第百十一話

 ホラーハウス『ほらぁゲーム』内に足を踏み入れた仁と理香の前に現れる恐るべき怪現象の数々。

 壁から生える無数の真っ白な腕、血の海に漂う生首、車椅子に乗った下半身のない包帯塗れの少女、体の至る所から虫を湧かせている動く死体。

 あまりにもリアルな造形と演出に、人外が集まる魔境出身の彼等も悲鳴こそ上げないが背筋を凍りつかせて震え上がり、そしてホラーハウスとして文句なしの評価を下すことができるためか、場違いな拍手を送ることもしばしば。

 それでも勇気を振り絞って奥へ進み、扉を開けた二人を熱気が襲う。

 開けた扉の先、道自体に変化は無いが、左右の壁から流れ出るは煮え滾る溶岩。

 滝のように落ち、川のように流れる灼熱の液体は本物さながらの熱さを持ち、触れれば火傷は避けられない。

「ホラーハウスに溶岩って、そんな演出、聞いたこともないんだけど?」

「まあ溶岩かはともかく、ホラーに炎は付き物ってことだろう。ほら、洋館とか街とか宗教組織とか、色々な場所が最終的に爆発して消滅するわけだし」

「炎じゃなくて爆発じゃない。それに炎が付き物だとしても、アトラクションでこんなに熱くする必要があるの?」

「製作者のこだわりじゃなイカ? 同じ物作りとして拘りには共感できるぞ」

「私は物作りじゃないから共感できないわね、ったく。熱いわね、本当に」

 文句を言いながらも他に道がないため、真っ直ぐ進む理香の後ろに付いて行く。

 隣に並んで歩かないのは左右の溶岩を警戒してのこと。

 物作りとして拘りを持って制作したのならば、左右の溶岩は室温を上げる以外の目的があると判断したがため。

 彼の考えは的中し、溶岩の中より燃え上がる人型の何かが雄叫びを上げて理香に抱き着く――寸前で彼女の回し蹴りに迎撃され、上半身と下半身が分断され、溶岩の川の中へ落ちる。

「――思わず蹴っちゃった。これって正当防衛が成立するわよね?」

「んー。まあ炎塗れで抱き着こうとしたのは向こうだし、そもそもアレは人間じゃないから気にしなくていいんじゃないのか?」

「人間じゃないって、それじゃあこれってロボットなの? その割には手応えが生々しかったんだけど」

「ロボットでもないな。コイツは確かフレッシュゴーレムとか呼ばれている奴だ」

「フレッシュゴーレム? ゴーレムって土とか岩でできた人形のことでしょう?」

「普通のゴーレムはそうだが、フレッシュゴーレムは動物の死肉とかを組み合わせて作る肉のゴーレムだ。普通のゴーレムとは一長一短だが、使い勝手はそれほど悪くないから割と使われているらしい」

「らしいって、想像はつくけどそんな知識、何処で知ったのよ?」

「製造及び運用方法が記された本が保険医の部屋にあった」

「でしょうね。保険医も作ったことがあるのかしら?」

「試したことくらいはあるんじゃないのか? まあゴーレム程度じゃ保険医に使い潰されて終わりそうな気もするが」

 上半身だけになったフレッシュゴーレムが溶岩の中より飛び出し、再び理香を炎に包み込もうとするが、気配を察していた仁に蹴り上げられ、落下したところを踏み砕かれて動きを停止。

