第三百九十三話
車両内にてほぼトラブルは起きず、魔境に到着した彼等は電車を降りる。
その際に電車内で気絶していた仁は、自分だけ電車内でのお楽しみを堪能できなかったと駄々をこね、堂々とテロ計画を口に出しながら練るも、当然のように理香に取り押さえられ、アストの手で強制連行。
駅から出てなお仁は不貞腐れた様子で頬を膨らませていたが、虚しさでも覚えたのか、悟りを開いた仙人が如き眼差しで空を見上げる。
この空の果てに何が待っているのか、あるいは何も待っていないのか。
その答えを知る者は誰も居らず、その答えを確かめる術も存在しないのだと、言葉としては外に漏らさず、表情と仕草だけで言いたいことを訴える彼に、けれども注目は集まらない。
魔境の外かつ都会以外なら、あるいは注目を――主に悪い意味で――集めることができたかもしれないが、彼等は既に魔境への帰還を果たしている。
そして仁は魔境にて色々な意味で有名。
故に彼が奇行に走ったとして、一瞥こそされるが、仁だと認識した時点でほとんどの住民が興味関心を失い、素通りしてしまう。
そのことは仁も理解しているが、理解することと納得することは別問題。
基本、自己完結型の変態である仁に他者への承認欲求は皆無。
親しい相手、認めて欲しい相手がまったくいないわけではないが、赤の他人に何と思われようと表面上はともかく、内心では気に留めることさえない。
そのため、魔境の住民たちに素通りされたところで彼の心に傷が生じることなどあり得ない――が、内側はともかく、外側では激しく動揺した素振りを見せ、わざとらしく狼狽しながら理香に縋り付く。
「理香さんよ、理香さんよ。俺はどうしてみんなに無視されてしまうのかね?」
「アンタがバカだからよ」
「そんなバナナ!? アストよ、アスト! 我が愛しの娘子よ! ユーならば何故ミーがこのような目に遭うのか、具体的な説明を五文字で可能なはずなり!」
「バカだから」
「うむ。見事だ、ピッタリ五文字。流石は我が
「恥ずかしいって、アンタに羞恥心なんて存在しないでしょう」
「ついでにぃ~、噂されたところでぇ~、何も感じなさそうですぅ~。むしろぉ~、ノリノリでぇ~、噂に背びれや尾ひれを追加しそうですぅ~」
「何故にわかった。さてはお主ら、超能力者だな! 俺の知らない内に超能力開発研究所で新たな能力を得てレベル5に到達しているな! ちなみに俺はレベル7です」
「レベル6を超えていますねぇ~。というかぁ~、ますたぁ~にぃ~、超能力なんてあるんですかぁ~? いえぇ~、私たちを創っている時点でぇ~、ある意味では超能力者と言えるかもしれませんがぁ~」
「だそうだが、理香ちゃんよ。俺ってどういう能力があるんだ? 説明してくれると助かるんだが。というか助けてください、お願いします」
「アスト、連れ帰りなさい」
「あいあいまむぅ~」
「ほえ?」
電車内で何かあったのか、それとも単に疲れている中でこれ以上、仁の無駄話に付き合いたくないという点で同意したのか。
理香の指示に素直に従い、アストは仁の腕を掴んで実家へと歩き出す。
抗うことは容易にできたが、疲労感は仁の中にも確かに存在しており、ここで何かするよりも家に帰って寛ぐ方が建設的と考えた彼は同じく帰路に就く理香へと手を振りながらアストと一緒に自宅を目指す。
「そういえばアスト」
「なんですかぁ~?」
「今回はご苦労だったな。お前のおかげで随分と助かった。ありがとう」
「――いいえぇ~、アストロゲンクンシリーズの末妹としてぇ~、当然のことをしたまでですよぉ~。それよりもぉ~、ますたぁ~、色々と中途半端な結果となってしまいましたがぁ~、報酬はちゃんと頂けるんですかぁ~?」
「そこは校長と交渉済みだ。まっ、仕事ランクはBといったところだから、少しだけ報酬も安くなるかもしれないが、さほど問題はない」
「そんなランクが存在したんですかぁ~。初耳ですぅ~」
「当然だ。何故ならばランク云々は今、俺が唐突に言い出したことなのだから。まあでも仕事の経緯及び結果によって報酬が多少上下するのは仕方のないことだ」
