第四百八十四話
華恋という心強い味方を得た東間チームは快進撃を続ける。
というより華恋が一人で打って守ってと、一年生はおろか、二年生にも敵となり得る者は居らず。
チームプレイとは一体、何なのか。問いたくなるくらい八面六臂の大活躍をした華恋によってあっという間に決勝の舞台へとたどり着く。
なお、その頃に帰って来た仁はボロ雑巾が如く、汚れと疲労が酷い様子で使い物にならない状態だったため、そのまま華恋が代理として出場。
相手も決勝まで勝ち上がって来た強豪チーム、であることは間違いないのだが、それでも華恋の相手にはならない。
終わってしまえば圧勝。
悔しがることさえできないような実力差を前にして、もはや笑うことしかできない相手チームに東間たちが掛けるべき言葉は無し。
仁だったなら全力でバカにしていたであろうが、彼は現在、自力で立つことさえできない状態。
それでも放置すれば十数分後には復活を果たしていると、慣れた者たちは心配さえしない中、後輩の少女だけは彼の傍に寄り添っている。
元々、彼女が仁を保健室まで連れて行ったことが原因で憔悴したのだから、責任を取るという意味でも世話を焼くのは必定か。
ただ、見る人が見るとそれなりに危ない光景でもあり、この場に理香がいないことを東間は心から安堵する。
「東間。様子。奇妙」
「あん? まあ私に活躍の機会を全部、奪われちまったわけだからな。そりゃ、微妙な感じになっても不思議じゃねえだろう」
「華恋。勝利。貢献。称賛」
「てめえに褒められたって嬉しくねえっての。……ま、まあ、どうしてもって言うのならその称賛を受け取ってやらねえこともねえけどよ」
「称賛。追加。きゅうり。提供?」
「そこで私が貰っとくって言ったらてめえはどんな気分になるんだ?」
「絶望」
「即答かよ。ったく、気持ちだけ受け取っておくぜ。私はきゅうりは嫌いでも好きでもねえからな」
「安心」
「ハッ。このきゅうりバカが」
和やかな空気を醸し出す河童と鬼の少年少女。
ともすれば甘酸っぱい空気とも言える空間内にて、嫉妬に狂った男たちを理性を保つ男たちが必死に押さえ付ける。
とてもではないが優勝したチームには見えない彼等に、負けたチームは更なる敗北感を募らせていく。
肉体はともかく、健全な精神など宿してはいないであろうことが明らかな彼等の様子を見ていたリューグは思わずため息を吐いてしまう。
「……どうしました、リューグ先生……」
「貞娘先生、そちらこそ、どうしてここに?」
「……少し時間ができましたので、生徒たちの様子を見に来ました……」
「そうですか。まあ、何というか、貞娘先生のクラスの生徒たちは個性的ですね。いえ、そんなことはずっと前から知っていたことではありますけど」
「……はい。皆さん、とても元気で優しい子たちばかりです……」
「少し元気過ぎるのが玉に瑕、ですか?」
「……ひょっとして、また仁さんがリューグ先生にご迷惑を……?」
「そういうわけ――でもありますが、ただ、あまりの若さに付いて行けないと思ってしまっただけです。酒もないのによくあんなテンションで行動できるものですね」
「……リューグ先生もまだまだお若いですよ……」
「かもしれませんが、学生たちと一緒に行動できるほど若くはないです。だからこそ振り回されると昔よりも疲れを感じてしまうのかもしれませんが」
「……お疲れでしたら今度、マッサージでもどうですか。私の家――だと少し汚いですから、リューグ先生のお宅にお邪魔してよろしいのでしたら……」
「貞娘先生、マッサージなんてできるんですか? 初めて知りました」
「……最近、習ったばかりですけど、たくさん練習しましたからちょっとは上手くできるって自信があります。あっ、もちろん、実験台とかではありませんよ……」
「わかっています。というか、私のアパートで良いんですか? こう言っては何ですが、男の一人暮らしですからかなり汚いですよ」
「……大丈夫です。私の家よりはマシだと断言できますから……」
「そ、そうですか」
妙なところで自信満々な貞娘先生に、リューグはほんの少したじろぐ。
ただ、相手が親切心で言ってくれていること、疲労がかなり蓄積していること、そしてマッサージ代が浮くという三つの要素により断る理由が排除される。