 靴の裏で入念にすり潰している間、生じた隙を好機と勘違いした下半身の強襲も難なく理香が対応し、股間を蹴りで打ち砕く。

「えげつないな」

「すり潰しているアンタに言われたくないわよ」

「だからって急所を壊さなくても。男でも女でも痛いんだぞ、そこは」

「ゴーレムに痛覚なんてあるの?」

「あったら欠陥品もいいところだな。求めているのが戦闘能力じゃなくて、芸術品としてのゴーレムならそういう悪趣味な機能を付けることもあるかもしれないが」

「悪趣味の権化のアンタがそれを言うの」

「失敬な。俺は悪趣味なんかじゃないぞ。ただ、ちょっとばかり他人とは趣味嗜好が違うだけだ。普通の人型も創ろうと思えば創れる」

「フーン? その割には創ろうとしないじゃない。どうして?」

「趣味嗜好が違うと言った。ちなみにもしも創ることになったら確実に美少女型を創ると思いますので、参考までに理香の体を隅々まで調べさせて頂けませんか?」

「溶岩の中に沈むのと、そこのフレッシュゴーレムみたいに壊されるのと、好きな方を選んでいいわよ?」

「冗談ですから本気にしないでください。そしてゴメンナサイ」

「はいはい。許してあげるわよ」

 予定調和な和解を済ませ、股間を粉砕された下半身の膝を踏み砕いて動けなくさせた後は溶岩の中へ戻す。

 沈み、流されていくフレッシュゴーレムの残骸を見送り、彼等も奥へ進んで行けば入口同様の真っ黒な扉が行く手を遮る。

「さて、フレッシュゴーレムなんて珍しいものの次は何が出てくるのかしら?」

「鬼か蛇かそれ以外か。最悪なのは神凪君たちと鉢合わせすることか?」

「あー、確かにそれが最悪のパターンね。盛り上がっているところに水を差さないよう、客同士が遭遇しないような造りになってくれていると良いんだけど」

「それは客次第としか言いようがないな。前の客の進み具合が遅く、後ろの客が早過ぎれば追いつくこともあるだろう。せめて複数のコースに分かれていれば前の客に追いつく可能性は低くなるんだが」

「ここまでずっと一本道だったものね。っと、ここは暑過ぎるから、話すのはこれくらいにして進みましょう」

「んじゃ、俺が開けるから理香は後ろに。さっき開けたのがお前なんだから、文句は言わせないぞ」

「はいはい。文句なんか言わないわよ。だから早く開けて」

「ういうい」

 開かれた扉の先には熱気は存在せず。

 代わりに漂うのは冷気に似た不気味な気配。

 暗い月夜に照らされる墓地。部屋中を埋め尽くす十字架型の墓と、墓守らしい男性がツルハシを担いでうろついている。

「なんでツルハシ?」

「さあ? 墓守じゃなくて墓荒らしなんじゃないのか? もしくは墓荒らしが目的で墓守をしているとか」

「普通に墓荒らしをすればいいじゃない。墓荒らし自体、罰当たりな行いだけど」

「だな。で、話し掛けるのか?」

「嫌よ。どう見ても罠じゃない。楽しみたいのなら話し掛けるべきかもしれないけど、なんか嫌な空気だから先に行きましょうよ」

「まあそうだな。ホラーハウスで墓地なんて、何が出てくるのか、大体読めるし」

 うろつく男性に気付かれないよう、足音を殺して歩く二人が墓地の中央付近に到着した頃にうろついていた男性が足を止め、墓に向けてツルハシを振り下ろす。

 石造りの十字架に直撃したツルハシが壊れ、衝撃で破損した墓が自壊するように崩れ落ちてから数秒。

 男性の足元より腐った肉と骨の手が生え、彼を地中へ引きずり込む。

 一部始終を目撃していた仁は胸元で十字を切り、祈りを捧げながらついでにこの後に起こるであろう展開を想像。

 理香も彼と同じようなことを考えていたのか、げんなりとしながら頭を抱える。

「走るべきか、それとも歩いて進むべきか、どっちだ?」

「前者で。後者ならある程度は待ってくれそうだけど、結局は追われることになりそうだもの。まあ走ったところでどうせ間に合わないでしょうけど、蹴散らしながら止まらなければなんとかなるんじゃないかしら?」

「同意。行くぞ」

「ええ」

 静かに頷き合い、走り出した彼等に反応して地面から飛び出る動く死体。

 老若男女様々だが、生きている者は一人もおらず、理性の失われた瞳やそもそも眼球が存在しない目が彼等を標的と定めて飛び掛かる。

 死んでいるが故に己の身を省みず、人間が耐えられる限界を優に超えた怪力で彼等を地中に引きずり込もうとするゾンビの群れを、火事場の馬鹿力で振り払い、出口たる真っ黒な扉を蹴破って縺れ合いながら転がり込む。

 黒の扉を抜けた途端に消滅するゾンビの肉片。

 彼等の足を掴んでいた骨と皮の腕も次の部屋に入った瞬間に消滅しており、安堵しながら立ち上がった二人は抱き着いた状態であることを認識し、慌てた様子でどちらからともなく離れる。

「……えっと、わ、悪い」

「こ、こっちこそ、その――うわぁ」

 照れた声から一転、呆れと恐れとやるせなさが内包する声に顔を上げた仁が理香の目撃した物を見て彼女と似たような表情を浮かべてため息を吐く。

 墓の部屋の次は洋室。元々は豪華絢爛だったのだろう埃が蓄積された薄汚れた部屋に散乱する無数の人形。

 アンティーク・ドールとしての価値が非常に高かったことが窺える細かな造形の人形たちは一様に欠損し、破損した人形たちの瞳が一斉に侵入者へ向けられる。

 襲い掛かってくる気配がないのは不幸中の幸いか。

 しかし意思を持っているかの如く眼球だけを動かし、欠損した体で無理やり動こうとしている様は精神的な恐怖をもたらす。

「……ねえ、仁」

「俺は直さない。そしてお前が直すなんていう残虐非道な行為を見過ごすわけには行かん。物作りとしてそこだけは譲れん」

「まだ何も言っていないでしょう! それにどうして私が直そうとすると残虐非道な行為になるのよ!」

「本気で言っているのか?」

「……自覚はしているけど、こんなたくさんのお人形さんたちをこのまま放置するなんて、可哀想だとは思わないの?」

「演出のためにわざとこういう風に作ったに一票。アイツ等も何かしらの理由で壊れて今の姿になったんじゃなく、初めから壊れた状態で作られたんだとしたら色々と諦めがつくだろう。むしろ直す方が奴等にとって失礼に値する」

