第四百九十話

 自宅までの道中、仁が心配するのは爬虫類型の人外の襲撃。

 無論、非は陰陽師風の少年にあるので、襲撃されたところで文句を言う権利など彼にはなく、巻き込まれる形とはいえ一応は知人であり、今現在、行動を共にしている仁もまた甘んじて襲われるのを許容すべき。

 ただ、例え全面的に非がこちらにあろうとも陰陽師風の少年はそんなことを気にするような細い神経の持ち主ではない。

 彼にとって重要なのは金になるか否か。

 それ以外にはほぼほぼ無関心。

 表面上は取り繕うことがあるかもしれないものの、実際に金にならないと判断したらさっさと帰るのが陰陽師風の少年の生き方。

 しかし自らを襲う火の粉に対しては容赦しない。

 何故ならばそういう存在を放置してしまえば、後々の商売に差し支えが生じる危険性があるため。

 故に一度目は容認することが多いものの、二度目の襲撃ではもはや手加減しない。

 今度、彼の前に爬虫類型の人外が現れたなら、問答無用で排除する。

 そこに交渉の余地はない。

 仮に相手が謝罪するために現れたのだとしても、彼は話を聞こうとすらせず、一撃で消滅させようとする。

 少なくとも仁は陰陽師風の少年のことをそういう人間だと判断しており、だからこそ無用な犠牲を出すまいと、爬虫類型の人外が現れたら彼よりも先に動いて撃退するよう心掛けておく。

「何か、随分と失礼なことを考えているような気がするのは僕の気のせいかな?」

「気のせいだ。俺はごく自然に、誰もが考えるであろう当たり前のことしか考えていないのだから。故に我に悪いところ無し」

「君の言葉は空虚。どうしようもないほど薄っぺらいね。三下の小悪党と話をしている気分だよ」

「俺のことを実に的確に表現しているではなイカ。イカにも俺は三下、抗いようがないくらいに小物なり。むしろ俺が大物になったら世界の方が心配になる」

「自分で自分を小物とか言う君のことが僕は大好きだ」

「俺はお前が嫌いだぞ。できれば仕事上の付き合い以外はしたくない。だから払うべき仕事料も半額以下でOK?」

「これから先、とにかく不幸な目に遭って最終的に惨たらしく死にたいっていうのならそれでも良いよ。誰かを呪うのはそんなに得意じゃないけど、お金のトラブルによって生まれた怨念を込めた呪詛なら慣れているから」

「あー、お前ならできそうだよな。で、どれくらいの人数を呪い殺したんだ?」

「四桁を超えてからは数えていないよ」

「四桁を超えるまでは数えていたのか」

「僕の中の罪悪感が、せめて呪い殺した人数くらいは覚えておけって言ってきたものだから。まあ結局、数を覚えていたところで一銭の得にもならないから、忘れることにしたけど」

「何処かの閣下を見習えって言うんだ。アイツは犠牲になった人数をしっかりと覚えていたぞ。下手をすると名前も全て覚えていたかもしれん」

「さっきも言ったけど、覚えていることで儲けられるのならそうするさ。けど、そうじゃないのなら覚えない。それだけのことだよ」

「さいですかー」

 冷徹に告げる陰陽師風の少年の言葉に感情らしい感情は含まれていない。

 そのため、彼の話が真実か否かを探る術も無し。

 尤も、その話が嘘であろうと真であろうと仁にとってはどうでもいいこと。

 彼が誰をどれだけ呪い殺そうとも、自身と周囲に被害が無いのなら無問題。

 あるいは縁遠い関係の誰かが犠牲になっている可能性はあるものの、知らない内は接し方を変える必要はない。

 そういう仁の態度を気に入ってか、それとも金を搾り取れる間は愛想よく接するのが彼の流儀なのか、胡散臭い笑顔を浮かべた陰陽師風の少年は彼の顔を覗き込む。

「それはそうと、最近は困っていることはないかな? 半額にする気はないけど、格安で引き受けてあげるというのは本当かもよ?」

「後輩が世話になった件に関しては感謝しているが、それ以降はアイツも安定しているようだし、特に俺から頼むようなことは無しなり」

「ああ、あの子。どうやら元気でやっているようだね。まあ交友関係は上手く行っているとは言えないみたいだけど」

「ストーカーでもしているのか? 言っておくがお前が犯罪を犯したなら警察に通報するべきか否か、一瞬も迷わないで判断できる自信があるぞ」

「アフターケアも仕事の内だよ。プライベートに首を突っ込む気はさらさらないけど、君の関係者だからね。それに後遺症とか出ていたら僕の評価が下がってしまうかもしれない。なら、最低限の様子見は必要だろう?」

