第三百九十話

 見つけた死体たちの確保は仁が担当。

 普通ならば持ち運び不可能な、仮に持ち運べたとして人目に付いたら通報されること間違いなしの死体の山を、仁は余っているカプセルの中に収納。

 とはいえ、彼が所有している余りのカプセルの数はそれほど多くないので一人に一つというわけにはいかず、十数人から数十人規模で収納するしかないことをあらかじめ謝罪してからカプセル内に入れていく。

「それ、本当に便利よね。関係者とかに見られたりしたら抗議どころか殴り掛かられても仕方がないような使い方だけど」

「他に運ぶ手段がないんだから文句を言われても困る。こんなところに放置されたままよりはマシだろう」

「言っておくけど、私は文句を言うつもりはないわよ。むしろ私にはできないことを平然とやってのける、アンタを羨望の眼差しで見つめてあげる」

「どうせなら愛情でも込めて欲しい。そして進化の道へ!」

「愛情で進化できるのはポケットに入るモンスターやデジタルなモンスターとかくらいなものよ。探せばもしかしたら他にもいるかもしれないけど」

「モンスターの育成、ねえ。やっぱり俺は擬人化した奴等より、如何にもモンスターな連中を調教して育成する方が好みだけどな」

 作業自体はさほど手間取らず、雑談しながらでも十分にこなせる程度には単純。

 一通り入れ終わった後は死体入りのカプセルがわかりやすいように印を付け、懐に入れてから手を合わせて死者たちへの冥福の祈りを捧げる。

「成仏しろ、とは言わんが、まあ後腐れなく向こうへ逝くことだ。未練を残してさまよっても大体は力尽くで排除されるだけなんだし」

「その辺り、容赦がない人たちが多いわよね。私たちも容赦する気はないけど」

「何も悪くないのに、虫けらのように殺される奴等なんて世界を探せばいくらでも見つかる。そいつ等にいちいち同情してもキリがない。まして死んだ後にこの世界に留まり続ける奴等なんて、力尽くで排除した方が世界のためだ」

「こっちはこっちの、向こうには向こうのルールがある、か。でも、そんなことを言う奴に限って、いざ自分が祓われる側に立ったら全力で抵抗しそう」

「生存本能、というわけではないが、消滅したくないという気持ちはまあわからないでもないからな。俺だっていざ、幽霊になった後に霊能力者とかに祓われそうになったら全力で抵抗するだろうさ。結果はともかくとして、な」

「……なんか嫌ね、そういうの」

「そういうって?」

「自分が死んだ後の話とか。事前に葬儀とか、そういう準備をしておくのを否定しているわけじゃないわよ。ただ、死んでから未練で成仏できず、私たちが倒している悪霊みたいなのに自分たちが成り下がる未来とか、あまり想像したくない」

「未練なく死ねる奴なんているかよ。いたとしてもごくごく一部、それもそういう性格の連中くらいだろうさ。大体の奴が、まだ死にたくない、まだやりたいことがある中で死んでしまう。その想いが強ければ強いほど悪霊になりやすい。それだけの話だ――おっと?」

 鳴り響く通信機の音に、仁は理香との会話を中断して対応。

 電波が届かない状況下での不意の通信に疑念を抱きつつ、通信機を耳に当てる。

「もしもし、どなたですかな? ちなみに俺は俺だ。俺以外の何物でもない俺だ」

『ますたぁ~、ご無事ですかぁ~? そんな逆オレオレ詐欺みたいな真似ができるんですからぁ~、無事だと確信できますがぁ~』

「むむっ、その声は我が愛しの娘ではなイカ。その声から判断してそちらも無事なようで何よりなり。で、どうやって通信を掛けてきた?」

『あははははぁ~、嫌ですよぉ~、ますたぁ~。そんな愛らしくて愛しさが溢れ出す、可愛らしくも綺麗で美しい愛娘だなんてぇ~。真実を言ってもぉ~、褒めたことにはなりませんよぉ~』

「うむ。我が愛情に一片の疑惑の余地無し。それはその通りなんだが、俺の疑問には答えてもらおうか。電波が届かない、閉鎖空間のような場所でどうやって通信を掛けてきたんだ?」

