第百一話

 先頭は仁、真ん中に理香、最後尾は東間。

 この布陣に理香が不満を露わとするものの、実戦経験が一番豊富という理由で仁は先頭を譲らず、男の子の意地の問題として東間も最後尾は譲らない。

 前者はともかく後者は東間のワガママに過ぎず、言い争うになり掛けるが一刻を争う場面で不毛な話し合いなど行っている暇はなく、理香が折れる形で先を急ぐ。

「通気口には近づくなよ」

「わかっているよ」

「むしろアンタが一番心配なんだけど。ヒャッハーとか叫びながら通気口の中に突撃して食われそうって意味で」

「失礼な。通気口の中にいるのが未確認宇宙生物なら喜んで飛び込み、食おうとしてきたところを逆に食ってやるのもやぶさかじゃないが、未知の植物相手にそんなことをする勇気は湧かない」

「後半の言葉には納得できるけど、前半の言葉が色々と台無しにしているわね」

「仁、ゲテモノ食いはあまりお勧めしないよ。美食の探求にも限度を設けないといつの日か食人衝動に駆られるようになっちゃうかもしれないんだから」

「そこまで悪食のつもりはない。泥とかも食べたことはないし、せいぜいカップ焼きそばのお湯を捨てずに飲む程度だ」

「理香の手料理を残さずに食べている時点で僕たちは既に引き返せないレベルの悪食だってことを忘れちゃダメだよ」

「どういう意味よ。いえ、言わなくていいわ。自覚はしているから。もう本気で世界中を旅してドラゴンボ○ルを集めて私の不器用さを直してもらおうかしら」

「そこは超ドラゴンボ○ルが必要になると思うぞ。割とマジで」

「夢が広がるよ。本当にあれば全力で集めたのに。これがない物ねだりに過ぎないことも十分にわかっているけれど」

「……そこまで言われると流石に腹が立ってくる――」

 轟音を響かせながら壁を突き抜けて出現する複数の太い触手。

 襲撃を予期していた仁は死体から拝借した銃で応戦し、一番近くにいた理香を捕縛しようとする触手を撃ち落としていく。

 銃撃を浴びて怯み、先端部を失ったことで壁の中に引っ込んでいく触手たち。

 追うなら今しかないと壁の中に入ろうとする理香を東間が後ろから羽交い絞めして引き留める。

「なんで止めるのよ。今ならたぶん、本体のところに行けるのに」

「無茶は禁止。僕たちの目的は植物の化け物を倒すことじゃなくて、黛を助け出すことなんだから、無用な戦闘は極力避けないと」

「通気口だけじゃなくて壁を壊して現れたのよ。アレを放って探索を続ければこの先、何度も邪魔されることになるわ」

「君の言い分もわかる。だからこういう時は多数決で決めようか。仁はどっちが正しいと思う?」

「どっちも正しいが、今回は東間に賛成だ。ああいうのに対して深追いをするとロクなことにならないし、引き際が良過ぎる。たぶん罠だから追わない方がいい」

「……まあアンタがそういうのなら従ってあげるけど、放置した方がロクなことにならないってこともあるんじゃないの?」

「なるだろうな。アレが俺たちのことを捕食対象と認識しているのなら、いずれ本格的に仕留めるべく襲い掛かってくる。決着はその時、否応なしに付けることになるだろうな。それがいつかはわからないから、心の準備は今の内に済ませておけ」

