第四百八十八話
学生たちだけで行われる焼肉パーティという名の修羅の会。
餓鬼道に堕ちた亡者どもが如く、肉を求めて争うその姿は正しく獣。
無論、その争いに参加していない者たちもいるが、傍観者なだけで止める気が無いため、ある意味では同罪と言えるか。
何にせよ、店側にも堪忍袋の緒というものは存在しており、一線を超えてしまえばどうなるのかは明白。
それでも止まれない、止められないのは若さ故の過ちというものなのか、騒いで騒いで騒ぎまくった彼等は最終的に店から追い出されてしまう。
今回は珍しく静かにしていた仁たちもまた、それを機に解散。
ただ、割り勘というシステムの都合上、支払う金額は食べた量と比例せず、支払いが終わった後に文句を垂れ流す。
そんな彼等を宥めたのは後輩の少女。
一学年だが年下の彼女が大人な対応を取ったことで、先輩面したい仁は内心はどうあれ余裕たっぷりな態度を取らざるを得なくなり、現地解散後、東間に泣き付く。
「東間きゅん。俺、悪くないよね。俺、何も悪くないよね。悪くなんかないよね」
「悪い悪くないの問題じゃないと思うけど。大体、そんなにお金を払うのが嫌ならどうして来たのさ?」
「その言い方は流石にどうかと思いマッスル。仲間外れはいじめの元なり」
「ああ、うん。確かに僕の言い方は悪かったかもしれないけど、だとしても見栄を張りたいがためだけに見せ掛けの態度を取るのはどうかな?」
「だって俺のことを慕ってくれる後輩なんて初めてなんだもん。どういうわけか俺は後輩に好かれることが無いから。感謝されることはあっても関わりたくないって感じの奴ばっかりだったんだもん!」
「日頃の態度を改めれば、その問題は一瞬で解決するよ?」
「それは無理。俺の性根はねじくれ曲がっているから。どうしようもないほどに!」
「付き合いが長くなれば、対処法とか操作法とかわかるけど、そこまで我慢して付き合える子の方が、確かに珍しいかもね」
「だろう? ……待ちたまえ。対処法はともかく、操作法とはどういう意味かね?」
「理香も華恋ちゃんもこの戦いで体力を使い果たしたのか、立ったまま眠っちゃったみたいだし、僕等もそろそろ帰ろうか?」
「肯定」
「うむ。俺の疑問など完全無視。そういった態度には更なる好感を抱いてしまうのが我が持つ悲しき性なり」
「華恋ちゃんは神凪君に任せるとして。理香はどうしようか? なんて訊くだけ野暮というものだよね。じゃあ僕は先に帰るから」
「許可」
「待てぃ!」
歩き出す東間の肩を掴むのは仁の掌。
が、確かな手応えを訴えてくる右手とは裏腹に、東間は何事も無かったように闇夜に溶けて姿を消してしまう。
驚愕の出来事に仁はしばし、自分の掌と東間が消えた闇夜を見比べ、いつの間にか神凪と華恋の姿も無くなっていることに気付く。
「……これはもしや、白昼夢の類いだったのか? あるいは俺は白い狐か緑色の狸に化かされでもしたのか?」
問う声も闇夜に消え、返答は無し。
しばらく硬直していた仁も、このまま待機していたところで何も始まらないと己を納得させ、寝入っている理香の頬を軽く叩く。
「おーい、理香。こんなところで寝るとマジで風邪ひくぞ。冗談抜きでの警告だから素直に受け取った方が良いぞ」
もしもの時のことを考えての、かなり加減をした頬叩き。
いつもなら軽い刺激でも理香は目覚めるのだが、今回は華恋との勝負に熱が入り過ぎてしまったのか、目を覚ます兆しさえ見せない。
もう少し、強めに叩けば意識が覚醒するかもしれなかったものの、反撃される恐れもあるので迂闊に手を出すわけにはいかず、仕方なしに仁は彼女を背負う。
「ったく、面倒を掛けてくれますなー。我が愛しきお姫様は」
肩をすくめながらも理香を落とさないよう注意深く、何よりも周囲への警戒を怠らないよう神経を尖らせながら夜道を進む。
理香の家、道場には通い慣れており、魔境内であるならば何処からスタートしたとしてもたどり着けると彼は自負している。
ただ、現在時刻は七時過ぎ。
周囲は電灯や月明かりに照らされているとはいえ、闇が濃くなり始める時間帯なのも事実。
そしてこういう時間帯には活発に動き出す者たちも多く、中には知性や理性を持たない者たちもいる。