『それでですねぇ~、ますたぁ~、そちらの状況はわかりませんがぁ~、こちらは妙なのの襲撃を受けましてぇ~、これを軽く捻ったわけですよぉ~。でもでもぉ~、それ以外の収穫はありませんでしたぁ~。困ったものですぅ~』

「ふむ。どうやらお互いに似たような状況のようだ。だが、こちらは襲撃者の撃破の他に、今回の事件の被害者たちの遺体を発見したぞ。褒めて褒めて」

『おおぉ~、流石はますたぁ~ですぅ~! 凄いですぅ~、素晴らしいですぅ~! 私はますたぁ~の娘として生まれることができてぇ~、本当に幸せですぅ~!』

「フハハハハハ。そうだろうて。で、どうやって通信を」

『それでですねぇ~、ますたぁ~。私はぁ~、どうにかしてこの空間から出る方法を見つけたわけですぅ~。でもでもぉ~、ますたぁ~たちの現在位置はぁ~、残念ながら特定できていないんですぅ~。ですからぁ~、ますたぁ~たちはますたぁ~たちでぇ~、自力で脱出できませんかぁ~?』

「ほほう。流石と言っておこうか――んっ? たち? アスト、お前、どうして俺と理香が合流したことを知っているんだ? 現在位置は把握できていないんだよな?」

『おっとぉ~、電波妨害がぁ~、これ以上の通信はぁ~、無理そうですぅ~。というわけでぇ~、向こうで合流しましょうねぇ~』

「おい、アスト――」

 一方的に通信が切られ、掛け直そうとしても通信不可能。

 尤も、どのような手段を用いて通信を行ったのか、どうやって彼等が合流したのか答える気がないアストに再度、通信を行ったところで得られる情報は無し。

 そう判断した仁は己の作品を信じ、敢えて何も聞かない道を選びつつ、先程のアストとのやり取り及び自身の想いを理香に伝える。

「――ってなわけで、俺たちは俺たちでここから脱出することになりましたとさ」

「アンタ、本当に親バカよね」

「否定はしないが、そういう理香ちゃんはアストを疑うのかね?」

「いいえ。私に対してはともかく、アンタに対して何かするような子には見えないし、思えないから、そこに疑いを持つ気はないわ」

「うむ。我が麗しの愛妹と比べると少しわかり難いが、アストはアストで素直な良い子であることに間違いはない。そんなアストを疑うなど、天が許して俺が許す」

「許すの?」

「別に疑いを持ってはいけないなんて法律はないし、そもそも相手の全てを全面的に信じろという方が無茶苦茶な話だ。好きな相手に嫌いなところがたくさんあるように、信じている相手に疑惑を持つことは決して間違ってはいない。要は疑いながらも信じ続ければいいだけの話なんだからな」

「それが一番、難しいことなんじゃないかしらね。で、ここから脱出する方法は何か見つかった?」

「見つかったと思うのなら、こんな風にどうでもいい話をして時間を潰したりはしないのではないだろうか」

「アンタなら例え方法が見つかっても無駄話しそうじゃない。違うかしら?」

「その通りだ! だが今回は違うなり。どうしたものかねー、と悩みながら異空間をさまよい歩く覚悟を決めたり」

「私は嫌よ。こんなところに閉じ込められて、野垂れ死ぬとか、いままで育ててくれたお義父さんに申し訳が立たないもの」

「俺とて御免被る。俺だけなら最悪、野垂れ死んだところで問題ナッシングだが、理香ちゃんには幸せに生きて欲しいと心から願っている。だからどうにかしてここから脱出しなければ」

「――アンタは」

 苦虫を噛み潰したようような表情で、理香は言い掛けた言葉を呑み込む。

 彼女が何を言わんとしていたのか、察するつもりもない仁は某青いタヌキ型のロボットが如くポケットから次々に道具を取り出しては放り捨てる。

 道具といっても全てカプセル内に収納されているので、何が入っているのか外からは判別不可能。

 仁自身、中身を全て把握しているとは限らず、もしかしたらこの状況で役に立つ道具が入っているかもしれないカプセルを捨てていることもあり得る。

 が、だからといって理香が迂闊に手を出すことはできない。

 仁の道具は便利な物が多い。それは理香も承知しているが、便利な道具というのは悪用すれば危険な道具に早変わりしてしまう。

 悪用する気が無いとしても、使い方がわからないまま使用してとんでもない事態を引き起こしてしまうというのは珍しくない事例。

 開発者である仁ならば対処法も考えてあるかもしれないが、理香では咄嗟の時に対処できない可能性が極めて高い。

 いざという時、本当に追い詰められた時は別としても、口はともかく手を出しては足を引っ張りかねないことを重々理解している理香は黙って彼の行動を見守る。

「コレでもない、アレでもない、そうでもない、とんでもない」

「仁、真面目に探しているの?」

「大真面目に。ちなみに無造作に捨てているように見えてその実、中身を全て把握している俺はキチンとこの状況で使えるかどうかを瞬時に見極め、投げ捨てているのでありましたとさ」

