第三百九十二話
運ばれてきたうどんを平らげ、料金を支払って店を後にした仁たちは一旦、宿に戻って荷物を整理する。
といっても大した量は持ってきておらず、手短に片付けを終えた彼等は部屋の鍵を閉めて観光開始。
スマホを使ってお勧めの場所を調べる、というのも悪くはなかったが、せっかくなのでとガイドブックを片手に有名な観光スポットへと赴く。
「ふむ。最初はこの人面岩とかいう場所で良いとして、その後はどのルートで行こうか。柔らかい突起があるという岬か、はたまた爆発する靴屋か、こっちを見てくる本がある図書館か」
「もうちょっとマシな観光地はないの?」
「他にも凄く頭の良い動物たちがいる農家とか、電撃が迸るミュージシャンが暮らしている埠頭とか、鉄塔に引き篭もっている自由人とか、食べると健康になる料理を提供するレストランとかもあるぞ」
「ううぅ~むむむぅ~、どれも不気味といえば不気味ですがぁ~、一度は訪れてみたいような気もしますぅ~。そういえばぁ~、リアリティを追求し過ぎるあまりぃ~、変態染みた行動をする変人な漫画家さんの家とかはぁ~、観光地として扱われていないんですかぁ~?」
「バカなことを言うな、アスト。いくらリアリティを追及しているからといって蜘蛛の味を確かめたり、見ず知らずの人たちを本にしてその経験を読むとか、そんなバカげたことをする漫画家が本当にいるわけないだろう」
「その通りなんですけどぉ~、何か納得できませんよぉ~。そもそもぉ~、他の観光地だってぇ~、十分にあり得ないものばかりじゃありませんかぁ~?」
「ガイドブックに書かれていることだし、多少は大袈裟に記されているんだとしても不思議なことはないだろうて。そうは思わなイカ、理香ちゃん?」
「まあ、実際にあんなことが起きた街だし、何があっても不思議じゃないのかもしれないけど、ぶっちゃけ魔境よりも物騒じゃない?」
「んー。異変が日常の一部と化している魔境と比べたら、一応、異変が異変として扱われている分だけこっちの方が正常な気もするが。まっ、せっかくだから一通り回ってみるのが吉だと思うなり。ほらほら、さっさと行くぞ」
「あっ、待ちなさいよ、仁!」
「やれやれぇ~、ますたぁ~もぉ~、まだまだ子供ですねぇ~」
理香の手を掴んで駆け出す仁に、アストもおとなしく付いて行く。
照りつける太陽の下、名所と呼ばれている場所を巡る彼等は思い切り羽を伸ばして仕事の疲れを癒す。
「ほうほう。まさかネズミがこれほどまでの知識、知恵を獲得しているとは。これは人が餌になっても仕方がないかもしれませぬな」
「凄いですねぇ~。身も心も脳みそもちっぽけな存在でもぉ~、進化によって自然の摂理から解放されたらぁ~、ここまで厄介な存在になれるとはぁ~」
「いや、感心していないで、私たちも逃げるわよ。このままだと本当に食われるかもしれないんだから!」
道中で巻き起こるハプニングも旅の醍醐味の一つ。
などと言えるほど安穏とした状況下ではなかったが、幸いなことに大柄な男性二名の不思議な力によってさほど大事になる前に事態は収拾し、そのまま日が沈むまで観光を続けた彼等は宿に戻り、校長に連絡を入れてから就寝。
次の日の早朝に再び観光に出掛け、ハプニングのせいで昨日、行くことが叶わなかった観光スポットを巡り、満足した仁たちは再度、宿に戻り、魔境に帰還するべく帰り支度を済ませる。
「忘れ物は無いなー」
「問題無ーし。そもそも観光前に整理整頓は済ませておいたものね」
「理香さんの場合はぁ~、整理というよりぃ~、荒らしと言った方が正しいかもしれませんけどねぇ~。私たちが手伝わなければぁ~、永遠に終わらなかったかもしれませんよぉ~?」
「……その節はお世話になりました」
「良い良い。我等とて理香ちゃんの私物を漁る良い機会であったぞよ。それにこうして理香ちゃんの下着を密かに盗むことも」
「それをおとなしく返してから殴られるのと、殴られてから取り返されるのと、どっちがいい?」
「返却します」
「よろしい。アンタのそういうところは好きよ。でも、一発は入れるからね?」
「うい」
己の所業に対する罰を受け入れる覚悟はできていると、歯を食い縛る仁に答える形で打ち込まれる鉄拳。