「あくまでも自分の評価云々というわけか。本当に、いい性格をしている。褒めてやっても良いかもしれんな」

「褒めるくらいなら金が欲しいな、っと。そんな話をしている間に君の家に到着しましたよっと。今日の晩御飯は何かな?」

「俺は焼肉を平らげてきた。だから夕飯は既に済んでいる。すなわちお前に提供する食事などない」

「えー? 僕のタダ飯計画を台無しにする気かい? せっかく、こんなこともあろうかと夕飯を済ませてきたのに」

「済ませているなら要らないだろう。そもそもお前、夕飯が目的なら最初から俺と合流することなく、勝手に家に上がり込んで飯を食っていたはずだ」

「否定はしないよ。まっ、あわよくばという気持ちが無かったわけじゃないけどね。さあ、久しぶりの君の家に僕は胸を高鳴らせている。この気持ちは愛かな? それとも恋なのかな?」

「心臓病に一票。ただいまー」

『お帰りなさいませ、マスター』

「お帰りなさいぃ~、ますたぁ~」

「うい。事前に連絡した通り、夕飯は既に終わっているよな?」

『はい。現在は紗菜様がご入浴中です』

「母親は?」

『居間でお寛ぎに。お煎餅を齧りながらゴロ寝しております』

「だらけきっているねー、君のお母さんとやらは。それじゃあ、さっきの話し合いで決まった僕たちの結婚式について報告しようか」

「紗菜が出てきたら俺も風呂に入るか。一号、紗菜のことは任せていいか?」

『畏まりました』

「ええぇ~? ますたぁ~、私にお任せしてくださいよぉ~」

「大抵のことはお前に任せられるんだが、紗菜に関することだけはお前に任せられない。その理由はお前自身が誰よりも理解しているはずだが」

「ぶうぅ~。まあぁ~、ますたぁ~のお言葉ですからぁ~、従いますけどぉ~。ところでぇ~、そちらの方がぁ~、ツッコミ待ちのままぁ~、固まってますよぉ~」

「放置でOKだ。こういうタイプは下手に構うと調子に乗る。そういう奴だと俺は確信している。だから無視するのだよ」

『ですがマスター、このようなところで固まられましても、邪魔なのですが』

「退かせばいい。なんなら外に放り出して鍵を掛けよう。しばらくすればその内、帰巣本能が働いて家に帰るはずだ」

「うーん、この手厳しさ。僕はなんだか涙が流れそう。心を大きく傷つけられたとか言えば裁判で慰謝料を貰えるかな?」

「裁判をするのもタダじゃないぞ。それに時間も掛かる。費用対効果を考えるならあまりお勧めできない」

「だよね。前にやられて懲りたから、それはもうやらないことにしているんだ。あの時は困ったものだよ。僕としても面倒事は避けたかったっていうのに」

「お前、何をやらかしたんだ? 結婚詐欺か? それとも本当に呪いでも掛けたか?」

「なに。依頼人が少しばかり問題のある人だったっていう、それだけの話だよ。金払いが良いのがせめてもの救いだったかも」

「マジで何があったんだよ」

「気にしない、気にしない。ほら、それより噂に聞いた君のお母さんとやらに会ってみるのも悪くないかも。交渉次第で儲けられるかもしれないし」

「あら、私からお金を貪る気? 良い度胸ね」

 いつから話を――というよりいつからそこに立っていたのか。

 知っているのは当人だけであり、一号やアスト、仁も陰陽師風の少年も声を聞いてからそこに母親が立っていることを認識。

 とはいえ、彼女ならばそれくらいは当たり前のようにできると、最初から知っている仁たちは特に動揺を示さず、陰陽師風の少年もまた内心はどうあれ、表には動揺を欠片も見せず、にこやかに接する。

