第百十話

 デート中、たまたま発見した移動販売のクレープ屋にてクレープを購入。

 神凪と美鈴はそれぞれが別の味を購入し、ベンチに座ってのんびり食す一方、理香が金欠で仁もさほど金銭に余裕があるわけではないため、一つのクレープを二人で分けて食べる。

 ただ、彼等の主目的は二人の尾行。

 故に神凪たちがクレープを食べようと、仁たちまでクレープを食べる必要など微塵もない――のだが、二人は尾行に集中しながらも一口ずつ交互にクレープを食べて糖分を始めとした栄養を補給する。

「んー。美味しいけど、私としてはイチゴの方が好みね。まあ余計な物がないシンプルなバニラもたまにならいいけど」

「俺の金で買ったクレープに文句でもあるのか」

「無いわよ。ご馳走様。クレープ代の半分もちゃんと払うから、合計金額をメモしておかないとね」

「要らんと言っている。これも俺の奢りだ。ありがたく享受せよ」

「それじゃあ私の気が済まない――ターゲットが動いたみたいね。行くわよ、仁」

「ラーサ」

 ゴミはゴミ箱へ片付けて尾行再開。

 商店街を歩いて回り、見知ったおじさん、おばさんたちに声を掛けられ、応対しながらも追跡を続けること早一時間。

 買い食いを楽しんでいた二人は現在時刻を確認後、近くのバス停まで歩き、到着と同時にやって来たバスへ乗り込む。

「ちょ、ちょっと仁! 二人ともバスに乗っちゃったわよ!」

「狼狽えるな、理香。同じバスに乗れば流石に気付かれるだろうから、あのバスに乗るわけにはいかん。だからもうストーカー行為はやめて退散するべきだと思う」

「ここまで来て何を弱気なことを言っているのよ! 早く追わないと見失っちゃう!」

 スマホで現在位置を確認できる以上、見失うことなどほぼ無い。と、理香が失念している情報を伝えるべきか、考えている間にバスが発進。

 慌てふためく理香とは対照的に、落ち着き払いながら自動販売機で購入したお茶を飲む彼に怒りを覚えたのか、やや乱暴に掴み掛かる。

「仁! まさか本当に二人の尾行をやめる気なの! ここで諦めたら散って行った黛に申し訳が立たないとは思わないの!?」

「まったく。黛が散ったのは自業自得だし、何より、俺はあの二人がどうなろうと知ったことじゃない。まあ刃傷沙汰に発展するなら流石に放置はしないが」

「アンタねえ、親しい友達の三角関係っていう、当事者ではないけど、完全に無関係でもない絶妙な距離から見物する世俗的な愉しみを何だと思っているの!?」

「お前が友達を何だと思っているんだ、ってツッコむ場面か? というか理香よ、昔と比べて結構邪悪に染まっている気がしてならないんだが」

「気のせいよ! もしくは成長の証よ! 最近読んだ、ドロドロの少女漫画がちょうどこんな感じで面白かったから、その影響かも?」

「あー、少女漫画って少女が読むにしてはドロッドロな展開が多いんだよなー。まあ少女も女だから、安全圏から複雑な他人の恋愛を見るのが楽しいのか?」

「そんなことより! こんなところで無駄話をしている時間はないわ! 早く二人を追いましょう! あのバスが何処に向かうのかがわかれば――」

 差し出されたスマホに表示される二人の現在位置。

 彼のスマホの機能を思い出した理香は数瞬、硬直。咳払いをして色々誤魔化しながら、何かを振り切るように走り出す。

「い、急ぎましょう! いくら二人の居場所がわかっているといっても、距離があり過ぎると何をしているのか、わからなくなっちゃうから!」

「やれやれ。お付き合いしますよ、お姫様」

 肩をすくめながら駆ける理香に追走。

 暴走気味な思考が筋肉のリミッターを外したのか、通常時より速度を上げて走る理香に必至に追い縋り、全力を超えた疾走の代償として壁に背を預けて座り込む。