あるいは、彼女に殴られるためにわざとやっているのか、などと口に出すと色々と危険な気がする疑問を呑み込んだアストは素知らぬ顔をして事態が収束に向かうのを黙って待つ。
「それにしても、今回は色々と危なかったわね」
「むっ? 理香ちゃんのサイズが大きくなっていなかったということがか?」
「もう一発、欲しいの?」
「うむ。自分で言っていながら何だが、俺も何を言っているんだろうと思ったところであった。まあ真面目な話をすると、黒幕は誰なのかわからず仕舞いな上に、俺たちの手に負えない事態になっていても不思議じゃなかった事件だからな」
「ったく。アンタはもうちょっと弁えなさい。コホン。で、アンタの見解は?」
「さて、な。魔境で他種族と共存することを拒んだ人外は数多くいる。あの吸血鬼の少女もその内の一人なのは確かだろうが、暴走状態に陥っていたのは他の何者かの仕業だろう。そもそも俺たちが戦った連中も、吸血鬼の眷属じゃなかったしな」
「吸血鬼の眷属というとぉ~、人狼とかぁ~、蝙蝠とかでしょうかぁ~」
「
「それ、フィクションの話じゃない? 第一、吸血鬼に噛まれて血を吸われても無事な人たちも多いじゃないの」
「そりゃ吸血行為はあくまで食事でしかないからな。食事のたびに変なのが増えていたらアイツ等にとっても面倒極まりないことだろう」
「吸血鬼はぁ~、自分の血を与えることでぇ~、眷属を作っていますからねぇ~、子供を作る時はぁ~、普通に生殖行動を行うんでしたっけぇ~?」
「うむ。だから純血だけじゃなく混ざった連中が生まれるわけだが。節操が無いと言えないことも無いが、長寿及び高い再生能力と引き換えに、純血の子供があまり生まれないことを考慮すると、種族としては微妙と言えるかもしれんな」
雑談を交えながら忘れ物がないかを確認し、宿を出た彼等は駅へと移動。
まだ日も高く、別段、慌てて帰る必要もないため、のんびりとしたゆとりのある足取りで行動した彼等を襲う怪異などの類いは無し。
あるいは路地裏など薄暗い場所に一歩でも足を踏み入れたなら、この街にて相応に好き勝手なことをやらかした彼等を疎んじている何かが襲い掛かって来るかもしれなかったが、それ等の相手をするつもりがまったくない彼等が危険を冒す理由も必要もないため、人が少ない場所へとわざわざ足を運んだりはしない。
普段から問題行動を起こすことに定評のある仁も、これ以上の厄介事は流石に面倒臭いのか、それとも理香とアストの監視下では滅多なことができないとわかっているからか、何も言わず、何もせずに帰りの電車へと乗り込む。
「これが劇場版とかだったらもう一波乱、有りそうなんだが」
「相変わらず、わけのわからないことを唐突に口にするわね」
「それがますたぁ~ですからぁ~。まあでもぉ~、電車に乗ってぇ~、気付けば夢の中に居てぇ~、自分の首を切って夢から脱出してぇ~、変なのと戦うことになるとかぁ~、そういうしちゅえぇ~しょんにはぁ~、少し憧れたりしますぅ~」
「うむ。で、変なのを倒したらそんなのとは比べ物にならない強敵が現れて、格好良くて物凄く強い先輩が戦い、敗北して後のことを託されて終了と」
「それだけだとぉ~、強敵さんへのへいとが凄いことになりそうですがぁ~、あの強敵さんもぉ~、悲しい過去を背負っていたりするんですよねぇ~。それにぃ~」
「はいはい。その話はもういいでしょう。あんまり騒いでいると、他の人たちに迷惑を掛けちゃうし」
「はぁ~いぃ~、ますたぁ~もぉ~、わかりましたかぁ~?」
「つまりそれは迷惑を掛けろと、そういう解釈で良いんだな?」
「拳骨一発の刑」
「ういっす。脳天にお願いします。頭に力を入れて防御に徹しますんで」
「了解っと」
目を閉じて、歯を食い縛る彼の要望通りに理香は握り締めた拳を仁の脳天へと振り下ろす。
遠慮、容赦がないのは信頼の証か、はたまた下手に手加減すると仁のためにならないと判断してのことか。
何にせよ、防御に集中したはずの仁の頭蓋に浸透する衝撃は彼に想像していた以上の痛みを与えたらしく、椅子に座った状態で頭を抱えながら悶絶する。
