第五十四話
無数に咲き誇る艶やかな花たち。
大地に根を張り巡らせ、上半身だけ人の形をした彼女たちは勢いのままに彼等に襲い掛からず、途中で止まって唐突に起こった醜い仲間割れを数秒前まで楽しげに見物していた。
変化が訪れたのは吹き荒れる風に花が一輪、散らされたこと。
瞬く間に通り過ぎた突風の後に残されたのは夥しい量の傷跡。
蔓も花も大地さえも無残に切り刻まれ、断末魔の声を上げることさえ許されないまま、花が散っていく。
痛みはたいしたことはないが、それ以上に起きた出来事が信じられず、呆然と目を見開く花たちを再び荒れ狂う風が襲う。
それが高速で動き回り、熱戦を繰り広げている仁たちであることを知ったのは合計で花が五輪ほど散らされた後のこと。
彼等の目には相変わらず花や蔓は映っていない。最初は意識していた東間でさえ、今は二人の戦いを止めることに集中して剣を振るっている。
本来は無視されていることに激昂すべきなのかもしれないが、あまりにも不可解な現象に晒された花たちは混乱を起こし、右往左往する。
あるいは異変に気付いた時点で全力で逃げていたなら生存できたかもしれない。
しかし彼女たちは引き起こされた混乱とプライドの高さ故か、逃げるという選択肢を放棄してその場に留まってしまい、三人の喧嘩に巻き込まれてしまう。
「ゴルァ! 理香ぁ! 今、金的狙っただろ! それでも武闘家か!?」
「わざとじゃないわよ! それにアンタだって股の間を狙ったじゃない!」
「俺は武闘家じゃない! 故に急所を狙うことの何が悪い!」
「二人とも、いい加減に少し落ち着こうよ! 今は喧嘩をしている場合じゃないって、さっきから何度も言っているだろ!」
「五月蠅い!」
「東間は黙ってて!」
「そういう言い方はないんじゃないか!」
優れた技で振るわれる刀、力と速さで技を補う剣、間合いの長さを活かした槍。
三者三様の持ち味を存分に活用している喧嘩は収まるどころか白熱していく。
不幸にも――不用意に近づいたのは彼女たち自身だが――子供染みた喧嘩に巻き込まれ、散っていく花々は現実を受け止め切れず、夢だと思い込むことで逃避を果たし、恐怖から逃れられた代わりに抵抗できず、蹂躙される。
「クソッ、お前等、いつの間にこんなに強くなったんだ!? 特に東間! 努力バカの理香はともかく、お前はのほほんと過ごしていただろ!」
「馬鹿なことを言わないで欲しいな! 僕だって頑張って来たんだよ! 時々だけど校長から依頼を受けたり、女性の人外たちから逃げ回ったり、夜中に突然、現れた変な女性の幽霊を肉体言語で説得したり!」
「そんなのたいしたことじゃないわ! 私なんて毎日、毎日、兄弟子や弟弟子たちと一緒に養父さんの稽古を受けてきたんだから!」
「稽古だけで強くなれるほど、戦いの世界は甘くない!」
「稽古をサボっている奴に言われたくないわ!」
「僕たちには僕たちのやり方があるってことだよ!」
周りのことを完全に蚊帳の外へ置き、白熱する口論と喧嘩。
半数近くの花が蹴散らされた段階で反撃に打って出る個体も現れたが、喧嘩の熱で普段以上の動きをする彼等に付いて行けず、無抵抗同然に全身を切り刻まれ、首を刎ねられて頭を地に落とす。
頭さえ無事ならばまだ復活の余地があるため、蔓の中に潜って肉体を再構築。
復活を果たした花が復讐のために蔓の中から出てきた直後、不幸にも三人が衝突する真っ只中に生えてしまったことで重なる三つの斬撃から生まれた衝撃波により、全身がバラバラとなって蔓の上に落ちる。
懲りずに体を再構築させようとするものの、仁を狙って振り下ろされた東間の剣に両断され、他の花と同様、死という運命にたどり着く。
残された花は三輪。生き延びるために彼女たちは一つとなり、周りの蔓をも取り込んで巨大化を果たす。
全長5mを超える巨大な花は、それでもなお彼女を無視して私闘を演じる三人を葬り去るべく巨腕を振るう。
誰かを狙ったわけではない、ただ周囲の全てを呑み込む巨大な蔓の腕は根元から切断され、大きな音と振動を立てて大地に落下する。
『――なんじゃ、と?』
「一つになってくださって助かりました。花はともかく、蔓は面倒でしたので」
肩の上から聞こえる声に横を向いた花の頭に突き刺さるナイフが一本。