「ハァ、ハァ、こ、ここに、二人がいるの?」

「ハァ、ハァ、ま、間違いなく、な。定番といえば、定番だろう」

 建物の陰より身を乗り出す二人の眼差しの先にあるのは『夢の国』と名付けられた、子供から大人まで幅広い層に愛され、デートスポットとしても有名な遊園地。

 子供たちに夢を与えることを目的とされているため、良心的な値段で遊ぶことが可能な反面、飲食物は非常に高額。

 ただし飲食物の持ち込みは禁止されておらず、責任を全うするならば飲食物を大量に持ち込むことも可能。

 尤も、持ち込んだ飲食物に対して責任を全うできなければ、無理やりにでも責任を全うしなければならなくなるため、無謀なことを行う者はごく稀だが。

「夢の国って入場料いくらだったかしら?」

「入るだけなら高校生は一人五百だったはずだ。二人で入るなら千一つで十分」

「……後で、ちゃんと払うから」

「こういう時に格好をつけられるのが男の子らしい。というわけで今回も俺が払うから、お前は気にするな」

「だから、それじゃあ私が納得できないんだってば!」

「じゃあ尾行をやめて帰るか? 俺はそれでも構わないが」

「うううー!」

 意地悪な――彼女にとっては理不尽な二択に頭を悩ませる。

 これ以上、仁の財布に負担を掛けさせたくないのは本音。

 たかが千一つとはいうが、それはあくまで入場料だけだった場合の話。

 楽しめる場所がいくつもある『夢の国』に入って遊ばない選択肢などない。しかし『夢の国』で遊ぶためにはお金が不可欠。

 金欠の彼女には『夢の国』で遊べるだけの余裕はなく、否応なしに仁の経済状況に負担を掛けることになってしまう。

 さりとてここまで来ておきながら何もせずに引き返す道などない。

 二人のデートの結末を両の目に焼き付けなければならないという、ある種の使命感に駆られた彼女は苦渋の決断を下す。

「……お金が入ったら、絶対に返すから」

「奢りだ。素直に受け取っておけ。後で返されても俺は受け取らない」

「財布の中に捻じ込むか、一号に頼んで渡してもらう」

「前者は俺が隙を見せなければOKで後者は命令一つで済むが?」

「……どうしてそんな意地悪ばかりするの?」

「俺が理香に奢りたいから。っていう答えじゃ不満なら、理香が困っている顔を見るのが楽しいからってことで」

「アンタ、私のことを玩具か何かと勘違いしてない?」

「友達の恋愛模様を愉しんでいる奴に言われたくない」

 犬歯を剥いて威嚇しつつ、引き下がらないことを察した理香はどのようにしてお金を彼に受け取らせるかを考えながら二人で入園。

 喧騒止まない『夢の国』は家族連れ、恋人同士で来ている者が多く、中にはハロウィンで着るような仮装をしている者たちまでいる。

「って、仁、アレって」

「仮装じゃないな。基本的に『夢の国』はなんでもありな世界ってことになっているから、騒ぎを起こさずお金を払えば誰でも――何でも入園できる」

「どう見ても仮装じゃ済まないような人外たちもいるのに?」

「知らない奴は機械か何かと思って、知っている奴は見て見ぬふり、といったところか。まあ辛い現実を忘れて一時の『夢の国』に来ているんだ。野暮な発言はしない方が身のためなんだろう」

「そうね――っと、美鈴たちは何処かしら? この人混みの中だと見つけるのが難しいし、気付かない内に接近されちゃうかも」

「問題ない。位置情報は常に把握している。どうやらジェットコースターの方に向かっているみたいだ」

「絶叫系? それは是非とも乗らないといけないわね!」

 絶叫マシーンが好きなのか、鼻を鳴らして興奮する理香を、やはり何処までも冷めた目で見つめる仁は諦めたように本日、何度目になるかわからないため息をついて看板に描かれたジェットコースターまで移動。

