第四十七話
駆除作業中、除草剤入りの手投げ弾が尽きるというアクシデントこそあったものの、住民たちが力を合わせた結果、植物の妖怪たちの殲滅を遂行。
戦いの最中、見た目が似ているという理由で無関係な別種族の植物の妖怪も巻き込まれ掛けるトラブルも発生したが、ご近所付き合いがあったことと彼等の家も襲われた事実から誤解は解け、和解の果てに酒盛りに発展。
仁と東間も関わった以上は見過ごすわけにはいかず、かといって未成年なので飲酒するわけにもいかないのでお酒の調達に東奔西走。
大量のお酒のお礼として酒のつまみに用意された果物を幾つか分けてもらい、皮ごと丸齧りにしながら帰宅を果たすと案の定というべきか、仁の家も植物の妖怪の蔓に覆われていた。
「おー、なんとなくそんな気はしていたが、いざ実物を目にするとやるせないような気分に陥る不思議」
「僕の時も似たような感じだったよ。現実感がないというか、これは現実の出来事じゃないって自分に言い聞かせたくなったというか」
「しかし現実は現実。まやかしにならないからリアル。自分に都合のいい幻を現実にすることなんてできない。できたらいいけどできないものはできないのだ」
焦点の定まっていない瞳で現実逃避気味に語る彼の首筋に手刀一閃。
絶妙な力加減で傷をつけることなく正気を取り戻させた東間は他の家同様、蔓の先にいる本体を葬ろうとして、蔓が微動だにしていないことに違和感を抱く。
「ねえ、仁。何か変じゃないかな?」
「俺が変なのはいつものことだぞ」
「そんなどうでもいいことは心底どうでもいいから。今までの化け物はウネウネと蠢いていたはずなのに、どうしてこの家だけ蔓が動いていないのかな?」
「ああ、そのことか。それこそどうでもいいことだぞ、東間きゅん」
「どうでもいいって、君は気にならないのかい?」
「だってオチがもう見えているんだもん。今すぐ回れ右して理香ちゃんの道場内に逃げ込んで、師範か師範代に泣きついて解決してもらいたい衝動に駆られているんだもん。ぶっちゃけ身内の恥なんだもん」
「身内の恥――そういうことか」
植物の妖怪の蔓が動かない理由。仁が明後日の方向を見つめて立ち尽くす動機。
察した東間は理香がやって来るのを待とうと座り込み、誘うように玄関の扉が開いても入ろうとしないどころか目を向けることさえない。
しばらくして買い物から帰って来た一号が家の惨状に愕然とし、開きっぱなしの玄関から中に入ろうとして仁に腕を掴まれ、引き留められる。
『マスター、何を為さるのですか!』
「落ち着け、一号。この植物にもう害はない。害があった方がむしろ良かった気がしてならないが、とにかく俺たちが入るのは色々マズい」
『それはどういう――畏まりました』
消沈した彼の瞳より事情を察知し、主の命令に従う一号は外壁に纏わりついている蔓を丁寧に切断、取り除いていく。
他の家を襲っていた植物の妖怪は蔓が切られれば激昂したかの如く、他の蔓を一斉に振るって切った者に襲い掛かっていたのだが、彼の家に巻き付く蔓はどれだけ切られても動く気配を見せない。
切除された蔓が燃やされたところで無抵抗を貫き、外側を覆っていた蔓の全てが除去されてもやはり無反応。
ただ、蔓の切除作業中に開かれた扉の内側より甘い喘ぎ声が漏れ出し、想像通りのことが行われると確信できてしまった仁は頭を抱え、東間が慰めるように肩に手を置き、小さく笑い掛ける。
「凄いよね、紗菜ちゃん。日頃から人外や触手、宇宙生物でもイケるってい豪語していたけど、有言実行するとは思っていなかったよ」
「……アイツの色欲は並じゃないからな。どうすれば直せるのか、本気で知りたくなってきた。だから教えてくれ、東間」
「僕も知らないから無理。最終手段として兄妹の縁を切るとかは?」
「アイツは俺の妹だ。出来が良かろうと出来が悪かろうと、借金しようと心身に異常があろうとそれだけは変わらない。その縁を切る気はない」
「シスコン」
「五月蠅い、一人っ子」
「あー、その言い方はちょっと傷付くなー」
「仁、東間、お待たせ、って、中に入らず何をしているの――あー、成る程ね」
気配無く――隠していたというより二人が気付かなかっただけなのだが――合流した理香は扉の中から聞こえる喘ぎ声に納得したように頷き、仁の背中を叩く。