「なら、お願いしてもよろしいでしょうか」
「……わかりました。では今晩、お邪魔致しますね……」
「今晩ですか? まあ別に用事などはありませんが」
「……善は急げ、と言いますし、疲れは早めに取っておくに限りますから……」
「それならよろしくお願いします」
「……はい。お任せください……」
二人の教師のやり取りに、別に聞き耳を立てていたわけでもないのにしっかりとそのやり取りを聞き取っていた男たちの嫉妬心が猛り狂う。
相手が教師であろうと関係なく、己の心を燃やし尽くさんとする彼等の生き様に、ボロボロの仁が親指を立てる。
そんな彼の行動を合図にしたのかは不明だが、遂に押さえ切れなくなった男たちは暴走を始め、神凪たちやリューグたち、ついでに東間を襲う。
尤も、彼等が怒り狂おうが種族として、個としての武力、暴力は華恋の足元にも及ばない。
精神論でひっくり返せる実力差というのは、結局のところ、さほど差が無いということであり、結果、そんなものではひっくり返せないほどの実力差を前に嫉妬に狂いし男たちの屍が校庭に積み上げられる。
「……なんだったんだ、コイツ等?」
「不明」
「まあいい。試合は終わったし、私は行くぜ。私より強い奴に会いにな」
「三年。教室。乱入?」
「んな真似はしねえよ。先輩たちは受験もあるんだぜ? 私のワガママで授業の邪魔をするような、くだらねえことはしたくねえ」
「華恋。良心。極大」
「ケッ。てめえもこんなところでくだらねえことを言ってねえで、後片付けでもやってきたらどうだ?」
「了承」
去り行く華恋と分かれた神凪は、色々な物の後片付けを粛々と行っている生徒たちの手伝いに赴く。
東間もまた手が空いたので彼等の手伝いを始め、後輩の少女に介抱されていた仁も復活を果たし、彼等と合流、ゴミのように捨てられている元チームメイトたちの屍を校庭の隅に運ぶ。
「しっかし、まさか俺たちが優勝するとはな。まあ俺がいれば当然の帰結だが」
「一回戦しか参加してない人が言うと説得力が違うね」
「同意」
「五月蠅い。活躍度という意味だとお前等も大差ないだろうが。どうせ全部華恋ちゃん任せだったくせに」
「それを言われると何も言い返せなくなるな」
「再度。同意」
「だが、どうやってあの華恋ちゃんを引き込んだんだ? いや、神凪君を説得に使った可能性が濃厚なのはわかるが、その割には華恋ちゃんがそれほど不機嫌じゃないように見えたし」
「神凪君を説得に使ったりはしていないよ。ただ、僕が華恋ちゃんと賭けをして、それで勝利しただけ」
「賭け? 具体的には?」
「なんでもいいじゃないか。どうせもう終わったことだし、それよりも、このゴミみたいに捨てられている元チームメイトたちをどうするかについて考えようよ」
明らかに、わざとらしく話をそらした東間に神凪も仁も訝しむ。
だが問い詰めたところで話す気が無いのは確実。
と言っても何があったのか、神凪に尋ねれば簡単にわかることであり、東間も口止めをしていないので彼にとってはあまり話したくないことだが、知られたところでさほど問題ないことでもあるのは容易に察せること。
ならば彼の不興を買うことになってでも知る必要のない情報と、己の内側で質問を切って捨てた仁は虫の息の元チームメイトたちを眺める。
「……まあ、死んじゃいないし、放置で良いだろう。どうせしばらくしたら回復するだろうし、外から襲撃者が来たとしても校長がどうにかするだろう」
「冷たいね。クラスメイトで仲間だったのに」
「似たような態度を取っている、お前に言われる筋合いはない。そもそも、無謀にも華恋に挑んで返り討ちに遭ったバカどもに同情する気は毛頭ない」
「同意。三度」
「神凪君まで。まあ僕も理不尽に襲われそうになった立場だから、同情はしてもそれ以上のことをする気はまったく無いけれど」
「だろう? それよりも、だ。せっかく、華恋ちゃんの大活躍で早めに試合が終わったわけだし、ここは理香たちの様子を見に行くというのはどうだ?」
「そういえば、向こうも決勝をやっているんだっけ? 野球やサッカーよりも長引くとか、何をしているんだろうって気がするけど」
「確か今はバレーをやっているはずだ。そんなことを保健室にやって来た憐れな被験者たちが言っていたような気がする」