「初めまして、お母様。僕は仁の友人――と言いたいところですが、仁にとっては知人の域を出ていない存在らしいです」

「仁、ダメじゃない。お友達は大切にしないと。そういう繋がりが巡り巡って将来、役立つこともあるのよ」

「仕事上の繋がりがほとんどなので。プライベートで何処か遊びに行ったとかいう記憶もありませぬ。そんな相手を友人と呼んで良いのでしょうか」

「友人の線引きなんて誰にもできないわよ。強いて言えば、自分で決めるしかないわね。どうしてもって言うのなら、私が決めてあげても良いわよ」

「やめてください。母親に友達を決められたりしたら、俺の友人がゾンビとキメラで溢れ返ってしまいマッスル」

「貴方は私を何だと思っているの?」

「母親」

「その認識に寸分の狂いもないわ。さて、親子の絆を確かめられたところで、本題に移るとしましょう。この私に何か用でもあるのかしら?」

「実はお母上に頼みたい仕事がございまして」

「むっ。貴様、俺ではなく母親に仕事の依頼をしに来たのか。ならばなおのこと、俺のことなど無視して勝手に家に上がり込み、母親に不審者として始末されるべきだったのでは?」

『そうなる可能性を考慮して、単独で動かず、マスターとともに家に上がり込んだというわけですか』

「成る程ぉ~、そうしたくなる気持ちもわかりますぅ~。なにせぇ~、ますたぁ~の母親ですからぁ~、出会い頭に殺されても不思議じゃありませんからねぇ~」

「まったくもって同意見だ。恐らくは紗菜も同じだろう」

「あの腐れ女と意見が合うのはぁ~、死ぬほど嫌ですけどぉ~、ますたぁ~と同意見というのはぁ~、とぉ~ってもぉ~、嬉しいですぅ~!」

 頷き合い、心を一つにする子供たちを見つめる母親の目はとても優しいもの。

 だからこそ普段よりも恐ろしさと迫力を兼ね備えている彼女の眼差しに、仁たちは一ヶ所に固まって防御態勢を取る。

「まったく。貴方たちの私に対する不当な評価がすこぶる気になるけれど、話が進まないから今だけは見逃してあげましょう。それで、仁から少し聞いた程度だけれど、貴方は金に意地汚い一流の陰陽師なのでしょう? それがわざわざ私を訪ねて、しかも仕事を依頼するなんて、どういうつもりかしら?」

「彼からどのような話を聞いたのか、気にはなりますが、今は置いておきましょう。まあ僕としても、儲けが少なくなるのであまり他者の協力を求めたりはしないのですが、少しばかり僕の手に余る仕事なので、苦肉の策として援軍が必要になりました」

「それならばそこのバカを使いなさい。ハサミ同様、使い方次第では役に立つでしょうから。役に立たなかったらそれは使い方が悪かったということでしょうし」

「僕も最初はそのつもりでしたが、彼の協力を得ても難しい依頼なんです。最初はそれこそ僕だけでどうとでもなる仕事だったんですけど、途中で面倒なことになってしまって、本当にいい迷惑です」

「へえ。親バカになるつもりはないけれども、この子でさえ手に余るなんて、一体どんな仕事かしら? ちなみに言っておくけれども、私は自分を安売りするつもりはないわよ。プロとして相応の報酬を求めるわ。それでもなお、私を雇いたい?」

「でしょうね。僕としても、安上がりな上に便利で使い方を間違えなければ割と扱いやすい息子さんを使いたかったんですが、先も言った通り、息子さんの実力では面倒なことになりそうな相手なんですよ」

「だからどんな仕事だよ。もったいぶってないで言えって」

「言って良いの? 聞けば確実に君も面倒事に巻き込まれることになるよ?」

「じゃあいい。耳を塞いでいるから、母親にだけ聞こえるようにしろ」

 宣言直後に両耳を手でしっかりと塞ぎ、念のためにと目を閉じる彼は無防備状態。

 今ならば初撃を直撃すること間違いなし。

 ただし彼の傍には忠実な従者たちが控えており、主がどれだけ無防備であろうと鉄壁の城砦と化している彼等を無力化できなければ仁を仕留めるのは不可能。

 特に高額な給料などを貰っているわけでもない、純粋な忠誠心に溢れている機械人形たちに向けるべきは尊敬の念か、はたまた憐憫の情か。

 それが決められた通りの行動なのか、それとも真に自身の意思でやっているのか、問い質したくなった陰陽師風の少年は己に向けられる猛烈な殺意に身震いする。

 これ以上、話を脱線させて無駄な時間を使えば首を刎ねられるか、肉塊に変えられると直感した彼は軽く咳払いを行い、母親の耳元で仕事の内容を話し始めた。

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