巨大化した花にとっては針で突いたような小さな傷に過ぎないはずなのだが、花の意識は断たれ、大地に倒れ伏しては灰と化して消滅する。
「……合体すると死した際に証拠隠滅のため、自動的に灰となる、ということなのでしょうか? 自身の研究を他人に調べられたくないのかもしれませんが、仁様や保険医様と比べて保守的な御方のようです」
「ハッ! どうしたのかしら? 随分と息が荒くなっているようだけど!」
「そのまま返すぞ! 努力バカのくせにもうバテたのか!?」
「意外と持久力が無いんだね! 理香だけじゃなくて仁も!」
「一番体力のないもやしっ子に言われたくないわ!」
「もやしっ子っていうよりヒモ男だな! もちろん、本来の意味でのヒモだが!」
「母さんが忙しいから半ば一人暮らししている僕にヒモ男は適さないよ! どちらかといえば仁の方が適しているんじゃないのかな!?」
「……やれやれ」
口論と喧嘩をやめようとしない彼等にメイドは呆れて肩をすくめる。
結果だけを見れば確かに彼等は花々を退けた。けれどそれは花たちが彼等の喧嘩に興味を持ち、戦闘体勢に移行しなかったことと、彼等の喧嘩に巻き込まれて死を迎えるという予想の斜め上の展開に動揺していたからに過ぎない。
もしも花たちが内輪揉めに興味を示さず、勢いのままに彼等を呑み込んでいたならば一切の抵抗を許されず、嬲り殺しにされていた。
そうならなかったのは運が良かったから。この一言に尽きる――尽きてしまう。
運も実力の内と言えば聞こえはいいが、運だけに頼って戦えばいずれ運を暴力で薙ぎ払う者に遭遇した時、為す術なく殺される。
「それを本当にわかっているのでしょうか?」
「いい加減、ガラクタ弄りは卒業したらどうなの!? っていうかゴミ収集車に忍び込んでゴミを奪うのはやめなさい!」
「いいだろうが! 工場までは結構遠いんだから、ゴミ収集車が収集したゴミを再利用するのが一番手っ取り早いんだ!」
「だからって誰の物なのか、それ以前に由来すらわかっていないような奇妙な廃品まで回収しない方がいいよ! この前だって出所不明のアンティークドールを回収して呪われたじゃないか!」
「アレは――言い訳しようがないくらい見事に呪われたし、お前等がいなかったら呪い殺されていたかもしれないから改めて礼を言おう、ありがとう!」
「どういたしまして!」
「感謝なんていいよ、友人として当然のことをしただけなんだから!」
「……喧嘩、しているのでしょうか?」
感謝の言葉を述べながら得物を振るう手を止めない仁と、感謝の言葉を受け取りながらやはり刃を振るい続ける理香と東間。
怒気も殺意も敵意も感じられない戦いはなおも決着を求めて継続される。
「このままではお三方ともに力尽きてしまいかねません、か。仕方ありません」
何処からともなく現れ、指の間に挟まれているフォークの数は三本。
三者が切り結んだ直後に投擲され、三人の頭に命中。
沈黙は数瞬。頭からの出血と痛みに転げ回る彼等を縄で縛り上げ、ミノムシ状態にして横に並べる。
「おおう、おお、おおう!?」
「な、なんだかよくわからないけど、物凄く痛い!?」
「毒!? それとも酸!? もしかしてアレルギー症状!?」
「お静かに願えますか?」
放たれる殺気に従順な態度を取り、沈黙しながら涙を流す。
他二人も同様に黙して痛みに耐える代わりに瞳から涙を溢れ出させる。
俯瞰的に見ればメイド服を着た少女が三人に良からぬことをしようとしているようにも見えるが、彼女は三人の頭に刺さりっぱなしのフォークを抜き、薬を塗ることで瞬く間に傷口を塞ぐ。
「うおう? さっきまでかーなーり痛かったのに、突然痛みが引きやした?」
「これってやっぱりメイドさんが塗ってくれた薬のおかげなのかな?」
「まあ私たちにあの痛みを与えたのも、状況から考えてメイドさんなんでしょうけど。熱くなっていたのを止めてくれてありがと」
「礼には及びません。あのまま続けられていては困るのは私も同じでしたので。ともあれ、頭部から流血されたことで頭に昇っていた血が抜けたご様子」
「うむ。感謝するぞ、お若いの。やっぱり頭に血が昇ったら穴でも開けて血抜きするのが一番だね!」
「下手をすると死ぬから、可能な限りやめた方がいいやり方だね」
「それは東間が貧弱ボーイだからさ! 俺のように身も心も頑強ならば頭から血を流したところで一分、いや、三十秒は耐えられる!」