そんな中を生きた者が進んで行くのはあまりお勧めできない行為。
警察なども動いてはいるが、魔境全土をフォローするには人手不足にも程がある。
それでも何かしらの理由で夜に出掛けなければならないのなら、護衛を付ける、人通りが多いところを行く、闇が深いところには行かないようにするなど、対策を取っておくことが重要。
全ては自分の身を守るため。それができないのなら夜に出歩くことはやめるべき。
「というのが魔境の基本的なルールなわけだが、お姫様、そこの辺りをちゃんと理解できていますか?」
「……すー……」
「熟睡されているようで何より。俺も守り甲斐があるというものですよ」
寝息という返答に、苦笑する仁は星空へと視線を移す。
綺麗な夜空を眺めたいのなら、人工の光は邪魔。
月見も星見も山奥や海の上など、障害物が無いところで見るのがお勧め。
そんなことを考えている間に囲まれてしまった仁は空を眺めるのをやめ、空気の読めない死霊たちに憤怒の感情を向ける。
「見ての通り、俺の両手は塞がっている。そしてこの両手を放すわけにはいかないときている。それなのにお前たちは俺の邪魔をするのか?」
質問に返答は無し。
その代わりかどうかはわからないが、漂っていた死霊たちは一ヶ所に集まり、肉塊のような物体に変化。
そこから更に手足が生え、顔のような物を複数、作り出す。
「気持ち悪い。が、もしかして俺に気を遣って、倒しやすいよう実体化してくれたのか? だとしたら感謝するべきなんだろうが、できればそもそも現れないで欲しかったというのが俺の素直な気持ちだ」
顔らしき部位より漏れ出るのは怨嗟の呻き。
痛みを、苦しみを、嘆きを吐き出しながら、漏れ出る全ての言葉に抑え切れない憎悪を含んでいる。
「変な死に方をしたのか、理不尽に殺されたのかは知らないが、もしも後者だったなら素直に殺した奴のところに行けと。ここはお前等が来て良い――場所ではあるんだが、ルールを守れない奴は葬られても文句を言えないぞ」
仁の忠告は当然の如く無視。
生やした手足を懸命に動かし、高速で突っ込んでくる肉塊を、仁は足で止める。
「ったく、警告はしたぞ」
右足でしっかりと立ち、左足で肉塊の突進を受け止めてみせた彼は軽く鼻を鳴らしながら肉塊を天高くへと蹴り上げ、靴の中に仕込んでいた小さな針を発射。
裁縫針よりも細く小さな針が肉塊を貫通。
途端、肉塊は宙で破裂し、跡形もなく消滅する。
「準備は大切ですよ、ってね。まっ、こういう時のための仕込みだから、役に立ってもらわないと困るわけだが」
「もしかして今のって聖水付き? そんな物を用意しているなんて、意外と用心深いところがあったんだね」
「魔境で過ごすのなら当然の備え、と言いたいが、俺も使う時が来るとは思っていなかった趣味の産物の延長線上のものだ。まあこうして役に立ったから、後でまた補充するつもりではあるが」
「とか何とか言って、もっと凄いのを仕込みそうだから怖いかも。君自身はさほど強くないのに、道具が厄介過ぎるという典型だねー」
「それの何が悪い。俺自身が強い必要などないのだよ。無論、道具を使いこなすための体力その他は不可欠だが、必要以上の強さは――」
口より出掛かった言葉を呑み込み、ごく自然に話しかけて来た何者かを睨む。
闇の中で姿を隠しているその存在は、特に隠れる気はなかったのか、月明かりの下にて己の正体を晒す。
「お前は」
「久しぶり、ってほどでもないかな? まあ元気そうで何より」
親しそうに手を振りながら現れたのは平安時代の陰陽師が纏っていそうな、仰々しい服装を現代風にアレンジした簡素な構造の着物を纏った少年。
知人である陰陽師風の少年の姿を見た仁は、本人を前に眉を顰めて舌打ちする。
「その反応は些かなんてレベルじゃないくらい、失礼だと思うんだけど?」
「お前相手に失礼も何もあるか。金の亡者め。今度は俺から何を奪っていくつもりなのだね? んんっ?」
「一方的な略奪を行った覚えは一度も無いよ。全部ギブアンドテイク。仕事に対しての正当な報酬じゃないか」
「ふざけろ。お前の仕事、腕にケチを付けるつもりはないが、過払い金として訴えてやっても良いんだぞ」
「過払い金ってそういう使い方で良いのかな?」