「本当に?」

「マジマジ、マジかもしれないンジャー。マジでレンジャー」

「そのレンジャー、魔法でも使いそうね。本当に魔法が使えるかは知らないけど」

「信じる心が魔法なのさ。もしくは優れた科学こそが魔法なのさ。実際、俺の道具の中には魔法だ云々言われても不思議じゃないものもあるし」

「あー。まあタイムマシンとかもう魔法の域よね。説明されてもわからないから原理とか聞く気はもうないけど」

「とか言いつつ、対抗心が芽生えたりしたらわからないのに説明を聞こうとするのが理香ちゃんの悪癖なのでしたっと」

 勢い任せで投げ捨てられたカプセルを、仁は咄嗟に手で掴み取り、地面に向けて叩きつけるように投擲。

 なお、勢いをつけようとつけまいとカプセルから道具が出てくるという結果は何一つ変わらず、カプセルが壊れることもない。

 それでも格好つけるように思い切り投げたのは、恐らくはノリで行っただけなのだろうと理香は呆れの眼差しを向けつつ、ため息をつく。

「そんな反応をしないでくれ、理香ちゃん。濡れてしまうじゃなイカ」

「アンタとは長い間、腐れ縁のような関係だけど、そういう類いの気持ち悪い発言には未だに慣れる気がしないわね」

「まあ普段から言っているわけじゃないからな。時々、悪ノリで言うことがある程度だから耐性を付けることができないんだろう。もっと常日頃から気持ち悪い発言を連発すれば耐性もできるんじゃなイカ?」

「本気でやめて。アンタが変態なのは周知の事実だけど、気持ち悪い変態じゃ――十分過ぎるくらい気持ち悪い変態だったわね。えっと、うーん。そう、気持ち悪い発言をするタイプの気持ち悪い変態じゃないというか、えーっと?」

「理香ちゃんよ。言いたいことはわからんでもないというか、わかりたくないというか、わかってしまったら心が傷付きそうだから敢えて何も言わないが、とにもかくにもこれを見たまえ!」

「うん?」

 カプセルから道具が出された際に生じた煙が時間経過とともに消え去り、中より現れたソレを手にした仁が胸を張りつつ、理香へと突き付ける。

 自信満々な彼の態度により、ソレがここから脱出するための切り札なのであろうことは容易に窺えるのだが、しばらくその道具を見つめていた理香は疑問符を浮かべながら口を開く。

「コレ、なに?」

「超時空移動装置マックロスベータ」

「なんだか要塞っぽい名前ね。いえ、要塞というより戦艦かしら?」

「失敬な。このマックロスベータはあらゆる場所と場所を瞬時に繋げることができる、優れものなんだぞ。まあ消費電力が半端じゃないから、いつも使えるわけじゃないんだが」

「そんな便利な物があるなら、もっと早く出しなさいよ」

「いや、だって俺、自分で言うのもなんだけど、物凄い数の道具を開発しているから全部は覚えていないというか、いざ、自分の目で見たら思い出すけど、そうじゃなければ脳の機能を妨げないために記憶の片隅に封印しているというか」

「まあいいわ。で、どうやって使うの? 見た目はただの真っ黒な光沢を放っているフラフープにしか見えないんだけど?」

「うむ。まずはこうやって地面とか壁とか、適当な場所に設置して」

「設置して?」

「んで、回り込んでからドーンとやるのだ」

「回り込んでからドーン――」

 仁の発言をオウム返しの如く繰り返す理香が現況を把握できたのは地面に置かれたフラフープの中に落とされた後。

 把握できても理解はできないまま、しばし呆然としていた彼女は自身が真っ逆さまに落ちていることを知ると女の子らしい、甲高い悲鳴を上げた。

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