない」
「何を当たり前なことを言っているのだね? チミは僕が想像しているよりもずっとおバカだったりするのかね? まったく、これだから天狗はすぐに天狗になって、面倒なことこの上ないのだよ」
「…………」
怒りと殺意が込められた無言の鉄拳。
直撃した仁は腹を抱えて蹲り、身動きが取れなくなる。
そこへすかさず、襲い掛かるオタマジャクシのような化け物たちを、次光が巻き起こした突風が吹き飛ばす。
荒れ狂う風は、完全な制御下に置かれているためか、化け物たち以外は吹き飛ばすことなく、衝撃などで窓ガラスが割れたりもしない。
ただ、風によって潰された化け物たちの体液が床や壁に付着することとなり、後で行うことになるであろう掃除が大変になりそうだと神凪は肩をすくめる。
「まったく。バカに付き合っていたらいつまで経っても何も解決しない」
「同意。突破。即座?」
「ああ。もたもたしていると、また奴等が溢れて外に出られなくなるかもしれない。急ぐぞ」
「了承」
差し出された次光の手を強く握った神凪は、もう片方の手で仁の腕を掴む。
直後、大きく翼を広げた次光は風となって昇降口より大空へと飛び立つ。
刹那、狙い澄ましていたかのように彼等の視界を埋め尽くすのは巨大な影。
それが焼却炉より発生した化け物であることを認識した時にはもう既に逃れる術を失っており、その巨体に押し潰されてしまう。
腹部部分にある口を敢えて開かず、校舎の一部を巻き込みながら圧し掛かるという戦法を選んだのは自分たちが産んだ子供たちよりは知性があるためなのか。
問うたところで言語を用いる様子がまったく見られない化け物たちからの返答は期待できず、何よりも圧死した者たちには口を開く権利さえ与えられない。
死人に口なし。死者が証言することは基本的には不可能。
ただし、本当に死んでいるなら、の場合であり、奇妙な手応えの無さに違和感を覚えたのか、謎の化け物は跳躍し、その場から退く。
巨体が退いた場所に残されているのは破損した校舎と大きなクレーターの跡。
そこにあるはずの羽虫が如く潰れたはずの次光たちの死体は何処にもなく、代わりに存在しているのは地中へと続いている穴が一つ。
ぽっかりと空いた穴の中へとオタマジャクシのような化け物たちが入ろうとした瞬間、間欠泉の如く水が噴き出し、化け物たちを押し流すとともに飛び出した仁が様子を窺っていた謎の化け物の眼球を貫手で刺し貫いた。
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