「我ながら会心の一発ね。ちょっとやり過ぎた気がしなくもないけど、これも良い薬と思ってもらわないと」
「えっとぉ~、何と言いますかぁ~、ますたぁ~の自業自得というのはわかっているんですけどぉ~、理香さんもぉ~、それでいいんですかぁ~?」
「それでいいって?」
「ツンデレを履き違えたぁ~、暴力系ヒロインとか呼ばれちゃいますよぉ~?」
「別にいいわよ、誰にどう思われても。それで私の何かが変わるわけでもないんだし」
「そうでしょうねぇ~。理香さんはぁ~、一人以外にはぁ~、何と思われても気にしませんよねぇ~? 一人以外にはぁ~」
見透かしたような発言に、理香は眉を顰めるも無言で対応。
下手に口を開かないのは賢い選択と言えるか、はたまた勇気無き逃亡か。
前者であり、後者でもあるとアストは胸を撫で下ろしつつ、悶絶中の主を労わるように、小馬鹿にするように声を掛ける。
「それにしてもぉ~、珍しいですねぇ~。ますたぁ~がぁ~、観光地を好き勝手に荒らし回ることなくぅ~、魔境に帰るなんてぇ~。いつもならぁ~、全てを俺色に染めてやるぜ的な思考でぇ~、観光地を滅茶苦茶にしているじゃありませんかぁ~」
「お前の中で俺はどういう風に映っているかがよくわかる発言。言っておくが、俺は観光地荒らしじゃないぞ。俺が観光地を荒らしたのは単独行動の時だけで、しかも数えられる程度の回数しかない」
「あるんだ。しかも数えられる程度の回数」
「冗談のつもりでしたがぁ~、思わぬ情報を引き出せましたぁ~。今後ぉ~、ますたぁ~との交渉事を有利に進めるのにぃ~、役立ちそうですぅ~」
「無理だな。何せ俺自身、ほとんど気にしていない上に観光地は既に焦土と化してこの世界の何処にも存在しないのだから。そう、戦争とは、紛争とは常に俺たちからあらゆる物を奪い取って行く。お祖母ちゃんと桃を拾った思い出も、お祖父ちゃんと芝刈りに行ったあの山も、全ては戦争によって奪われた」
「アンタのお祖父ちゃんやお祖母ちゃんって誰? 見たことないわよ」
「いるはずなんだけどなー。いくら俺の両親が化け物染みているを通り越した化け物でも、無から誕生したわけじゃないはずだし、産んだ奴がいてもおかしくないはずなんだがな」
「私みたいにぃ~、誰かが作った可能性はどうですかぁ~?」
「だとしたら作った奴が祖父or祖母に該当するはずだ。そういう連中を見たことも聞いたこともないし、過去詮索しても答えてくれないから、よくわからにゃい」
「フーン。アンタも割と摩訶不思議な生まれなのね。まっ、両親が誰なのかもわからない私よりはマシかもしれないけど。ほんと、私こそアストみたいに誰かが作った存在だったりして」
「つまり理香ちゃんは俺が作った?」
「あり得ませんねぇ~。もしも理香さんがますたぁ~に作られたんだとしたらぁ~、もっと酷い名前を付けられているはずですしぃ~」
「基準、そこなの? 確かにアストロゲンクンシリーズって、考えるまでもなく酷いネーミングセンスだとは思うけど」
「良いだろう。その喧嘩、二束三文で買ってやろう。俺の前でアストロゲンクンシリーズという素晴らしい名前を侮辱することが何を意味するか、今一度、その体に教え込んで調教してやろうではありませんか」
虚空をジャブで切る仁の好戦的な笑みに対し、理香が向けるのは獣の眼光。
鋭い、というより凶暴、暴悪的な眼差しに、一瞬で白旗状態と化した仁は周りの視線を意に介さず、華麗に土下座を行う。
そのあまりにも流麗で、見事としか言えないような無駄のない動作に少なくない数の乗客が魅了され、見慣れている理香たちでさえ思わず、目を奪われてしまう。
その隙を突いた――かどうかは不明だが、仁は高笑いを上げながら跳躍。
何をするつもりだったのかは定かではないが、ここが電車内であることを忘れて跳んだ結果、後頭部を天井に打ち付けてしまい、受け身も取れずに墜落。
動かなくなった彼を元の席に座らせ、周りに謝罪した理香とアストはこれ以上、彼が迷惑を掛けないようにと意識を失っている仁を起こさないよう音量を控えめにしつつ、暇潰しのガールズトークに花を咲かせた。
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