第百十五話
道中、理香が目覚めなかったのか、目覚めた上で彼に背負われ続けたのか、定かではないが仁は彼女を家まで運び、師範代に事情を説明して彼女を託す。
帰り際、道場内を覗き込んでみると紗菜が師範にしごかれている現場を目撃してしまったので気配を消しながら撤退。
実の妹を堂々と見捨てる兄の所業に師範代が呆れながらも否定はせず、夜になる前に帰るよう促されたので忠告に従い、寄り道せずに真っ直ぐ帰宅。
アストロゲンクン一号に迎えられ、今日の出来事を報告しながら居間のソファーに腰を下ろすと不安定で妙な柔らかさと温かみを持つ感触が臀部より伝わる。
「――で、あにぃ。それはわざと? それとも天然? ちなみに前者ならヤるし、後者でもヤるからぶっちゃけ答えなんてどっちでもいいわよ」
「お前、確か師範にしごかれてなかったっけ」
「終わってから走って帰って来たに決まっているじゃない。にしてもやっぱり見てたんだ。気配がしたからいるのかなー、って思ったけど。見た上で助けずにその場から逃げ出すとか、どんなクズ兄よ。ヒロイン好感度がダダ下がりよ」
「仕方があるまい。俺ではどうすることもできないし、こっちはこっちで色々大変だったから疲れたんだ。というわけで俺は悪くねえ」
「何が大変だったのか知らないし、聞く気もないけど、わざとにしてもそうじゃないにしても退いたらどうなの?」
「ふむ」
ソファーにうつ伏せで寝ている、平べったい実妹の背中に尻を押し付けながら熟考すること五分。
疲労から無言となっているものの、そろそろ我慢の限界に突入しようとしていることを察した仁は最後に全体重を彼女の背中に押し付けてから立ち上がる。
「嫌がらせよね? 今のって間違いなく私に対しての暴力行為よね? あにぃってばいつからそんな鬼畜外道になっちゃったの? 私、嬉しい!」
「それはどうも。たまにはこういう形で報復するのも有りかなー、と思って実行に移してみた所存であります。ちなみに俺は鬼畜外道じゃありません」
「ならロリコンでシスコンの変態?」
「惜しい、ロリコン成分は極端に薄いんだよな、これが。むしろどうすればロリコン成分を強化できるのか、知りたいくらいだZE!」
「小さい娘を見掛けたらハァハァしていればいいんじゃない?」
「それはロリコンではなくただの性犯罪者だ。いいか、ロリコンとは単に小さな子に性的興奮を覚えればいいという単純な物ではない。ロリコンとは幼女を見掛けては愛で、しかし興奮せずに温かい気持ちと眼差しを持つ者を差すのだ。手を出すことはおろか、欲情することさえ許されない。それでも愛することができる者が紳士と呼ばれるとともにロリコンの称号を獲得できるのだよ、紗菜君」
「テキトーなことを言っているに一票」
『私も賛同致しますので二票となりました』
「んじゃ俺の票を加えて三票だな。今、仁君ファミリーの心が一つとなった」
「両親不在で一つになったとか言われても。それに仁君ファミリーじゃなくて影月ファミリーが正解でしょ。まあ二人がいても三票から五票になるだけだから結果自体は何も変わらなさそうね」
『マスター、今晩のお夕食は如何為さいますか?』
「美味いものを頼む」
「男体盛りか女体盛り、もしくはその両方で。老人子供も可。もちろん、人外や異界の邪神もウェルカム。みんな揃って美味しく頂いちゃうのが私の夢!」
『畏まりました』
紗菜の意見――存在を完全無視し、仁にのみ恭しく頭を下げて調理に取り掛かる一号を背後から強襲しようと起き上がるも、師範の特訓の影響で全身の筋肉と骨が悲鳴を上げ、悶絶しながらソファーに倒れ伏す。
指先一つ、動かすことが叶わない彼女を見下ろし、今ならば何をしても大丈夫と確信を抱くものの、後の報復を考えて調教を諦め、別の椅子に腰を下ろしながらテレビを点けて適当な番組を視聴する。
夕方頃の時間帯は子供向けアニメが多く、規制が厳しくなった現在ではロクな流血シーンも表現できないため、激しい戦闘が売りの漫画も色々な意味で台無しとなり、不満を露わに舌打ちを漏らす。
「あにぃ、アニメ見て舌打ちするなんて子供っぽいわよ。といってもあにぃはいつでも何処でも子供っぽいからそれほど気にならないわね」
「好きな物が貶されたら不機嫌にもなる。夕方じゃなくて深夜に放送すれば少しはマシな出来になったんだろうか。同時にクソアニメはどの時間帯に放送してもクソアニメから脱却することはできない気もする」