強めに叩いたわけではないのだが、意気消沈している影響か、顔を地面に激突させて動かなくなり、気まずい汗を掻きながら理香と東間が彼の体を起こす。
「ま、まあとにかく元気出しなさいよ。見た感じ、紗菜ちゃんのおかげでアンタの家はたいした被害が出てないみたいじゃない」
「そうだよ。そもそも紗菜ちゃんの悪食癖なんて前々からわかっていたことじゃないか。今更ショックを受けてどうするのさ」
「それはそうなんだが、ショックを受けているというか、兄として色々思うところがあるのと兄として俺は無力なのかなーって虚しくなってきた感じが融合して色々虚しくなってきたって感覚」
「気持ちはわからなくもないわよ。私だってもしも弟や妹みたいに可愛がっている門下生の子たちがああいう悪食に目覚めちゃったら絶対ショックを受けて、もしかすると寝込んじゃうかもしれないもの。でも、だからって気落ちしても仕方がないじゃない。勇気を出して、紗菜ちゃんのところに行きましょう?」
「待って、理香。正直、今は紗菜ちゃんのところに行かない方がいいと思う。たぶん今の紗菜ちゃんは色欲を暴走させている状態だから、迂闊に顔を見せると僕たちまで食べようとする危険がある」
「……言われてみればそうね。じゃあここは私の家に来る? あの植物が地中から現れるとしても義父さんがいる家なら襲われる心配もないでしょうし」
「正しくは襲われたところで師範なら軽く返り討ちにする、だな。けど先日、お邪魔したばかりだから師範に迷惑を掛けてしまうんじゃなイカ?」
「平気よ。むしろお義父さん、二人が次、いつ来るかを楽しみにしながら嬉々として特訓のメニューを考案しているくらいだもの」
脳裏を過ぎる凄惨な特訓の数々。
両親の教育で似たような経験を重ねてきた仁は面倒臭そうに鼻を鳴らす程度で済んだが、先日の悪夢が蘇った東間は笑顔で硬直し、不意に腹部を手で押さえる。
「なんだか急にお腹が痛くなってきたから、仁の家のトイレで一週間くらい引き篭もり生活をしていいかな?」
「飯はやらんぞ。あと飲み水も提供する気はない。それでいいなら一週間、暮らしてみせろ。あと、その映像を動画投稿するから録画を忘れずにな」
「……ちょっと厳しいな。飲み水はなんとかなるとしてもご飯が貰えないと体調に悪影響を及ぼしちゃうし。うん。この話は無かったことにしようか」
「大体、いくらお義父さんが特訓のメニューを考えているからって、今回は場合が場合だから特訓なんてしている時間は無いでしょ。ここまで派手にやらかしたんだから、上の人たちや外の人たちが黙っていないでしょうし、グズグズしていると私たちが報復に動く前に片が付いちゃってもおかしくないわよ」
「それはちょっと嫌だね。そんなことになったらこの沸々と湧き上がる怒りを何処にぶつければいいのかわからなくなっちゃうし。早く理香の家に行こう」
「特訓せずに済むとわかったら急に腹痛が収まった図。ところで顔をぶつけて以降、ずっと俺の鼻から流れ出ているこの鼻血はどうすればいいんだろうか」
「ティッシュでも詰めておきなさい」
「ヘーイ。つーわけで一号、後処理はよろしく」
『承知致しました』
蔓の処理に努めている一号に家の後始末を任せ、鼻にティッシュを詰めて鼻血を止めた仁は二人と一緒に理香の家へ直行。
道中で問題らしい問題は起こらず。
ところどころで騒ぎの痕跡が見られたが既に殲滅された後なのか、警察やその協力者たちが警戒しながら歩いて回り、仁たちにも注意を促す。
「……ピリピリしているわね」
「当然だな。ここまで好き放題にされたんだ。面白く思っていない奴等も多い」
「魔境に手を出すなんて命知らず。それとも勝算があるから手を出したとか?」
「もし勝算有りなら俺たちは殺される以外の道はないだろうな」
冗談めかした発言に気を引き締めながらも退く意思のない強い瞳を見せる二人に仁は首を左右に振りながら苦笑を漏らす。
注意を促されてから寸刻後、道場に到着した三人を出迎えた師範は理香の無事な姿を見て号泣しながら彼女の体を抱き締めて玄関の扉を突き破り、家の中へ。
