第五十二話

 外見だけは見目麗しい、白髪犬耳美少年こと骨董品屋の店主に見送られて三人は駅まで走りながら各自、手にした得物を確認する。

 大半が重度のデメリットを持つ呪われた武器の中で選び抜いた一品。

 メリットが少ない代わりにデメリットも少ない、良く言えば慎重だが悪く言えば臆病な選択肢に普段なら軽口の一つでも叩く仁が無言。

 それ以前に購入した得物の確認など店を出てすぐに行うべき。

 けれど一刻も早く骨董品屋から離れたかった三人は無作法かつ通報されても言い逃れできない行為を堂々と披露する。

「どんな感じだ、お二人さん」

「悪くないわね。槍ってあんまり使ったことないけど」

「理香は薙刀が得意なんだっけ?」

「得意って胸を張って言えるほどじゃないわよ。ただ、得物の中では薙刀が一番マシってだけ。まあ槍でもたぶん、なんとかなるでしょう」

「そういう東間きゅんはオーソドックスな両刃の剣なんだな」

「種類が豊富だったし、僕は理香と違って得意な武器なんてないからね。なるべく使いやすそうなのを選んだんだ。で、仁は何を選んだの?」

「小太刀ではないが、少し短めの太刀だ。本音を言えば銃火器が欲しかったが、銃刀法違反は避けないとな」

「刃物持った変人が何を言っているのよ」

「……言い訳しようがないな」

「魔境の外に行かなきゃならないんだから、武器はちゃんと隠さないと。ところで僕たちの武器はついでに買った竹刀袋で隠せるけど、理香はどうするの?」

「大きめの袋に隠すか、手頃な長さの箱の中にでも隠すしかないだろう。剥き出しのまま持っていったら、俺たちは他人のフリをしなくちゃならなくなる」

「もしもの時は巻き込んであげるから、安心しなさい。なにせ私たち三人は一蓮托生の仲なんだからね!」

「はいはい。僕は一人で逃げるから、二人で愛の逃避行でもしてね」

「惹かれるが、お前だけを逃がすわけにはいかん。捕まる時は三人一緒じゃないと不公平だからな。お前を仲間外れになど決してさせん!」

「ちょうどいいところにコンビニが。理香、あそこで槍を入れるための袋を買ってきたらどうかな?」

「売っているかしら?」

「行ってみないとわからないよ。時間も押しているんだから、ゴーゴー!」

「急かさないでよ。まったく」

 刃を剥き出しの槍を持った女子高生の来訪。

 外ならば間違いなく通報される、数奇な現実に半分夢の世界を漂っているコンビニの店員は客が来たこと自体に気付いていない。

「いやいや。いくらなんでも無防備過ぎじゃないの? こんなんじゃ――やっぱり」

 店員が半寝状態なのをいいことに、万引きを行っていた少女の顔が引き攣ったのは槍を片手に怒りの笑みを浮かべている理香と遭遇してしまったから。

 鈍く光る槍の刃に魅せられたように動けなくなった彼女を連行し、半分寝ているコンビニの店員を叩き起こせばその目に映るのは人質を取った強盗犯。

 数度まばたきして意識を失ったのは現実逃避か、錯乱の末の失神か。

 再度、彼を叩き起こそうとする理香の隙を突いてコンビニから逃げ出した少女は仁と衝突、一部始終を目撃していた高校生二人組に捕まって店内に連れ戻される。

「……どうやら、本格的にお仕置きが必要みたいね?」

「逃げ出したい気持ちはわかるけどね」

「だな」

「ちょっと、二人共。万引きだって立派な窃盗。犯罪なんだから、同情の余地なんてないはずよ。むしろこの年齢の子にはしっかり言い聞かせないと、後々また同じことをするかもしれないのよ」

「銃刀法違反者が何か言っているぞ」

「理香、まずは槍を隠すことから始めようね。刃物を突きつけられた状態じゃ、誰だって怖がるし、逃げ出したくもなるよ」

「……あっ」

 自らが素手ではないことを思い出した理香は反省しながら大きめの袋を購入。

 槍を袋の中に隠しながらいつでも取り出せるようしっかり持ち、彼女が買い物をしている間に知り合いの警察官に電話を掛けた仁が事情を説明、万引きした少女を警察官に預けた後、ようやく駅にたどり着く。