「意外と短い」
「変なところでタフさが足りないわね」
「お三方とも、仲が良いことは大変よろしいことですが、そろそろ次の駅まで移動されますか? ここにいた花々の殲滅は完了致しましたが、増援がやって来ないとも限りません。一刻も早く、この場を離れるべきかと」
「おおう?」
「そういえば、いつの間にかあの花たちがいなくなっているね」
「蔓もないわよ。もしかしてメイドさんが始末してくれたの?」
「説明が大変面倒――もとい、面倒臭いのでその通りということに致します」
「言い直せてないでっせ」
「それでは、お三方の合意を得られましたので私がお運び致します」
誰一人として合意していない中、有無を言わせずミノムシ三人を重ね合わせ、肩に担いで高速移動。
俊足も見事だが、高校生三人――仮に一人50kgと仮定して、150kgを片腕で支えながら息を乱さず走れる彼女の持久力は驚愕もの。
か細い手足の何処にそのような力が秘められているのか、研究者としての好奇心が働き、彼女の体に興味を持った仁が性的欲求を含んだものに非常に近しい眼差しで彼女の肢体を舐め回すように観察する。
死角となっているので理香からは今の彼がどのような瞳を、表情を浮かべているのかは窺えない。
それでも乙女の直感が働いたらしく、戒めるように体を跳ねさせ、東間を通じて彼の体に衝撃を送る。
「ちょっと、理香?」
「おいおい、いきなり跳ねるなんてどうしたんだ? 催したのか?」
「違うわよ。仁、女の人を変な目で見るんじゃありません。せめて慣れ親しんだ相手限定にしないと、警察に通報されて逮捕されるわよ」
「逮捕されるの、初めてじゃないから、恥ずかしくないもん!」
「自慢げに語らない!」
「あれっ? 仁って逮捕されたこと、あったっけ? なんだかんだで逃げ延びたり、賄賂を渡したりして逮捕を免れていた気がするけど」
「外国に行っていた時に下手を打って逮捕された。言い訳しようがないくらい俺が悪いんだが、子供ながらに叫んだものさ。俺は悪くねえ、と」
「逮捕されても余裕があるんじゃない」
「留置場にぶち込まれた後は余裕なんて無くなったけどな。まさか新種のウィルスによって変貌した生物兵器と戦うことになるとは」
「私たちの知らないところで凄い死闘を繰り広げていたのね」
「嘘だけどな」
「何処から何処まで?」
「逮捕されて留置場にぶち込まれたところ」
「生物兵器とは戦ったんだ。感想は?」
「雑魚だった。アレなら三十パーセントくらいの力で倒せる。臆病にならなければ二十パーセントでも十分だったかも」
「あっ、そう」
他にやることが無いからか、担がれながら行われる雑談。
意外にも彼等の無駄話に興味があるらしく、交ざりたい衝動に駆られながらメイドは心に蓋をして我慢し、目的地まで走ることに徹する。
「にしてもお前等、マジで成長したな。正直、戦えば多少苦戦しても勝てるって信じていた俺のプライドが粉々だ」
「アンタにプライドなんて物があったことの方が驚きね」
「まあ吐いて捨てられる程度の数がある、量産型のプライドだがな。ちなみにホムンクルスとしても製造しているぞ」
「生物系は苦手だって言ってたくせに、ホムンクルスなんて作ってたんだ」
「いや、嘘だ」
「そろそろ発言全て聞き流していいかしら?」
「すみません、無視されるのは真面目に心が痛むので勘弁してください。ねえ、メイドさんもそう思いますよね?」
「さて、私は無視されることはあまりありませんので、残念ながら同意するべきか判断がつきません」
「というか、自分で走りますから下ろしてくれませんか?」
「走りながら下ろす場合、少々乱暴な下ろし方になってしまいますが――思っていたよりも対応が早いですね」
「ほえ?」
三人を担いだ状態で大きく跳躍。
自身の身長以上の高さを跳んだ彼女の足元に現れる、小型だが明らかに人間の体躯を超えた大きさの人型の生物。
次々に地面の中から現れる、巨人と呼ばれるべきその生き物たちは、先に進むことを阻止するように彼女たちを取り囲み、知性が感じられない本能剥き出しの瞳で標的を見据え、一斉に襲い掛かった。
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