 が、途中で引き返し中の二人を発見。咄嗟に顔ハメ看板に隠れ、意気消沈している神凪たちをやり過ごす。

「フゥ。まさかもうジェットコースターを堪能していたなんて。あの二人、意外とやることが早いわね」

「いや、アレはジェットコースターに乗って疲労した奴の顔じゃない。あの消沈具合から察するに、ジェットコースターには乗れず仕舞いだったんだろう」

「どうして?」

「ヒント、身長制限」

「――ああ、成る程」

 小柄な神凪の小さ過ぎる背中に向けられる同情の眼差し。

 消沈していたからか、敏感に反応した神凪が背後を振り返るも、彼の反応を超えた超反応を披露した仁が理香と一緒にゴミ箱の中へ飛び込んだため、難を逃れる。

「……どうした? 何か気になることでもあるのか?」

「視線。位置。不明」

「ふむ? 自意識過剰というやつではないのか? まあなんだ、さっきのことはあまり気にするな。この『夢の国』には他にも楽しめる物がたくさんある」

「気にする。否定。さっき。忘却」

「そうか。なら次は何処に向かうか。一番近いのは――」

 神凪たちが歩き去ること数分。

 ゴミ箱から出て来た仁と理香は服に付着したゴミを箱の中に入れ直し、狭いゴミ箱の中で密着状態だったことを忘れるべく、息を揃えて盛大に咳払い。

「ゴホッ! ゴホッ! と、とにかく二人を追いましょう、そうしましょう!」

「ガホッ! ゲホッ! ガボァッ! そ、そうだな! うん、そうしようか!」

 意識しないように努めることで逆に意識してしまう。

 わかっていても自分を制御できず、少し距離を開けながら神凪たちの尾行に集中することでゴミ箱内のことを忘れようとする。

「あっ、ほら、仁! あの二人、何か変な建物に入って行くわよ!」

「うん? えっと、ホラーハウス『ほらぁゲーム』か。お化け屋敷みたいだな」

「それなりに大きな建物みたいだけど、乗り物に乗って回る系なのかしら!?」

「わからん、が、この中に入るのか? ホラーはあまり得意じゃないから、あまり入りたくないんだが」

「日頃から慣れているのに、何を言っているのよ! 二人も入ったみたいだし、私たちも入りましょう!」

「お、おい、わかったから、引っ張るなって!」

 半ば強引にホラーハウス内へ引きずり込まれた仁が最初に覚えたのは違和感。

 この『夢の国』のアトラクションは全て入場前に料金を支払う、もしくは店員にフリーパスを提示する必要がある。

 が、彼等が入ったホラーハウスには受付がなく、店員の姿も見られない。

 とはいえ彼も『夢の国』の全てを知っているわけではないので、違和感を覚えてもそれは足を止める理由にはならず。

 真っ暗な建物内に、闇の中でもわかるほどの純黒の扉。

 手で押せば簡単に開く扉の先には物々しい空気の世界が広がる。

 外が『夢の国』ならば扉の先は差し詰め『悪夢の国』だろうか、生命の気配のない暗い雰囲気の世界に足を踏み出す。

「なんか不気味ね。まあ如何にもホラーな感じはするけど」

「学生が作った安っぽい三流お化け屋敷を期待していたら、想像していたよりも暗くて重い空気でビビっている自分がいる」

「嘘でしょ」

「うん」

「……変なことを言ってないで、早く行きましょう。あっ、でも、二人に追いつかないように進まないといけないわね」

「分かれ道も無さそうだから、直進すればOKか。けどいくら大きめの建物だったとはいえ、他の道を用意しないのはどうなんだろうか」

「迷ったりしたら大変だからじゃない? だからって本当に真っ直ぐ進ませるだけの造りなのは私もどうかと思うけど」

 閉められた黒い扉を背に、真っ直ぐ進む二人を歓迎する嘲笑。

 飛び交うカラスのような鳥たちが人間のような笑い声を発し、見下す目は彼等の神経を逆撫でする。

 空を飛ぶカラスたちに道具のない人間は何もできない――はずだったのだが、挑発された仁は遠慮なく跳び、カラスを捕まえて床に叩きつけ、踏み潰す。

 ナマモノだったらしいカラスは色々なモノを飛び散らせながら絶命。

 同胞の死に嘲笑を止めたカラスたちはその場より飛び立つも、嘗められたことに理香も怒っていたため、二人掛かりで全羽捕縛され、瞬く間に命を失う。

「――つい殺ってしまったが、後で怒られないだろうかと今更心配してみる」

「機械なら修理すればいいけど、ナマモノはそうはいかないものね。でもあまりにも私たちを嘗め過ぎたことへの罰ってことにはならない?」

「難しいだろうな。いくらムカついたとはいえ相手は生きたカラスだ。しかもここまで調教されたカラスを再び用意する手間暇を考慮すると、俺たちが支払うべき賠償金はかなりの額になるかもしれん」

「……どうしましょう?」

「ここは保険医に頼んでゾンビカラスを用意して貰おう。見た目の不気味さが増したことで更なる恐怖を演出できる、とか説得すればきっとなんとかなる!」

「本当に?」

「……なんとかなると、俺は世界の優しさを信じている」

「それはなんとかならないって断言しているのと同意よ。ったく」

 原形を留めているものから、もはや何の生物だったのかわからないほど醜悪な肉塊と化したカラスの死骸を踏みつけながら進行。

 血生臭くなってしまった手を使い捨ての濡れティッシュで拭き、奥を目指す彼等の前に突如として現れる赤い絨毯が敷かれた階段。

 足を止めた彼等の前に上から転げ落ちてくる真紅のドレスの女性。

 否、それは真紅のドレスなどではなく、元々は純白だったドレスが全身より流れ出る血液によって赤く染まってしまったもの。

 息絶えていることが一目でわかる女性を踏みつける三人の女たち。

 血塗れの刃物を手に、返り血に染まった豪勢なドレスを纏う彼女たちに軽く会釈を行い、彼女たちの反応を見ることなく仁たちは階段の横を通って先に進んだ。

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