「満足の行く仕事ができない人にはぁ~、報酬も安くなるということですかぁ~、公務員さんたちと違ってぇ~、安定していませんねぇ~」
「まあ公務員さんたちは安月給でコキ使われているからな。安定していると言っても言い換えればどれだけ働こうが給料は変わらないってことだし、俺から見ればご苦労様かつ絶対にやりたくないZE! って感じな職業だな」
「ますたぁ~らしいと言えばぁ~、らしいのでしょうがぁ~、公務員さんたちに失礼だと思わなくもありませんねぇ~、っとぉ~、おやぁ~? ますたぁ~、向こうに見覚えのある方々がいらっしゃいますよぉ~」
「うむ?」
アストが指差す先にいるのは、仁にとって幼馴染みの人外である神凪と華恋。
河童と鬼が仲良く歩く姿は魔境ではさほど珍しくない。
が、彼等が白昼堂々と一緒に外出しているのは十分に珍しい光景と言えるため、邪魔をするのは無粋と訴える本能を強靭なる理性で押さえ込み、素知らぬ顔をして話し掛ける。
「よう、神凪君、華恋ちゃん、久しぶり――と言えるほどではないが、数日ぶりだなと挨拶をしておこうと思いマッスル」
「仁。仕事。帰還。歓迎」
「てめえか。その様子だと無事に片付けられたみてえだな。相変わらず、しぶとさだけは私もてめえには敵う気がしねえ」
「失敬な。華恋ちゃんよ、今回ばかりは俺も死ぬかと思ったんだぞ、俺に死を覚悟させた相手は奴で五千三百三十八人目だった」
「多い――と言いてえところだが、てめえは親の都合で実戦経験だけは豊富だったな。そういう意味だと少ねえのか?」
「冗談。信頼。必要。皆無」
「わかってるよ。コイツが昔から意味のねえ嘘をつきたがるってのは。ったく、くだらねえ奴だぜ、本当に。そんな嘘をわざわざついてどうするんだか」
「うむ。嘘に意味を求めてはいかんということだ。それに嘘を嘘と悟らせないためには嘘の中に真実を含むのが一番。つまり俺の言っていることは偽りでありながら真実でもあるという二重のトラップ」
「お久しぶりですぅ~、神凪さんに華恋さんもぉ~。私のことを覚えてくれていますかぁ~? 覚えていなかったらぁ~、泣いちゃいますよぉ~?」
「ああん? ああ、誰かと思ったら、一号の妹か。一人だけ人型とか、なんつーか、それでいいのかって感じがしないでもねえ」
「特別。他機。不遇」
「そうでもありませんよぉ~。形がドラム缶でもぉ~、美少女でもぉ~、ますたぁ~が私たちに向ける愛情は変わりありませんからぁ~。というかぁ~、お二人はどうして一緒に行動されているんですかぁ~? もしかしてぇ~、デートですかぁ~?」
「――ッ! んなわけねえだろ! たまたまだよ、たまたま!」
「同意。買い物。偶然。遭遇。直後。合流」
「成る程ぉ~、つまりぃ~、華恋さんとバッタリ出くわしたところを私たちに見つかったということですかぁ~、一応ですがぁ~、納得できますねぇ~」
意味深に微笑むアストに、華恋は顔を真っ赤に染め上げながら犬歯を剥き出しにして威嚇を行う。
鬼の首魁の娘であり、膂力だけなら高校最強である彼女と正面からぶつかり合えばタダでは済まない。
それを承知の上でからかう姿勢を崩そうとしないのは、彼女がその程度のことで怒り狂ったりはしないことを知っているからか、それともいざという時は仁を盾にして逃げるつもりなのか。
どちらにしてもこのままでは危険を判断した仁は咳払いを行って彼女たちの視線を集め、凄くわかりやすく話題を別な物へと変える。
「それにしても、今回の仕事はマジで大変だった。何せ吸血鬼と遭遇したんだぞ。わかるかね、吸血鬼なんじゃぞ」
「吸血鬼? 確か蚊の親戚の分際で、鬼を名乗る意地汚え上に誇りも何もない腐った死体だったか」
「クラスメイトにハーフがいるのに、そういうことを言うのはどうかと思うが」
「冗談だよ。まっ、鬼の字を使っているのが気に食わねえのは事実だが。にしてもまた珍しい奴と遭遇したんだな。で、強かったのか?」
「強かったとも。一撃で天地を裂き、二撃目で海を割り、三撃目で俺を瀕死にまで追いやるほどの圧倒的な力の持ち主だった。だが俺は不屈の闘志で立ち向かい、仲間たちの協力を得たことで最終奥義を放つことに成功し、奴の穢れた心を浄化することでトゥルーエンディングへたどり着けた」