師範の暴走を見せつけられた二人は目を点にして立ち尽くし、彼等に気付いた師範代が道場内に招き入れて怪我をした門下生たちの治療に当たらせる。
「あの、師範代」
「なんだ?」
「単刀直入に訊きまして、どうして俺たちがこんなことをしなくちゃならないんでしょうか?」
「理香にはできないことだから。では理由にならないか?」
「反論の余地なくその通りですけど、その事実は僕たちが門下生のみんなを手当てする理由にはなりませんよ」
「今は人手が必要なんだ。幸いにも重傷と呼べるほどの怪我を負った者はいないが、中々厄介な相手だったせいで不覚を取ってしまった者も多い。一から鍛え直すにしても怪我を治すのが先決だ。違うか?」
「言いたいことはわかりますけど、なんか納得いかないっす」
「納得しろとは言わん。だが手は動かせ。そもそもお前たちは破門されたわけでも卒業したわけでもないのだからまだ門下生の一員なんだから、同門の者たちを手当てする義理はあるはずだ」
「そうなの?」
「……そういえば、寄らなくなっただけで卒業試験を受けたわけでもやめたわけでも追い出されたわけでもないから、僕たちも一応、まだ門下生なのか」
「そうだ。まあ無理に来いとは言わん。高校生が何かと忙しいのはわかっている。ただ、暇な時に顔を見せてくれると師範も喜ぶぞ」
「喜ぶだけならともかく、無茶な特訓を強いるのをどうにかしてください」
「それこそ無茶だ。特に仁、お前は師範を一対一で倒さなければならない時が来るかもしれない。実戦経験を積むのはいいが、師範に鍛えられるのも悪くないぞ」
「要するに俺に死ねと言っているんですか、師範代」
「骨は拾ってやる」
「そこは否定して欲しかったなー、僕ちん」
何故師範と一対一で戦うような機会が訪れるかもしれないのか。
理由は問い質さず、ただ、上半身と下半身が掌底の衝撃で千切れる自身の末路を想像して湧き上がるやるせなさを誤魔化すように包帯をキツく縛る。
「痛てててて! も、もう少し優しく手当てしてくださいよ!」
「うっさい。ガキでも男なんだから泣き言言うな」
「そ、そんな! 昨今では男女平等が浸透してきていますから、男が泣き言を言えなくなると必然的に女性も泣き言を言うことが許されなくなってしまいますよ!」
「おい、師範代。なんなんだ、このもやしっ子は。入門したてのひよっこか?」
「もやしっ子というわけではないんだが、ひよっこなのは否定できんな。まあ寛大な心で許してやれ、先輩」
「そうですよ、先輩! 理香さんのお知り合いみたいですし、何より僕なんかよりも年上なんですから、もっと広い心をお持ちください!」
「東間、ちょっと代わってくれ。このままだと俺、このガキを殴りたくなる」
「えー? 嫌ですよー。私、東間さんに治療されたいですー。っていうか東間さん、今度一緒に遊びに行きませんかー? この前、ちょうどいい感じのカラオケ店を見つけたんですよー。ねえねえ、いいでしょー?」
甘えるように抱き着いてくる中学生くらいの女の子に東間は困った笑みを浮かべて頬を掻き、何も言わずに治療に専念。
丁寧かつ迅速に手当てを終わらせると、すぐさま次の女生徒が彼の治療を受けようと前の子を押し退けて傷口を見せる。
「あ、あの、東間さん! よろしくお願いします!」
「ちょっと! 今は私が東間さんと話しているのよ! 横入りしないでよね!」
「横入りなんてしていません! 大体、貴女はもう手当てが終わったはずです!」
「まだですー! 言うのを忘れてただけで、まだ手当てしてもらってない場所があるんですー! 大体、さっき押し退けられた時にも傷が増えちゃったしー! あー、痛い痛い、痛くて泣きそう!」
言い争う女生徒たちを尻目に別の女生徒が東間の傍に寄り、困り果てた彼は仁たちに助けを求める視線を送るが、仁と師範代は男子生徒の手当てを黙々と行っており、東間と目を合わせることはない。
見捨てられた東間は世の非情さと無常さを呪い、繰り広げられる醜悪な争いに目を背けたくなる衝動を堪えつつ、穏やかな笑顔で女生徒一人一人を気遣いながら基本は慎重に、時には大胆に手当てを施した。
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