「なんだか、思っていたのとは別方向に大変なことになってきたね。マフィア相手にスパイの真似事をするのとどっちが簡単だったのやら」

「両方も経験しないと比べようがないわよ。参考までに訊くけど、アンタはどっちの方が大変だと思う?」

「後者だな。見つかってはいけないってのはスリルがあって楽しい反面、マジで精神を削る。余程、心に余裕のある時じゃないとやりたくない」

 カードキーを使用して部屋のロックを解除。

 開かれた扉からまたも漂う新鮮な死の臭い。

 鼻の穴を塞いで中に侵入する三人の中でマフィア構成員たちの無残な死体を調べられるのは仁だけだったため、彼が作業している間、二人は周囲の警戒に努める。

「特に目ぼしい物は持っていないな。強いて貰える物があるとすれば弾薬くらいだが、お前等も銃を持つか?」

「扱い方がわからないし、素人が持っても役に立たないよ」

「まあ理香は不器用だから誤射しそうだが、お前のセンスなら十分に扱える気がするぞ。案外、俺やリューグよりも銃の扱いに長けるかもしれない」

「……そうやってハジキに頼っているからいつまでも漢を上げることができないのよ。どうせ使うのならドスか長ドスにしておきなさい」

「何処のヤクザだよ。と、そういえばお前等はこの前、骨董品屋で買った剣や薙刀は持ってきていないのか?」

「元々、ここに来るつもりはなかったからね。それに準備する時間があったとしても、潜入するのに武器は邪魔にしかならなさそうだし」

「こうなるってわかってたら持ってきてたんだけど。それで、まだ終わらないの?」

「んー、終わったといえば終わった。というか時間切れって意味では二重の意味で終わったと言えるのかもしれん」

「はぁ? 何を言っているの」

 床を貫通して現れる太い触手たちが死体と仁の体に巻き付く。

 が、先程同様に触手の動きを仁が先読みしており、直前で後方に飛び退いていたことで難を逃れる。

 尤も、今回の襲撃は死体の回収が主目的らしく、三人を無視して死体に巻き付いた触手たちが物言わぬ骸を床の中へ引きずり込む。

 しばらくして聞こえてくる肉を裂き、骨を噛み砕く不気味で不快な音。

 何をしているのか、音だけで容易に想像できてしまい、気分が悪くなった理香と東間が床に座って回復を図る。

「大丈夫か? ハッキリ言って休んでいる時間はないと思うが、それでも休むか?」

「ハッキリ言ってくれてありがと。お返しに私もハッキリ言うわ。大丈夫じゃないけど休むつもりはないって」

「右に同じ。まだこの目で確認したわけじゃないから、可能性が残されている限りは動き続けないとね」

「それはいいが、俺が言ったこと、覚えているよな。ちゃんと逃げないとあっち側でお前等を八つ裂きにしてやるからな」

「フン。アンタこそ、私たちの許可なく勝手に逝ったりしたら残された体を八つ裂きにして、無理やりにでもこっち側に連れ戻してやるんだから」

「体が八つ裂きにされたら戻って来ようとしても戻って来れない気が……」

 至極まともなツッコミは無視。

 険悪なのか、甘酸っぱいのか、甘々なのか。死臭とは全く異なる、第三者が居辛い空気に東間が困り顔を浮かべて部屋を出て行く二人の後を追う。

 本音を言えば離れて行動したい。けれどもこの状況での単独行動は殺してくださいと懇願しているのと同意。

 付かず離れずの距離を取ることさえも危険なため、彼にできるのはしっかりと二人の後に付いて行きながら周囲に意識を分散させることで可能な限り、彼等の間にある空気を意識しないこと。

 東間が健気な努力をしている間に仁が新たな部屋のロックを解除。

 慎重に中に侵入してみるも、荒らされた部屋の中には死臭と壁に開けられた大穴以外は何も残されていない。

「ここはもう完全に食い荒らされた後か。血の量から察するに四、五人はここで殺られたな。それも抵抗している暇もなく」

「どうして抵抗してないってわかるの?」

「弾痕がない。それに部屋の荒れ方が争ったというより蹂躙されたって感じだ。完全な不意打ちだったのか、運悪く最初の一撃で全員が気絶でもしたのか。何にしてもこれ以上、この部屋で得られるものは何もなさそうだ。次に行くぞ」

 部屋から出て行く際、開けられた壁の穴から出現する無数の触手に周囲を必要以上に警戒していた東間が反応。

 言葉で伝える暇はなく、壁に拳をぶつけて音を鳴らすことで警戒を促し、幼馴染み故か音だけで彼の意図を察知した二人は振り返ると同時に行動開始。

 理香が東間を押し倒す形で襲い来る触手を避け、すかさず仁が銃撃を以て触手の群れを撃ち抜き、撤退に追いやる。

「ッ、助かったよ、二人とも」

「それはこっちの台詞だ。よく気付いたな、お前が教えてくれなかったら確実に不意打ちを食らって、下手をしたらその時点でアウトだったぞ」

「というか私も警戒していたのに気付けなかったから、ちょっと悔しいかも」

「悔しさを感じる必要は無いよ。僕だって気付けたのは幸運以外の何物でもないんだから。もしくは二人のおかげで気付けたって言えるのかも」

「なんで俺たちのおかげなんだ? あと、いつまで理香と抱き合っているんだ。早く離れないと嫉妬の炎がメラメラと燃え上がっちゃいそう」

「緊急事態の時に押し倒したくらいで嫉妬しないの。なんだったら、後で押し倒してあげてもいいのよ?」

「マジですか!? などと真顔で驚きつつ、やっぱり恥ずかしいので遠慮したいような、しかしこのような機会は滅多にないのでやっぱり押し倒されたいような、むしろ俺が理香のことを押し倒したいかもしれないと欲望を解放したい気持ちが」