「結構、長い道のりだったな」

「早く切符を買いましょう。余計な時間を食っちゃったから、下手をするともう終わっているかもしれないわよ」

「それはそれで平和でいいんだが、武器の購入費分くらいは暴れたいかも」

「えっと。確か切符売り場は――」

 三人並んで切符を買い、電車が来るまで待機。

 植物の妖怪が暴れていようと通常運行を崩さない電車に少し驚きながら乗車し、しかし流石に客は少ないらしく、誰もいない車両内の空いている席に腰を下ろす。

「フゥー。ようやく一息つけるか?」

「一息つき過ぎて、眠らないように注意しないとね。気が付いたら通り過ぎていましたじゃ笑い話になっちゃいそうだし」

「でも道場を出た時から休む暇もなかったから、今の内に体を休めないといざという時に無茶ができなくなっちゃうかもしれないわね」

「うむ。そういうわけでお嬢様、よろしければ私目にお嬢様とお坊ちゃまの色々なところをマッサージする権利をお与えください」

「却下」

「拒否するよ」

「予想通りの回答だったけど、一瞬も悩まれなかったので傷付いた!」

「はいはい。痛いの痛いの飛んでいけー」

「元気になった!」

「良かったね。ところで仁、ちょっと前から気になっていたんだけど、確か樹冥姫ってあまりにも横暴だったから同族たちにさえ嫌われていたんだよね。それなのにどうして蔓婆っていう別の妖怪が現れたのかな?」