「真実。代弁」
「まあ小賢しかったのは確かですがぁ~、どういうわけか暴走状態に陥っていましたのでぇ~、倒すのは難しくありませんでしたぁ~。とはいえ再生能力持ちでしたのでぇ~、最後にはますたぁ~のお手製の掃除機で吸い込んじゃいましたけどぉ~」
「ああ、なんとなく想像がついた。吸血鬼はしぶといのが長所なんだろうが、相手が悪かったってとこか。まっ、私だったらこの拳一発で脳天を粉々にしてやっていただろうけどな」
「華恋。筋力。高校。最強」
「ダメですよぉ~、神凪さんってばぁ~。いくら相手が脳筋ゴリラ鬼女だったとしてもぉ~、女の子に筋肉モリモリマッチョウーマンとか言ってはぁ~、流石に憐れみを覚えてしまいますからぁ~」
「喧嘩売ってんなら買ってやるぜ?」
「嫌ですよぉ~、面倒臭いですぅ~。それにぃ~、どうせならぁ~、もっと格上相手に喧嘩を売ってくださいよぉ~。良い勝負ができそうな相手もしくは格下ばかりを相手にしてぇ~、格上に挑む気概も持てないようではぁ~、いずれ三下の小物にまで成り下がってしまいますよぉ~?」
「ハッ! てめえは私よりも強そうだから喧嘩を買おうとしてんだぜ? つーか、色々と隠してんだろ? 少しは手の内を見せたらどうなんだ?」
「私みたいなか弱い女の子を前にぃ~、そんなことを言うなんてぇ~、華恋さんも見掛けに寄らずぅ~、鋭いんですねぇ~」
「見掛けに寄らずは余計だ。それに、なんとなくだがてめえだって見掛けに寄らないんじゃねえのか?」
「うふふふふふぅ~」
華恋の挑発に対し、普段と変わらない笑顔の下に秘めたる感情は一体何なのか。
怒りや悲しみ、恨みや妬みや喜びや楽しみなど、わかりやすい感情ならば仁や神凪にも察することが可能であったが、アストが秘めている感情はそのようにわかりやすいものではない。
ただ、少なくとも良い感情ではないことだけはハッキリしており、女同士の不気味かつ不穏な空気より逃れるべく、仁とアストは近くのコンビニに退避する。
「フゥ。危なかったぜ。俺をここまでビビらせたのはアイツ等でちょうど一万人目だったと記憶していない」
「阿呆。発言。相手。無視」
「そんなことを言わんでくれたまえ、神凪君。俺だって無視され続けるのは辛いものがあるのだよ。如何にこの俺の心が鋼よりも強靭であったとしても、獣王の痛恨の一撃には耐え切れない。神凪君も海の竜の騎士を目指しているのなら、せめてワニやトドくらいは倒せるだけの怪力を身に着けないと」
「意味。不明。肉まん。所望」
「ういうい。まあ別にそれくらいは構わんが、きゅうりじゃなくていいのか?」
「気分」
「そうか。さては貴様は偽者だな。きゅうりを求めず肉まんを求めるなど、神凪君ならばあり得ないこと! 本物の神凪君は何処だ!? 隠しているとこの俺の五指より放たれる五つの火炎弾がその身を焼き焦が」
言い終わる前に水の塊によって顔全体を包まれた仁はもがき苦しむ。
肺活量に自信があったとしても、唐突に呼吸を封じられてはそう長くは保たないであろうことは確実。
尤も、戦闘時ならまだしも、お仕置き程度の意味しか持たない水による制裁が彼の命を脅かすことはない。
そもそももがき苦しむということは、もがき苦しんでいる間は意識があるという証拠であり、加えて水を自由に操れる神凪にとって仁が完全に命尽きる前に水を取り除くことなど赤子の手をひねるくらいに簡単なこと。
だから安心して仁が苦しむ様を見下ろすことができ、頃合いを見計らって水を取り除いた彼は即座に繰り出された仁の反撃にも見事に対応。
振るった拳をあっさり避けられ、そのまま対峙する仁は少し前に行った神凪との勝負のことを思い出し、今度こそ明確な勝利を掴み取るためにと戦闘体勢に移りながら華恋同様に犬歯を剥き出しにし、余裕な雰囲気を醸し出している、無表情な神凪への威嚇を行った。
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