「被験者たちって、また保険医が――やらかしたから、君もボロボロになっていたんだよね。そりゃそうだ」
「うむ。詳細を聞きたいのならこの場で語ってやってもいいが?」
「やめておくよ。それにいくら長引いているといっても、早く行かないと終わってしまう可能性もあるからね。速く片付けを終わらせないと」
「同意。四度」
「もっと他の言葉も言えよな。まっ、気合いを入れてテキパキとやりますか」
朽ちず蠢く元チームメイトたちの屍を背に、迅速に片付けを終わらせていく。
元より、人並外れた体力を持つ魔境の生徒たちにとっては準備も片付けもさほど時間が掛からない作業。
彼等がやる気を出しても出さなくても必要な時間はさほど変わらず。
それでもやる気を出さないよりは出した方が経過時間が短縮されるのは必然。
片付けを終えた仁たちは待機していた後輩の少女と合流、彼女と一緒に理香が試合を行っている第一体育館へと移動。
湧き上がる歓声は試合が盛り上がっていること、そして他の球技が終わっていることを示しており、居並ぶ生徒たちを掻き分けて仁たちは試合が見える場所へと無理やり体を割り込ませる。
一昔前の通勤時間帯の満員電車を連想させる、凄まじい人混みに圧倒されつつも、何とか前へと出た仁たちの耳に轟くのはスパイクの音。
床に叩きつけられたボールは勢いよく跳ね、仁の顔を直撃。
狙ってやったわけではないのであろうが、跳ねたボールによって顔面を強打された彼は物理的に顔を真っ赤に染め上げ、鼻血を垂らす。
「うわぁ」
「痛そー」
「というかよく当たったな、逆に凄くないか」
「ああ。こっちまでボールが飛んでくるのは珍しくないが、あそこまで見事に命中するとは。流石はあの影月仁といったところだな」
「それ、全然関係ないだろう」
向けられるのは同情の眼差しと感心したような声。
垂れ落ちていく鼻血を無言で見下ろしていた仁は自身の血が付着したボールを鷲掴みにし、人混みから飛び出してバレーコート内に足を踏み入れる。
その時になって試合に集中していた理香が仁の存在に気付き、鼻血を出して怒り狂っている彼の様子と血が付着したボールを見て現況を理解。
ただ、どうするべきかについての答えは出なかったらしく、取り敢えず、タイムを取って仁の元へと駆け寄る。
「仁、見ての通り、今は試合中」
「そんなことはわかっている。そしてボールを防げなかったのは俺自身の未熟さ故の出来事に過ぎない」
「だったら――」
「だとしても、一撃は一撃だ。怒りで誤魔化しているが、ぶっちゃけ泣きそうなくらいには痛いのだよ。前歯が欠けなかったのは奇跡に近いレベルの痛みだ」
「あー、えーっと、後で私が応急処置を――」
「それだけは勘弁してください、なんでもしますから、お願いします!」
「……わかってはいたけれど、そこまで拒絶されると私の心も傷付くわよ」
「俺の痛みはそれ以上だ。というわけで理香ちゃんよ、選手交代。俺が奴等を一人残らず捻じ伏せて、一生を病院の天井の染みを数えるだけの人生に変えてやる!」
「はいはい。そこまでする気はないのはわかっているけれど、私に任せなさい。元々、勝負に負ける気なんて無かったし、アンタの仇は私が討ってあげるから」
「その言い方だと、俺が殺されたように聞こえるんだが」
「とにかく、試合を台無しにするような真似だけは許さないわよ。これは私だけじゃなくて私たちの戦いなんだから。まっ、安心して見ていなさい。アンタの幼馴染みが優勝するところを」
「……仕方がないな」
理香に強く言われたことで、ボールを投げ捨てながら引き下がった仁は東間たちのところへ戻っていく。
気を遣って――あるいは、再び彼のところに、正確には後輩の少女のところにボールが飛んでくるかもしれないと判断したのか、観衆たちは彼等から距離を取り、中には壁に張り付く者たちも現れる。
誰のせいでこんな状態になってしまったのか、考えるまでもなく察した後輩の少女は項垂れるも、仁は彼女の肩を軽く叩いて元気づけ、そんな彼に感謝の念を抱いた後輩の少女は未だに垂れている鼻血を持っていたハンカチで丁寧に拭き取った。
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