「知らん。そしてさっさと帰れ。俺と理香の蜜月を邪魔する気なら容赦しない」
「眠っている幼馴染みの少女を家まで運んであげることを蜜月と呼ぶんだ。君が幸せならそれで良いんだろうけどね」
「どうでもいい。そもそもお前はどうして俺がここまでお前を追い払おうとしているのか理解しているのか?」
「『金にがめついこのクソガキが用もなく俺の前に現れるはずがない。ならば面倒臭い仕事を押し付けに来て、そして自分は報酬だけ頂こうとしているに違いない』とか思っているのかな」
「わかっているのなら話が早い。失せるがいい。そして俺が呼び出すまで我が前に姿を現すのはやめたまえ。それが我々が辿るべき、唯一にしてただ一つの正解の道」
「唯一もただ一つも同じ意味じゃ?」
「さっきも言ったがどうでもいい。興味もない。とか何とか言っている間に、また湧いてきやがった。クソッ。こんなところで足止めを食ったりするから」
「アハハ。やっぱりここは、こういう連中が集まるのに適した場所なんだね」
仁と陰陽師風の少年の周囲を漂う無数の霊魂。
最低でも百は超える数の死霊が呻き声を上げながら彼等の周りを取り囲み、先程の肉塊と同様に一つへ集まって行く。
「またさっきのが出来上がるのか? 完成したら確実にさっきの奴よりもでかくなりそうな気がしてならないが」
「うーん。たぶん違うと思うよ。集まり方は似ているけど、実体化するような気配は見せていないし」
「じゃあ別の何かに変質するってことか? どちらにしても、面倒臭い。お前、本職なんだからどうにかしろよ」
「君は陰陽師をなんだと思っているのさ? それに僕は一文の得にもならないことはしない。葬ったことで金になるのならともかく、雑魚を片付けるのだって無料というわけじゃないんだよ」
「じゃあ俺のポケットマネーから一万」
「仕方がない。お友達価格で引き受けてあげるよ。何せ君と僕の仲だからね」
ウインクする彼に仁は吐くような仕草を行う。
本当に何かを吐いたわけではないものの、そのような態度を取られたことに陰陽師風の少年は些か憤慨するとともに、一万で引き受けてしまったことを後悔。
とはいえ、一度、引き受けた仕事を放り出せば、例えそれが口約束に過ぎないものだとしてもプロとしての矜持に関わる。
加えて仁はどちらかといえば上客に分類されるため、生まれた憎しみは札とともに死霊の集合体へと放つ。
電撃のような光が生じるとともに死霊の集合体は見る間に四散。
が、一撃では完全に四散せず、残された集合体に他の死霊たちが合流、先程と同じくらいの大きさの死霊の集合体と化す。
「へえ。これは珍しい。この集合体、器として機能しているみたいだね」
「嫌な予感しかしないが、どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。この死霊たちは一つに溶け合わず、けれども別存在として活動することはやめ、群で個、個で群な存在となっている」
「要するに?」
「倒すたびに霊を吸収して復活するってこと。しかも厄介なのは霊たちが集まってこうなったわけじゃなく、土地そのものを器として機能させているという点だね」
「あー、つまりコイツ等を一撃で全部祓っても、土地自体を何とかしないとすぐにまた同じような状態になると。そういうことか?」
「正解。さっきまではこんな風にはなっていなかったはずなんだけど、もしかすると誰かさんたちに嫉妬した霊が進化した、とか?」
「嫉妬のパワーは凄いからなー。なんて冗談を言っていられる余裕はあるのか? ちなみに俺の方も今月は割と苦しいから、追加報酬は出せないぞ」
「それは残念。でも、友達が困っているのを見過ごしたりしたら、僕の評判に傷が付いちゃうかもしれないからね。まっ、やってみせますよっと」
広げた両掌に現れるのは八枚の札。
複雑な紋様の描かれたそれ等を五指の間に挟み、一斉に投げつける。
高速で飛ぶ八枚の札は空中で停止すると眩い光を放つ。
目も開けていられないほど強烈な光は数秒で収縮すると線となって死霊の集合体の周りに張り巡らされ、そのまま絡め取るように巻き付いていった。
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