「まあ原作がどう考えても十二歳以上――ううん、下手すると十五歳以上向けの作品を無理やり子供向けにしたらそりゃこうなるわよね。確か第三話でヒロインが殺されるシーンも省かれちゃったのよね」
「うむ。その後、機械に改造されたヒロインとの悲哀に満ちた戦いと復讐劇、そして何が何でもヒロインを取り戻そうとする主人公の熱がこの物語前半部分の主軸になっているんだが、ヒロインが殺されなかったせいでよくわからないオリキャラの投入、ヒロインを取り戻すためなら狂気と言えるほど暴走した言動をする主人公がただのイエスマンと化すとか、そもそもヒロインが空気とか誰得なんだ」
「アニメしか知らない子供たちには受けているみたいよ。その後、原作漫画を読んで泣き出した子供の親が作者に訴えたとか」
「……漫画を買って、読んで、泣いたから訴えるとか、素直に思考がイカれているとしか思えないんだが。大体、あの漫画は青年誌だぞ。その時点で子供が買って読むべきものじゃないってことに気付きそうなものだが」
「私たちみたいに親が半ば責任を放置している家族よりはマシなんじゃない? 父さんも母さんも忙しいのはわかるし、不満はないけど」
「お前の場合、両親不在の方が色々とヤりやすいだろうが。ヤっている最中に父親や母親が部屋に乱入して来ることもないんだし」
「あにぃはその辺を考慮してくれるから大好き。あっ、ヒロインの兄が主人公に何か命令しているわよ」
「誰だよヒロインの兄って。……誰だよ、お前! また新キャラか!? ヒロインは天涯孤独の設定だっただろうが! つーか、主人公もかなり悲惨な境遇だったはずなのになんで家族が生きている設定に変わってんだよ! お前等、前回まで登場してないどころか話題にすら上ってないだろうが!」
「ああ、文句を言いながらも一話から見ているの? そんなに不満が多いのなら見なければいいのに。見てもストレスが溜まるだけとか、本末転倒じゃない?」
「見ないで文句だけ言うのは俺の流儀に反する。ダメなものはダメと、キチンと見てから文句を言う。見逃した場合はネットで視聴すればいいし」
「それって法律違反じゃない。通報したら逮捕されるの?」
「期間限定の無料放送で見ているから問題ない。何度も見たいと思えるような内容でもないからな。だから誰なんだ、このキャラは!? なんでヒロインの兄(仮)とサブヒロインがくっ付いているんだ!? 主人公への淡い横恋慕はどうした!?」
「最近は三角関係もアウトらしいんだって。だからといって誰も相手がいないのは可哀想だから適当なキャラを作って恋人にしたんじゃない?」
「そっちの方が何倍も憐れだろうが! 製作側の勝手な都合でキャラの感情を塗り潰すんじゃない! それはもはや洗脳だぞ!」
アニメに向けて熱く叫ぶ兄を横目で眺めながらスマホ弄り。
激昂する仁に対してネット上でのアニメの評価は上々。
ただし評価しているのはアニメしか知らない層で、原作ファンは今の仁同様に怒り狂っていることが掲示板に記載されており、原作を知らないアニメファンと不毛な激論が交わされている。
中には熱くなり過ぎて人格否定を行う者まで現れ始め、荒れ果てた掲示板に呆れた彼女はネットサーフィンに走り、夕飯まで時間を潰す。
「フーン。あの女優が浮気かー。で、本人は否定していると。証拠が挙がっているのに言葉で否定することに何の意味があるのやら。自分が正しいことを証明したいのなら浮気していない証拠を挙げる必要があるのに。まっ、これも本当なのかはわからないのが情報社会の怖いところね」
ネットの海に漂う無数の情報。
真偽不明の如何にもな情報たちの内、正しいものを見抜くのは困難。
浮気の証拠が挙がっているという情報も正しいと断言はできず、あくまで噂程度の認識でなければ後々痛い目を見ることもある。
が、紗菜にとってそんなことはどうでもよく、写真が投稿されている女優の顔を見ている内に段々と己の中の色欲が騒ぎ出す。
中二病患者の如く疼き出す肉体。
疲労と痛みは未だ取れず、動きたくても動けない体を突き動かすのは滾る欲望。
限界を超えてなお動くことを肉体に強要し、体を動かすための原動力を精神に与える心の力。
だが如何に彼女の心が限界知らずであろうと、限界を超えて肉体を動かせる時間には限りがある。
長距離移動は不可能。下手をすれば自室にたどり着く前に力尽きてしまうかもしれないため、外出そのものが無謀。
すなわち狙える獲物はただ一人。血の繋がりに疑いを覚えたことなどない、正真正銘の実の兄だが、それ故の背徳感が彼女の情欲を刺激する。