「そう? 私には元々は普通の人形だったけど、事故やら事件やら色々な理由で壊されたから、怨念に塗れちゃったように見えるけど。ほら、あの一番小さな人形の瞳とか、アレはたぶん、愛を求めている者の眼よ」

 掌を理香の額に当て、自身の熱と比較。

 溶岩地帯にいたことや全力でゾンビたちから逃走したことが重なり、平熱よりも高いと診断できるものの、意識が朦朧とするほどの熱ではないと判断。

 ならば知らない内に薬を投与されたのかと、これまでの道のりを振り返る彼の思考を見透かしてデコピンを打つ。

「痛いぞ、理香ちゃん」

「私は正気だから。たくさんの人形を見て子供の頃を思い出したのよ。ほら、あの中に私の人形とかがいたら面白そうじゃない?」

「ホラーな展開としては有りだが、人形が自分の意思でやって来ない限り、お前の家から人形を持ち出すのは困難だろう。なにせあの家、というか隣にある道場には大抵、師範か師範代がいるんだから」

「じゃあ私の人形が自分の意思でやって来たの?」

「そもそもお前の人形が壊れていないだろうが。夜中に動き出す怪現象にでも見舞われたのか? 今なら格安で除霊を引き受けてやるが」

「そうなったら自分でやるから、頼んだりしないわよ。ところで仁、一つ、気になることがあるんだけど」

「奇遇だな。俺も気になることが一つある」

「なら私の気のせいじゃないってことね。……なんだかわかる?」

「さあな。調べればわかるかもしれないが、調べなくてもわかることがある」

「それは私にもわかるわ。わかりたくてもわかりたくないことだってことも」

 洋室の中に一つだけ張り付けられている窓ガラスは透明で、外の様子がハッキリと映し出されており、何処を見ても汚れ一つない。

 が、彼等が気にしているのは窓そのものではなく、窓より中の様子を覗き込んでいる巨大な瞳。

 次の部屋へと続いている漆黒の扉は巨大な瞳が映る窓のすぐ傍にあるため、近づかざるを得ない。

 恐る恐る距離を詰めて行けば瞳が急に消え、代わりに肌色一色が窓から見える景色を埋め尽くす。

「――走るぞ!」

「ええ!」

 叫び、走り出すと同時に天井が崩壊。

 震災が如く、大きく揺れ動く大地と二人を覆う巨大過ぎる影。

 それが何かの掌だと察し、掴まれたら死は免れないと直感した二人は漆黒の扉を体当たりでこじ開けて突入。

 背後に響く轟音も扉が閉まると聞こえなくなり、立ち上がった彼等を迎えるは和風な造りの一室。

 新品同然で誇り一つない部屋は先の洋室と何もかも真逆。

 強いて怪しい点を挙げるとすれば、部屋の中央で正座中の、マスクを付けて口元を隠した髪の長い女性くらいなもの。

 異様なほどに伸びた髪と後頭部から漂う腐臭。

 切れ長の目がまばたきを行うことはなく、二人を凝視するその瞳が彼等からそらされることはない。

「口裂け女と二口女、どっちだと思う?」

「たぶん、二口女でしょ。まさか『夢の国』で人外がバイトしているなんて、生活が困窮しているのかしら?」

「二口女は大食漢なことで有名だからな。普通に働いても食費だけで給料が消えることも珍しくないらしいし、中には空腹の余り、ゴミを漁っている奴もいるとか」

「あー、だから後ろがあんなに臭いのね。納得。あの、良かったら今度、何か差し入れを持ってきますけど」

 掛けられた同情の声に女性は無反応。

 バイトか正社員かはわからないが、仕事中に客と必要のない言葉を交わそうとしないのはプロ意識の為せる業か。

 無視されたことに最初こそ憤りを覚えたものの、彼女の強い意志を秘めた瞳を見たことで彼女の本気を理解し、逆に不用意に声を掛けてしまった自らの所業を反省して詫びの意味も込めて後日、おにぎりなどを作ってくることを決意。

 その隣で人外とはいえ、幼馴染みが一つの命を奪おうとしていることを察した仁は彼女の決意を踏み躙ることになってでも理香の暴挙を食い止める覚悟を決め、和室の支配者であり、話題の中心にいながら蔑ろにされている女性は己に課せられた役割を果たすべく、無言で立ち上がった。

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