「あっ、それは私も気になっていたわ。もし復活したのが樹冥姫なら、他の植物の妖怪たちが協力するのはおかしいことなんじゃないの?」

「二人共にその疑問にたどり着いていたことにちょっぴり驚いていたりするが、その疑問に対する回答は残念ながらこの俺様も持っていないのだよ」

「そっか。じゃあこの話題はこれでおしまい」

「適当ね。話し合えば少しくらい、回答に近づくことができる気もするわよ」

「だとしても僕たちの目標は樹冥姫だ。その障害として他の植物の妖怪たちが立ちはだかるのなら撃退して、最終的に樹冥姫を倒せたならそれで良し」

「東間に賛成。推察することは可能だが、重要なのは敵が樹冥姫だけじゃないかもしれないってことのみ」

「つまり?」

「仮に敵の増援が現れたとしても驚く必要は無いってこと。おっと、無駄話をしている間に隣町の駅に着いたか。ちょっと駅弁、買ってくる」

「間に合わなかったなんてアホなことしたら殴るわよ」

「後でお金払うから、僕たちの分もよろしく」

「ヘイヘイ」

 扉が開くと同時に駆け出し、手早く駅弁と飲み物を三人分購入。

 余裕をもって二人の元に戻ればギリギリを期待していたらしい東間が少し残念そうな表情を浮かべ、理香に肘で腹を小突かれる。

「痛いな。何をするのさ」

「変なこと、考えない。もし仁が実行してアホなことになったらどうするつもり?」

「ハッハッハッ。失敬だな、理香ちゃん。俺だって時と場合は考えるさ。っていうか駅弁が結構美味しそうだったので、ぶっちゃけ今はそれ以外に興味ない」

「なら良し。あっ、汚さないように注意しながら食べなさいよ。それと万が一、汚しちゃったらちゃんと自分で処理すること。いいわね?」

「わかっているよ。理香も細かいんだから」

「そういえば飲み物はスポーツドリンクにしておいたが、別にいいよな?」

「まあ買って来てもらった立場だから、文句は言わないわよ」

「そうだね。それじゃあ、頂きます」

「頂きます」

「頂きまーす!」

 他に誰もいないため、他人の目を気にすることなく駅弁を食べる三人組。

 値段の割に美味しい駅弁に理香が目を見開き、材料と作り方について口から吐き出される考察をBGMに二人は窓の外の景色を眺める。

 既に日は暮れ、月と星が支配する夜の世界。

 夜行性の生物たちが目を覚まし、我が物顔で世界を闊歩する時間帯は鳥に近い性質を持つカラス天狗たちには不利な環境。

 しかし植物たちもまた光合成を行うには太陽の光が不可欠。

 月や星の放つ優しい光では力不足なため、万全を期するなら自らの手で強い光源を確保するか、夜の間は地下に身を潜めておとなしく寝るか。

 どちらにしても美鈴一人ならともかく、次光と神凪が付いているのだから万が一の事態は起こり得ないと自身に言い聞かせながらスポーツドリンクで咽喉を潤す。

「仁、それ、理香のスポーツドリンクだよ?」

「うん? そうだったのか、悪いな、理香」

「……焼き加減は……ううん、それよりも塩の分量が……でも、そうだとすると砂糖をもっと入れた方が……」

 自分の世界に埋没している理香は仁が自分のスポーツドリンクを飲んだことに気付かず、彼が口を付けたソレを自らの口に運び、中身を口内に流し入れる。

 躊躇のない豪快な飲みっぷりに感心し、自身の分も渡すべきか悩んだ末に自らの咽喉を潤すことを優先し、彼女の手に渡らない内に中身を飲み干す。

「プハッ。中々いい味だ。平時でも飲みたいかも」

「だったらちゃんと運動しないとね。……それにしても、理香が熱心にこの駅弁について考えているけど、大丈夫かな?」

「それはどういう意図での大丈夫だ?」

「もちろん、樹冥姫を倒して帰った後に理香が何か作り始めたら僕たちはどうなるんだろうか、って意味での大丈夫だけど?」

「なら考えるまでもなく、大丈夫じゃないだろう。今更、何を言っているんだ?」

「いやー、だって、ねえ」

 視線の先で料理の作り方の考察に埋没する理香。

 東間が考えていることを察した仁は同調しつつ首を左右に振る。

「諦めろ。理香が努力家なのは疑いの余地がない。その上で壊滅的な料理の腕前であることは受け入れなければならない事実だ」

「わかってはいるんだけど、ここまで努力が報われないのはなんでなんだろうね。壊滅的に不器用といっても料理以外は少しだけ改善の兆しが見られているのに」

「十数年間頑張って改善の兆ししか見られないのも悲しいと言えば悲しいが、料理に関しては理香自身が原因というより外的要因、それこそ赤ん坊時代か、下手をすると生まれる前に呪いでも掛けられているんじゃないのか?」

「生まれる前って、前世からの呪いってこと?」

「もしくは血族全てに掛けられた呪いなのかもな。同じように料理で新たな生命体を創り出す奴がいたら、理香と同じ血を引いていたりして」

「恐ろしいこと言わないでよ!?」

 急ブレーキが掛けられたことで電車が止まり、車両内を照らしていた蛍光灯の明かりが不自然に点滅を繰り返す。

 予期せぬ事態に戸惑う暇もなく、空中に投げ出された駅弁の箱とペットボトルが床に落ちる前に回収した仁は勢いのままに電車内を転がり、どうにか体勢を立て直して立ち上がる。

「フゥ。危うく、床を汚すところだった」

「お見事。でもこれから嫌でも床を汚すことになるかもよ?」

「むっ?」

 電車が線路上で急停止を余儀なくされた理由。

 窓を這い、隙間から侵入する植物の蔓が原因であることは知識のない一般人であっても容易く理解可能。

 車両全体を覆い尽くし、逃げ場を失った仁たちの前で蔓の中から現れ出る上半身だけの全裸の美女。

 蔓を髪に擬態させ、頭に美しい花を咲かせている美女は獲物を前に舌なめずり。

 特に理香が気に入ったらしく、他の二人の四肢を早々に蔓で縛り上げ、音もなく蔓の間を進んで彼女の頬に手を伸ばす。

『フフフ……お主、中々に綺麗な顔をしておるの』

「そっか。シュウマイはああいう感じに蒸した方が美味しくなるのね。でも、味付けの方に疑問が残るわ。それに焼き魚も風味が殺されていなかったし――」

 無視されたことに気分を害さず、伸ばした手で理香の顎を撫でつつ真っ赤な舌を伸ばして頬を舐める。

 唾液か樹液か花の蜜か、いずれにしても頬が液体で濡らされたことでようやく自分たちの置かれている状況を理解した理香は馴れ馴れしい花を拳で穿つ。

 耐久力はそれほど高くないのか、穿たれたことで顔に風穴を作った花はさほど驚いた様子を見せず、頭部の花から触手を伸ばして理香の首に巻きつかせる。

「ッ、顔に穴が開けられたなら、おとなしく死になさいよ!」

『おうおう。物騒なことを言いよる。最近の若い者は過激なようじゃな。妾が生きていた時代はおとなしき娘たちが多かったぞ』

「時代は変わっていくんだよ、婆さん」

「長生きするのは悪いことじゃないけど、老害になっちゃったらおしまいですよ」

『むっ?』

 四肢を拘束していた蔓を力で引き千切り、竹刀袋から取り出された買ったばかりの剣と刀で左右から斬撃を繰り出し、両断。

 体を三つに分割された花は蔓の上に落ち、しかし三人共に臨戦態勢を解かないのを見て顔部分を笑みの形に変え、切断面より伸ばされた蔓で体を再構築――する前に頭部分を仁の足で踏み砕かれた。

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