「はいはい。面倒だからその辺でストップだよ。仁も理香も優先順位を間違えないように。早く黛を見つけないと――?」

 伸ばされる腕に二人は動きを止め、ロックを解除した仁が警戒しながら扉を開けて部屋の中を覗き込む。

 耳に届くのは荒い呼吸が一つ。それ以外には物音一つなく、弾倉を交換しながら部屋の中に突入した彼等に銃口が向けられる。

 敵意に反応して反射的に引き金を引こうとした彼の手を包み込み、弾丸の発射を阻止する理香の掌。

 邪魔をしたことに訝しむ仁の視線を誘導し、彼が撃とうとしていたのが腹に大穴を開けた瀕死の人間であることを認識させる。

「生きて――はいるみたいだな。この傷でまだ死んでいないってことは人狼、もしくは人狼と人間のハーフか。ほんと凄い生命力だ」

「……お前等、何者だ。組織に人間じゃないな?」

「一般的な高校生です。無害かは微妙なところですが、マフィアに正面から喧嘩を吹っ掛けて無事で済むなんて思っていない程度には弁えております」

「侵入している時点で説得力はないけどね」

「高校生? 子供がどうして――そういえば捕まえて来た奴も高校生だったか。まさか友達を助けに来たなんてバカげたことを言うつもりか?」

「うむ。バカげていようと真実はいつも一つ。名探偵と呼ばれている死を運ぶ神様もそう言っている」

「あのアニメか。組織内でも意外と人気がある――ゲホッ、ゴホッ!」

 咳き込みながら血を吐き出す男の唇は紫色に染まり、今にも死んでしまいそうなほどに弱っている彼の傍に近寄り、体を起こす。

 無警戒に距離を詰めた仁に銃口を向けようとするが、彼に敵意が無いことと彼等以上に危険な存在に襲われたため、彼等の相手をしている余裕がない男は警戒こそ解かないが、敵意を内に収める。

「冷静な判断ができているってことは、実はまだ余裕があったり?」

「余裕があるように見えるのなら、眼下に行って眼鏡を買うんだな。お前等が何者なのかは知らないが、さっさと逃げた方がいい。このままここに居座っていると奴の餌食になるぞ」

「忠告ありがとう。でも私たちは友達を助けに来たの。さっき、捕まえて来た奴とか言っていたわよね。ってことは黛が何処にいるのか、知っているの?」

「……捕らえた侵入者は地下に閉じ込めるのが普通だが、奴が実験体としてちょうどいいとか言っていたから、無断で連れて行ったかもしれない」

「奴? 実験体?」

「アンタたち、黛に一体何をしたの? 怪我人相手に乱暴はしたくないけど、返答次第じゃ覚悟を決めてもらわなきゃならなくなるわよ」

「……詳しくは知らない。ただ、この前の取り引きで手に入れた細胞片で何かをするとか言っていた。樹冥姫とかいう妖怪の細胞らしいが、どうにも奴の言っていることもやっていることも好かん」

「情報提供に感謝する。が、侵入者にそういう情報をしゃべっていいのか?」

「どの道、この支部はもう終わりだ。支部内の仲間に連絡を取ろうとしたが誰も応答しない。生き残りは恐らく俺だけだろう。その俺もこの傷じゃもうすぐ死を迎えてしまいそうだからな。死ぬ前にこういう情報を漏らしてみるのも一興だ」

「中々素敵な考えの持ち主のようで俺からの好感度が急上昇。お前はこのまま死なせるには惜しいっぽいから、頑張って生かしてやることにする。人狼の生命力ならもうしばらくは保つだろう?」

「フッ。本当に生き残れるのなら生き残りたいが、期待しないで待っておくことにしよう。下手に希望を持つと、死んでからが辛くなる、から、な……」

 力尽きたように目を閉じる男の呼吸が荒いものから静かなものへ変化。

 辛うじて息はあるが、彼の言う通りその命が尽きるまでそう時間は掛からない。

 見殺しにするのは簡単。情報もこれ以上は持ち合わせていないであろうから、無理をして生存させるメリットはない。

 そこまで考えてから仁は彼を背負い、自身のワガママとして何が何でも生かそうと心に決めて黛捜索のついでに男を治療できる場所を探す決心を固めた。

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