乾いた唇を舌で舐め、嫌いなアニメを見終えた彼を上空から強襲。
まともに動けない肉体でほとんど予備動作無しに大きく跳ね、頭上を取った彼女の業は掛け値なしに褒め称えられるべき見事なもの。
惜しむらくは欲望のままに振る舞ってしまったがため、全開時で強襲しても苦戦する程度の力を兄が有していることを忘れていたことか。
更に言えば仁が自身の妹がどういう性格なのかを把握しており、例え動けずとも完全には気を緩めていなかった点も大きく、強襲は奇襲として成立せず、瞬く間に組み伏せられて地面とキスする羽目となる。
「――あにぃ、私、動けないくらい疲弊しているの」
「知ってる」
「とっても痛いの。全身が悲鳴を上げるくらい痛いの」
「わかっている」
「だから助けて」
「断る」
「鬼! 悪魔! 鬼畜! 妹萌え!」
「寛容な兄は妹の言葉を否定しない。ただ、聞き流すだけだ」
「それの何処が寛容なのよ! 一発くらいいいでしょ! 減るもんじゃないんだし!」
「お前は減らないかもしれないが、俺は減る。主に元気が奪われる。だからお前を押さえつけている。理解できたか?」
「理解できても納得したくない! いいじゃないの、兄妹なんだからこれくらいのスキンシップは日常茶飯事でしょう!」
「お前の兄弟姉妹感を根本的に叩き直したくなってきた。だが恐らくは何をしても無駄だろうから何もしない。無駄なことは嫌いじゃないが、足掻きですらない本当に無意味なことはしても仕方がない」
「じゃあ放して! 真面目に痛くなってきたから解放して! 今日はもうあにぃのことを襲わないって誓うから!」
「先に言っておくが、俺はお前のその言葉をまったく信用していない。信じられる要素が完全に無だから、襲ってくることを前提に解放する」
「やだ、あにぃ。なんだか格好いい。でも、そんなことを言われた私が真っ向からあにぃのことを襲おうとすると思うの!」
肉体を解放された紗菜が海老のように跳ね、彼の腹部に衝突して体勢を崩す。
その勢いのままに仁を押し倒して上に乗るが、宣言通り警戒していた彼は素早く彼女を押し退け、逆に押し倒すと関節技を極めて身動きを封じる。
完全に動けなくなった彼女に加えられる制裁。
極められた関節から脳へ伝わる激痛に悶絶し、涙ながらに叫ぶ彼女に一切の慈悲を与えず、粛々と罰を与える。
「あ、あにぃ! 容赦ない、容赦なさ過ぎ! これは本当にマズいから!」
「大丈夫だ。どれくらいやれば壊れるか、ちゃんと把握している。それにお前は俺の自慢の妹だけあって、普通の少年少女より頑強だ。この程度では壊れない」
「壊れなければ大丈夫とかいう発想は間違っている! むしろ壊れない方がより長くて強い痛みが走ると思うの!」
「だろうな。そもそも痛みを与えるために極めているのに、痛みが走らないと何のためにやっているのか、わからなくなる」
「じゃ、じゃあ痛くない! もう痛くないからそろそろ終わりにして!」
「ほう。そうか。ならもう少し強くしても問題ないな。こういう時は至福の悲鳴を上げろとかサディスティックな顔をして言ってやるのが通な愉しみ方?」
「知らない! 知らないけど本当に痛い! なんか超えちゃいけない一線を越えそうになるくらい痛い! このままだと変な方向に目覚めちゃいそうだからやめて! でも目覚めたら目覚めたで色々愉しめそうだからやめないで欲しいかも!?」
「……うーむ」
本気の涙も悲痛な叫び声も与えられる刑罰を止める理由とはならない。
しかしもしも彼女がそちらの方向に目覚めてしまった場合、現状と比較してどちらの方が被害が少なくなるのか。
無慈悲に関節を極めながら考え、新たな属性に目覚めたらそれはそれで始末が悪いと結論を下したことで再び彼女を解放。
痛みが色欲を上回ったのか、三度目の強襲はなく、定まっていない瞳で虚空を見つめる彼女の頬を叩いてみても反応は無し。
この程度で懲りるのならとっくに懲りているので、痛みで彼女の性格と色欲を矯正することは不可能と諦めている仁はソファーに彼女を寝かせてテレビを視聴。
次の番組へ移行したものの、子供たちのためのアニメタイムはまだ継続中。
画面に映っているのは原作も子供向けに作られている作品であり、平和だが冷静に考えると殺伐としている奇妙な世界観のアニメを無言で視聴し、これが許されるのならば何故あの作品は改悪されたのかと首を傾げながら最後まで視聴を続けた。
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